第4話 一旦禁止の方向で

「お母さーん、私お風呂先入るねー」


「おー、湯船で寝るなよ~」


「…酔っ払いと一緒にしないでよ」


 酒に溺れて湯船でも溺れるのはうちの母のお家芸。前に一回マジで危なかったことがあるから気を付けて欲しい。

 既に酔ってるし。


「花月さん…こんなお母さんですがよろしくお願いします…」


「あはは。もちろん、ちゃんと支えていくつもりだよ」


「ちょっと~、この偉大なママに向かってその物言いはどうなの~?」


 酔っ払いの世話は新しいお父さんに任せ、私はお風呂に向かった。


 洗面所で服の上下と下着を脱いだところで、


 ガチャリ


「え」


「あ」


 着替えを抱えた乃々花ちゃんが入って来た。

 互いに一音声を漏らし、私は自分が衣一枚纏わぬ状態であることを思い出して咄嗟に前を手で隠した。


 乃々花ちゃんは真顔で私の体をガン見していたが、やがて我に返ったのか、頬を染めて慌てて首を振った。


「ちっ、違うから!こ、これは、本当にただ間違えただけでっ!」


「えー…と、この際だし、一緒に入る?」


 物は試しと言うことでとりあえず誘ってみると、乃々花ちゃんは湯気が出そうな程顔を真っ赤にして「入らない!!」と勢いよく洗面所を出て行ってしまった。残念。


 よく温もってから着替えて廊下に出ると、着替えを抱えた乃々花ちゃんが扉のすぐ近くで待っていた。


「わ!?びっくりしたー。どうしたの?」


「…お風呂待ってた」


「ここで?」


「…うん」


 なんでわざわざ?と思ったが口には出さず、「ごゆっくり」と洗面所の扉を開いて乃々花ちゃんに中に入るよう促した。

 乃々花ちゃんはとてとてと洗面所に入っていく。可愛い。


「…あ、あのさっ」


「ん?どうしたの?」


 乃々花ちゃんは私に背を向けて、何やらもじもじとしたあと、


「さっきのこと…その…助けてくれて、ありがと。お皿割っちゃった時も…心配してくれて、ありがと。そ、それだけだからっ!」


 乃々花ちゃんはそれだけ言って、勢いよく扉を閉めてしまった。


 私は何を言われたのかしばらく理解できなかったが、廊下を歩きながら乃々花ちゃんの言葉を咀嚼し、自室のベッドに潜り込み枕を抱きかかえてゴロゴロ転がり回るくらいには幸せ気分に包まれていた。


 落ち着いてリビングにお菓子を取りに向かうと、夫婦揃ってソファに腰掛け、『ホラー特集100選!!』と言うホラー番組を観ていた。お母さんがホラー大好きだから、大方花月さんを巻き込んで楽しんでいるのだろう。


「お母さん、上がったよー。今は乃々花ちゃんが入ってるけど」


「んー、これ見終わったら入るー」


 我が母は一切テレビの画面から視線を外すことなくそう言った。手には私が買って来たポタトチップス。別に誰のために買って来たわけでもないからいいんだけど、何かムカつく。

 憂さ晴らしに母の米神をぐりぐりしつつ、


「花月さんはホラー大丈夫なんですか?無理やり見せられてません?無理やりだったら全然DVで訴える手伝いしますけど」


「いやいや、俺は大丈夫だからっ!その、前までは結構怖かったんだけどさ、栞と一緒に色々見てたらホラーの深みに嵌っちゃって、今では一人でもよく見るんだよ」


「…遅かったか」


「あー!痛い痛い!!ちょっと姫やめて!!あんたの方がよっぽどDVでしょこれ!!」


 今は仲良くホラー鑑賞しているならいいやと、母を解放してあげる。母は恨めしそうに私を睨んできたが、知らんぷり。


「お風呂、上がった…って、ヒッ!?」


 風呂上がりでホカホカしている乃々花ちゃんがリビングに入って来たかと思うと、テレビ画面を見て悲鳴を上げて固まってしまった。

 見れば、丁度ホラー特集のお化けがガッツリ映っている所を見てしまったらしい。ここまで露骨だと私としては逆に怖くないが、乃々花ちゃんはそうでもないらしく、カタカタと震えながらリビングを出て行った。


「…花月さん、もしかして、乃々花ちゃんホラー苦手だったり?」


 聞くと、花月さんは頬をポリポリ。


「あー…。そういえば直接苦手って聞いたことはなかったけど、俺が家でホラー作品見ようとしたら露骨にいなくなったりしてたような」


 絶対苦手やんそんなの。


「…大丈夫ですかね?」


「うーん」


「とりあえずお母さん、乃々花ちゃんのいる時はホラー見るの禁止ね」


「え゛っ!?」


 当たり前でしょ。

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