第7話 ツンツンしていた妹は一日で落ちました

「お姉ちゃん!はい、あーん♡」


「あー…んっ。うん!乃々花から食べさせてもらったオムレツ、いつもの数倍美味しいよ♡私も食べさせてあげる。ほら、お口開けて♡」


 私たちがべったりくっついて朝っぱらからご飯を食べさせ合いっこしている様子を、対面に座る二人はポカンとした表情で見ていた。


「二人とも…一日で随分仲良くなったんだなぁ…っていうかなりすぎって言うか…いや、良いことなんだけど」


「朝から盛りすぎでしょ」


 揶揄る母の言葉など無視して、私たちは食べさせ合い大会をいっぱい楽しんだ。


「そういえば言い忘れてたけど私たち今からハネムーン行って来るから、一週間くらい二人で仲良くね~って、もうしてるか」


 ソーセージを齧りながら平坦な口調でそう言う栞。

 思わず箸で掴んでいた米をポトリと落とす姫。


「え~!?そういうのはもっと早く言ってよ!!いや、乃々花と二人きりになれるのは、でへっ、めちゃくちゃ嬉しいんだけど!私にも予定ってもんが」


「ないでしょ」


「ないけど」


 なかったわ。

 あれー、おかしいな。JKの春休みなんてプールとか勉強会とかで予定ぎっしりのはずなのになぁ。


「えー!?栞、お前自分から姫ちゃんに言うから黙っといてって俺に言った癖に、忘れてたのか!?」


「いやーあはは!その時はドッキリのつもりで意図的に言わないでおこーとか思ってたけど、そのことすら忘れてたー!」


 マジこいつ、ハネムーンから帰ってきたら絶対グリグリしてやる。

 いや、今するか。


「痛い痛い痛い!!」


「せめてドッキリなら責任持ってしろ」


 日頃の鬱憤も込めて念入りに米神をグリグリした。


 そういうわけで、皆で仲良く朝食を済ませ、


「じゃあ行って来るから後はよろしくね~」


「本当にごめんよ、姫ちゃん。栞には旅行先でもきちんと言っとくから」


「…いやいいですよ。私が物心ついた時から言っててこれなので」


 ジトっと母を睨んでみるが、我が母は大笑いしながら「いってきまーす!」と元気に外に出て行ってしまった。「それじゃあ乃々花も、姫ちゃんと仲良くな。行って来ます」と行って出て行った。


「「いってらっしゃい」」


 見送りの挨拶をして扉が閉まるのを確認してから私たちはお互いに顔を見合わせて、どちらからともなく顔を近付けて、唇を重ねた。


 自宅の玄関口、昼前の日が差し込む中で、愛し気に密着して口付けを交わす二人。お互いにもっともっとと求めるように色んな角度からキスを落とし、柔らかい体温を分け合う。


 生々しいリップ音と、興奮して荒くなった鼻息が当たって少しだけ擽ったい。

 姫は我慢できなくなって舌で乃々花の唇の表面をなぞろうとした瞬間、


 ガチャリ


「いや~、忘れ物忘れ物!まさか持っていくスーツケース忘れるとは思わなかっ」


「あ」


「う」


 二人で抱き合ってキスをしていた現場をばっちり目撃された。姫も乃々花も見るからに顔が真っ赤で、お互いの唾液が橋を架けてしまっているため誤魔化しようがない。


 姫と乃々花は衝撃のあまり固まっていたが、栞はさっさとリビングからスーツケースを引いて玄関の扉を開け、人差し指を口許に当てて、


「羽目は外し過ぎないようにね」


 とだけ言って、にっこり笑顔を浮かべて再び外へ出て行った。


 私たちは呆然としばしその場に立ち尽くしていたが、


「私…お母さんがお母さんで良かったと今日初めて思ったかも」


「…うん」


 きちんと両親が出掛けたのを確認してから鍵を閉めて、二人は姫の部屋に向かった。そのままベッドの上に向かい合い、視線を交わす。


「そういえば乃々花、最初ちょっとだけ冷たかったけどアレって私のことが苦手だったから?」


「ちっ、違うよ!!あ、あれはその、私が元々人見知りで…緊張してあーなっちゃう癖があって、普段はもっとマシなのに何でかお姉ちゃんにだけいつもより緊張しちゃって…ごめんなさいぃ」


「いやいやううん!別に不快だとか全く思わなかったし寧ろ興奮したっていうかそうじゃなくてっ!!何でだったのかなって思っただけだから。それに、今は大丈夫なんでしょ?」


 乃々花はひとつ大きく頷き、恥ずかしそうな表情で姫に正面から抱き着いた。


「…いつもなら私が打ち解けるまで短くても一週間とかかかるのに、お姉ちゃんはたったの一日で私の心をゆるゆるに解していっぱい包み込んで、今はこんなに…こんなにも…」


 乃々花は愛おしくて堪らないとばかりの表情で姫を見詰めて、我慢ならないとばかりに口付けた。


「お姉ちゃんのことが大好きになっちゃった♡」


 そうして、私の可愛い妹は一日で落ちた。


 ―Fin.

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