第2話 春休みは変な虫が湧く

「乃々花ちゃん、好きなもの買いたいものはカゴに入れ」


 ドサッ


 「入れてね」まで言い終わる前に、私の提げるカゴに大量のお菓子類が投げ込まれる。ついでに千円札も入れられる。


「私、先に外出てるから」


「うん、気を付けてね」


 私の言葉に若干うんざりした表情を浮かべながら、乃々花ちゃんは自動ドアの方へと向かう。その途中、冷凍エリアで一瞬足を止め、中をまじまじと見ていたが、私の視線に気付いたのかしかめっ面で外へ出て行った。


 何だろ。


 乃々花ちゃんが見ていた冷凍エリアに足を運び、中を覗いてみた。


「もしかして、これを見てたのかな?」


 私も買いたいお菓子を何個かカゴに放り込んで会計を済ませた。全部でぴったり千円。

 フフフ…私の計算能力の高さが発揮されたな。


 下らない遊びも入れつつ、買い上げたものをマイバッグに詰め込み自動ドアを潜って辺りを見回すと、乃々花ちゃんが知らない男たちに絡まれていた。


「君可愛いねー。今時間ある?俺たちと一緒に遊びに行かない?」


「な、いいだろ?お金は出すし、良いとこいっぱい知ってるからさ!」


「いや…ちょっ、あの…」


 乃々花は明らかに嫌そうな表情をしているが、男たちは強く拒否しない彼女の態度を是と判断したのか、「よし!じゃ、行こっか!」と乃々花の腕を掴もうと手を伸ばした。


 バシンッ


 男の手が強く弾かれる。


「なっ…誰だよ!?」


「この子は私の妹です。今から私とお家までデートするんだから邪魔しないで」


 姫は乃々花の前に出て、普段よりも強い口調で男たちを睨んだ。

 殺気さえ混じる彼女の視線に当てられた男二人組は「うっ」とたじろぐ。

 姫はあくまでも不機嫌な面持ちだったが、内心思いがけなく乃々花とくっつけることが出来て幸せ気分に浸っていた。


 一度は怖気付いた男たちだったが、姫の顔の良さに気付いて手を叩かれた方とは別の男が一歩前へ出る。


「よく見ればお姉ちゃんの方もめっちゃ美人じゃーん!女二人でデートするくらいだったらさ、俺たちと一緒にどう?人多い方が楽しいっしょ?」


「こんなつまらないやつら放っといて帰ろ?」


 私は乃々花ちゃんの小さなお手々を引いて歩き出した。役得です。今日は一日手を洗いません。


 姫がガン無視して帰ろうとすると、男が少し苛ついた顔で立ち塞がった。


「いやいやそりゃないっしょ。って言うか、俺たちの誘い断るとか調子乗ってんの?やっぱ顔のいい女ってのは全員プライドだけ高いんだよな~。ちゃんと俺らが教育してあげないと世間様のためにならないよなぁ。ほら!!」


 男は拳を握って姫に向かって突き出したが、姫はそれを簡単に避けて男の足を払った。不意を突かれた男はすってん転び、頭を地面に打つ。

 姫はすぐさまスマホを取り出し、もう一人の男に向かって、


「この現場は防犯カメラがばっちり捉えていて、スマホで録音もしてあります。それを踏まえて、まだ何か?」


 姫が全て言い終える前に男は頭を打ってフラついている連れを抱え、すたこら走って逃げて行った。


「ふぅ…長期休暇だからかなぁ。普段はあんなの湧かないのに」


 因みに、ここが防犯カメラにばっちり映っているのかなんて知らないし、スマホの画面は真っ暗。別に腕っぷしでも負けるつもりはなかったけど、いくら正当防衛でもやっぱり暴力はよくないからね。あのバカたちがまだ理性のあるバカで良かった。


 姫は自分の服の裾をがっちり掴んでいる乃々花の方へ振り返った。

 乃々花は半泣きになりながらガタガタと震え、


「こ…怖かったよぉ」


 と、か細い声を漏らした。


 姫は思い切り抱き締めて背中を撫で回したい衝動をどうにか収め、バッグからあるものを取り出し、半分にパキッと割って片方を差し出した。

 乃々花は差し出されたものを見て、目を見開いた。


「そ、それ…プピコ……な、なんで」


「さっき見てたから買ってきた。ほら、近くの公園に行って一緒に食べよ」


 姫は乃々花がプピコを手に取ってから、「こっちだよ」と歩き出した。

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