第2話 無理って言わないで

「乃々花、ホントに大丈夫?頭痛いなら保健室言った方が…」


「う、ううん。全然大丈夫だから。心配しないでいいよ」


 隣の席の友人には強がりでそう言ってしまったが、正直倒れてしまいそうなくらい体調が悪い。


 朝は予想通りの目覚めの悪さで、顔色の悪さをお姉ちゃんにも心配されたが、その時も「え?別に元気だよ。気のせいじゃない?」と嘘を吐き、重い体を引き摺りながら登校した。


 日付が変わっても考えるのは昨日のカフェでのことばかり。


 今日くらい学校を休んでも良かったが、一人で家にいたら考え過ぎて頭がおかしくなりそうだったから、それならまだ勉強とか友達と話せる学校にいた方がいいと思った。


 けれど、もう頭がクラクラして、次は体育の移動教室なのに歩くことさえ覚束ない。


「乃々花、やっぱり今すぐにでも保健室に行った方が絶対いいって!肩貸すから掴まって!」


「えー…いいよそんなの。大丈夫、だいじょう――」


 ――あれ?世界ってこんなに傾いてたっけ?


 あ、違う。私が傾いてるんだ。


 友達が私の名前を呼んでいる声が聞こえる。


 お姉ちゃん、今頃何の授業受けてるんだろうなぁ。


 会いたいなぁ。




 額に何か冷たくて気持ちの良いものが乗せられる感触がして、目が覚めた。


「あ…ここ、どこ?」


「あ。乃々花。目、覚めた?」


「お姉ちゃんだぁ」


 すぐ隣にはお姉ちゃんがいて、嬉しい。


 私が笑うと、お姉ちゃんも可愛らしい笑顔を返してくれて、愛おしくなる。


 私が手を伸ばすと、ぎゅっと握ってくれる。


 冷たくてすべすべで気持ちいいなぁ。嬉しいなぁ。


「なんでここにお姉ちゃんがいるの?私、学校にいたのに」


「んーとね、それは乃々花が学校で倒れちゃって、私が家に連れて帰って来たからだよ」


「そーなんだぁ。ありがと、お姉ちゃん。大好きぃ」


 何だか頭がぽわぽわする。


 私がそう言うとお姉ちゃんは唇をむずむずさせて、繋いだ私の手を両手で痛いくらい握ってくる。


「痛いよぉ。お姉ちゃん」


「え、あっ、ごめんね!?つい可愛すぎて…」


 可愛いって言われて、嬉しい。


 でも、お姉ちゃんは私よりも好きな人がいるんだよね?


 だってあの時見た女の人、私なんかよりもずっと可愛かったし美人だったもん。


「乃々花、ちょっと色々取って来るから待っ――乃々花?」


 お姉ちゃんが遠くに行ってしまう気がして、離されかけた手を私の方から強く握って引っ張って止めた。


「やだぁ。どこにも行かないで」


「で、でも乃々花。お薬飲んだり、お粥も持ってこないとだし。大丈夫だよ、今日は私、ずっと家で乃々花の傍にいるからね」


「ほんとぉ?」


「うん、ホントだよ」


「じゃあ今日はもう、私以外、誰とも話さないで」


 お姉ちゃんは一瞬だけ驚いたように目を見開いたが、すぐに優し気な顔をして、私の頭を撫でた。


「わかった」


 撫でる手がとろけてしまうくらい心地よくて、いつまでもお姉ちゃんと一緒にいたくて、


「明日も、私以外と話して欲しくない」


 お姉ちゃんは何とも言えない顔をして、撫でる手を止めた。


 「無理」って言って欲しくない。


 心底、「無理」って言葉を聞きたくない。


 我儘だけど、もし言われたらきっと、私は今すぐに泣き出して、暴れてしまうかもしれない。


「それは、乃々花が明日、体調が治ってても?」


「うん」


「乃々花が治ったら、私も明日は学校だけど、先生に当てられたり、友達に話し掛けられても?」


「そう。私以外と話したら、嫌」


 お姉ちゃんは一瞬だけ考えるような顔をして、


「わかった。じゃあ、乃々花が治ってても治ってなくても、明日は学校休むね。風邪治ったら、一緒にゲームしたりしよっか」


 その言葉を聞いて、私は心の底から安心することが出来て。


 満面の笑みで大きく頷いた。


 それからはお姉ちゃんの作ってくれたお粥を食べて、お馴染みのスポーツ飲料で風邪薬を飲み込み、お姉ちゃんと手を繋いで深い眠りにつくことができた。

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