スピンオフ

第1話 現場はカフェテリア

 浮気現場を見てしまった。


 私の名前は伊宮いみや乃々花ののか

 パパがしおりさんと結婚して、私の姓は伊宮になった。


 そして伊宮ひめと言う、もう本当に世界一美人で可愛くて優しいお姉ちゃんを持ち、初対面こそ上手くいかなかったが今では私の恋人である。


 それから数ヶ月経ち、段々と伊宮と言う苗字も肌に馴染んで来た今日この頃、事件は起きたのである。


 現場は近所のお洒落なカフェテリア。


 時刻は学校からの帰宅時間。


 今日はお姉ちゃんが用事があるとのことで下校は別々。


 私はそのまま帰ってもやることがないのでアイスクリーム屋さんにでも寄って期間限定アイスでも買って帰ろうかと思って向かっていた所、ふと目に入ったカフェの中に見覚えのある影を見た気がして立ち止まった。


「あ、お姉ちゃんだ」


 透明なガラス越しに見える愛しい人の姿。


 優雅にカップを啜る様子はとても絵になり、家ではずっと一緒にいる私もつい見惚れてしまう程。


 お姉ちゃんにばかり気を取られ、その対面に座る人物にようやく気付く。


「あの人…誰?」


 女の人。それもすっごく美人。


 どこか見覚えがあるようなないような顔をしているが、明るい美女って感じの女性がニコニコとお姉ちゃんを見ていた。


 そんな二人の様子がどこかお似合いに見えて、思わずムッとしてしまう。

 勝手に覗いているのは私のほうなのに、良くないとは思いつつ、目を逸らすことが出来ない。


 その女性は徐に立ち上がって、お姉ちゃんに近付いていく。


 そして、お姉ちゃんを抱き締めて―――キスをした。


「―――っ!?」


 咄嗟に顔を逸らしてしまう。


 しかし、一瞬だけ見えたお姉ちゃんの表情は困っているように見えて、強く拒絶はしておらず、受け入れているようだった。


「……うわ…き…?」


 もう一度現場を覗く勇気も出せず、私は一目散に家まで急いだ。


 息を切らしながら靴を脱いで、自室に飛び込み、閉じた扉に背中を付けてお尻を地面に付ける。


「お姉ちゃんが…私以外の女の人と……キスしてた…」


 頬をつねってみても、痛いだけ。


「夢じゃない…お姉ちゃん、もう私のこと、好きじゃなくなったのかなぁ」


 口に出してみると「ひゅっ」と喉が鳴って、胸が苦しくなって、涙が溢れていく。


 自分が何かしてしまったんじゃないか、とか、そもそも私のことなんて最初から遊びだったんじゃないか、とか、次から次へと悪い方へ考えてしまって止まらない。


「ううん。大丈夫だよ、乃々花。こういう時は本人に直接聞けばいいんだから」


 そう自分に何とか言い聞かせて、お姉ちゃんの帰宅を待った。


 それから二時間経ち。


「乃々花ー!ただいまー!!」


 すごく元気そうなお姉ちゃんの声にまた溢れそうになる涙を堪えながら、一目散に玄関まで急いだ。


「お、おかえり、お姉ちゃん」


「乃々花ー!今日はごめんね!ホントは一緒に帰りたかったんだけど、どうしても外せない用事を頼まれちゃって」


 その言葉に、ちくっと胸が痛む。


 自分との帰宅よりも、優先する程の用事。

 自分よりも優先順位の高い女。


 悪い方に考えてしまう頭をブンブン振る。


「あの、お姉ちゃん。ちょっと聞きたいことがあってね…」


「ん?なに?」


 お姉ちゃんはにっこりと優しい笑顔を浮かべて、私の手を握ってくれる。


 それが嬉しくて、それだけで胸がいっぱいになって。


「あの、えーと、あ…そ、それってもしかしてお土産?」


「ん?あっ、そうなんだよー!これ、なんと海外のやつで美味しいんだってー!」


「へ、へー、そうなんだ」


 聞けなかった。


 もし、聞いて、気不味い反応をされたらどうしよう。


 ストーカーをしていたと勘違いされて、気持ち悪がられたらどうしよう。


 本当に私よりもあの女の人の方が好きだって言われたらどうしようと思うと、喉に石でも詰まったかのように言葉が出てこなかった。


 その日は結局何も聞けないまま夜は更けていって、色々考え過ぎてしまって中々寝られなかった。

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