9:温かな監視
浅木から小林に代わってから一週間程経った。
週2日ぐらいのペースで小林は店に来るが、ある程度時間が経つと帰っていくことが多かった。
浅木は店が閉まるまでは居たので、その違いにアキラ、春人は違和感が拭えなかった。
「小林君、よっぽどここにいるのが気まずいのかしらね?」
「ゲイの人ばかりいるからですか?」
「う~ん、というか、彼ってゲイに好かれやすい雰囲気なのよね。見た目男らしいでしょ?」
言われ春人は小林の容姿を思い出した。
確かに短髪で体系も浅木よりは幅があり、身長は二人とも変わらないが、イケメンではなくても顔立ちは男らしかった。
服装は今の時期だと、半袖の柄シャツを着ていて、全体にだぶついた感じだ。
確かゲイの人はガタイがいい人を好む人が多いと聞いたことがある。
「あとはね、昔、浅木さんと一緒に飲みに来たことがあったんだけど、その時ゲイの人から確か誘われてたこともあったわね。きっとそれが気になるみたいで、それ以来飲みに来なくなったのよね」
「そ、そうなんですね」
申し訳ないが、気持ちは少し理解できた春人は思わず頷く。
「浅木さんが信頼してる人だから大丈夫だと思うけど、すぐいなくなっちゃうのはどうなのかしらね?」
ちょっと困った表情で言うアキラに春人も同意する。
「確かに……」
「あの子もヤクザの下っ端だけど、ちゃんとしてる子だから話しやすいといえば話しやすいのよね。それがちょっと彼にとって災いだったかしらね?」
笑みを作りながら言うアキラに、春人は微笑して誤魔化した。
そんな会話をしている最中、また春人は浅木のことを思い出した。
久しぶりに見た冷たい目。
あの目で見られたのは、初めて会った時以来だと思う。
あの態度を見ると、春人に自分の気持ちを知られたくなかったのかもしれない。
でなければあんなに拒絶した態度にはならないはずだ。
そう思うと春人は変に申し訳ない気持ちになった。
あの時の自分の態度で、浅木は自身の気持ちを伝えなければならない状態にしたのかもしれない。
(自分が情けなかったばかりに……)
そう自己嫌悪に陥ってしまった。
「どうしたの?元気ない感じがするけど」
春人がサラダの準備をしていると、綾葉(あやは)から声をかけられた。
作り笑いをしつつ春人は答えた。
「そんなことないですよ、ちょっと疲れてるのかな?」
「そう?ならいいんだけど。もし本当に疲れているなら言ってね。夜遅くまでバーもやっているから疲れも溜まってくるわよね?」
気遣ってくれるのは本当に嬉しかった。でもそうは言ってくれてもどこか気持ちは晴れない。
そう思った瞬間、春人は綾葉に浅木のことを尋ねたくなった。
そもそも浅木と綾葉の関係はどこで繋がったことも知らない。
「あのう、綾葉さんと浅木さんってどういう関係なんですか?」
「どういうって、実は私、浅木さんがケチモチしていたキャバクラで働いていたんだよね」
意外な答えに春人はびっくりした。
「キャバクラって綾葉さん、キャバ嬢だったの?」
「そう、29歳まで働いてたんだけど、年齢と共に体力的とか色々きつくなってね。それで、ある程度お金も溜まったし、前からやりたいと思ってたレストランの経営を始めようと思ってね」
笑顔を作りながら語る綾葉に春人はちょっと羨ましい気持ちになった。
「そうだったんですね」
「うん、それで、色々レストランの場所を探していて、そこで浅木さんに相談したの。浅木さんならそういうの詳しいかなって思って」
「え、そうなんですか?」
「だってヤクザ屋さんでしょ?色々不動産関係は知ってそうだったし、聞いてみたらここを教えてくれてね」
ぐるりと室内を見ながら綾葉は言った。
綾葉は浅木がヤクザだと知っていた、でもよくよく考えれば当たり前かもしれない。
「みかじめ料とか出すの?って聞いたら、その返事がちょっと笑っちゃって」
笑いながら口元を押さえながら言う。
「え、いくらだったんですか?」
「それが食べる分をタダにしてくれればいいって。毎日来るわけじゃないのよ。でも時々来る時はタダにしてたのよ」
「え……」
春人は驚いた。
まさかそんなことをしてたなんて。でも春人は変だと思った。
「でも浅木さん、ここを紹介してくれた時、ケツモチしてる店って言ってたけど」
「だから、その食事代がケツモチってことなんじゃない?」
「え?それって大丈夫なんですか?組の方にはお金いかないんじゃ……」
「そうよね、どういうことなのかわからないんだけど、正式なケツモチじゃないんじゃない?」
正式なケツモチじゃないってことは、組からのケツモチじゃないってことだろうか?
ケツモチっていうのは、店で揉め事があった場合、間に入って色々な手段を使って問題を解決するための用心棒的な存在で、守る変わりに料金を払うということなのだが、つまり口ではケツモチだと言っていても、サービス的な感じで浅木が勝手にやっているということなのだろうか?
そこまでしてくれるということは、二人の関係はとても良好だったことがわかった。
「仲が良かったんですね?」
そう春人が言うと綾葉は苦笑いをする。
「よくね、キャバ嬢やっていた時、父親のことを話していたの。悩んでいたから」
「親?」
聞いても良いか迷ったが、思わず聞き返してしまった。
「父親が無職なのにギャンブルで借金抱えてて、その為に最初キャバクラで働くことになったんだけど、途中で父親が病死して。でもなんとか父親の借金分を返せてからは、自分の為に働くことにしたんだ」
「借金!?」
「そう、春人君みたいに借金返しの為に入ったんだけど、うちの店は人間関係が他より平和だったらしくって、仕事やりやすかったんだよね。だから7年間続けられたかな」
「そうなんですね」
「中には人間関係が最悪な店もあったり、店長がワンマンとかあるみたいで、ある意味私はラッキーだったのかもね」
笑顔で言う綾葉を見て、本当にキャバクラの店内の雰囲気が良かったことを理解できた。
「でも、もしかして浅木さんって、そういう職場の環境を見て仕事を紹介してるのかしらね?」
春人はその話を聞いて少しドキッとした。
以前、花見をした時に教えてくれた話を思い出した。
春人が抱えた借金じゃないことに同情していたと、浅木は言っていた。
だから借金を抱えた人間をそれなりに見極めて、仕事を紹介しているのかもしれないと感じたのだ。
自分をアキラの店に紹介したのも、恐らくその理由なんじゃないかと。
個人の悩みはあったけれど、アキラも、そして親しくしてる常連の高崎は良い人だ。
本人が抱えた借金返済者はどこにいくかわからないが、他人の借金を抱えた人は、やり易い環境へ配置している。
それに気が付くと酷く春人は泣き出したい気持ちになった。
「ああ見えてあの人、優しいんだよね?そう思わない?」
同意を求められたが春人は戸惑う表情になる。
「だってあなたのこと、心配していたのよ」
突然知らない情報を言われ、春人は綾葉を見た。
「え?どういうことですか?」
逆に驚いた綾葉は更に聞き返される。
「知らなかった?あなたがうちの職場で働くようになってから、しばらくはあなたが帰った後に様子を聞きにきてたのよ?」
春人は驚き目を丸くした。
「頑張ってあいつやってるかって。疲れてそうですけど頑張ってますよって言ったら、苦笑いしてたけどね。それでも一時期毎日来てたわ。心配してたのね」
優しく笑む綾葉を見ているうち、春人は俯き一滴の涙が零れた。
まさかそこまで気にしていてくれたなんて知らなかった。
今まで一言もそんなことは言っていないからだ。
レストランの仕事は確かに一切尋ねてこなかったし、失敗したことがあっても多分知っていただろうし、それに対して咎められたこともなかった。
川の橋で悩んでいた時、浅木はそれなりに春人が悩んでいたことを理解していたのかもしれない。
だからアドバイスをしてくれたのかもと思うと、胸が苦しくなった。
静かに泣いている春人に綾葉は少し驚く。
「春人君!?大丈夫?ごめんね、変なことを話した?」
「いえ、大丈夫です。重要な情報を教えてもらえたんで良かったです」
涙を軽く拭い春人は笑った。
「すみません、準備の手を止めてしまいましたね、今日も頑張りましょう!」
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