献身
いくら待っても予想した衝撃は訪れなかった。
目を開ける。身体はどこも痛くは無い。
上に被さっている僕が痛く無いなら、彼女も無事なはずだ。
倒れた白木柱は僕たちの上で、手を伸ばせば触れられる距離で止まっていた。周りには倒壊した柱や木片が散乱している。鉄のレールやその部品も降り注いでいた。柱の背にはひしゃげて垂れたレールが乗っている。
……なんだか、僕らに倒れてきた白木柱は、他の柱やレールから僕たちを庇っているようだ。虫に喰われて変色もしていた白木柱に命を救われた、としか思えない。
──大丈夫?
声をかけるが、返事がない。
僕が動いても柱や瓦礫は崩れそうもないことを確認して、柱の下から観覧車に向かって這い出る。
振り返って彼女を確認しようとしたら、
「……。」
彼女も這い出てきた。良かった。動けるみたいだ。
──大丈夫?
「…………。」
やはり返事がない。恐ろしい目にあったばかりだ。無理もない。
脚を擦りむいたのか、作業着の下部が破けて血が滲んでいる。けど、大した出血では無さそうだ。手足を使って四つん這いでも動けているから、骨も折れてはいないだろう。
──傷が痛むかもしれないけど、動けるなら、もう少し離れよう。
先ほど座っていた観覧車下のベンチに彼女を誘導し、二人で腰をおろす。
それにしても、なぜ都合よく白木柱は倒れること無く止まったのだろう。先程までその下にいた白木柱を見る。
巨大なその柱の先端が何かに引っかかっている。観覧車のゴンドラだ。
ゴンドラに引っかかって完全に倒れること無く、降り注ぐ木片やひしゃげたレールから僕たちを守ってくれたのか。
これは大きな事故だ。助けを、人を、大人を呼ぶべきなのだろう。本当は。
でも、僕はもう気づいている。
塵や埃が溜まって開いた形跡のないシャッター。メリーゴーランド以外はメンテナンスされていない遊具たち。数週間通っても人一人見かけない広場や大通り。
この遊園には僕たちの他には誰もいない。助けてくれる人は、誰もいない。
──どこか痛いところはある?
「…………。」
彼女は答えない。目を軽く瞠ったまま手元を見つめている。
しばらく二人とも呆けていた。僕は無傷で、彼女は様子をみる限り擦りむいた程度だ。僕も頭が回らない。
ぐ~~……。
お腹が空いた。こんな時でも腹は減るんだな。
──歩ける? メリーゴーランドに戻って傷を洗って、昼飯にしよう。ちょっと遅くなったけどさ。
「……のせいだ」
僕が腰を浮かせたとき、彼女が発した。浮かせた腰を落としてベンチに座りなおす。
──……。
小さな呟きに耳をすませる。
「私の……、私のせいだ!」
突然の大きな声に驚いた。何の話だ?
彼女は両手で蒼白な顔を覆った。
「私が勝手にいじったから……、ちゃんと習ったわけじゃないのに、
そのせいでジェットコースターは崩壊したと言うのか? 馬鹿げてる。
──柱は腐って虫に食われてたし、部材を交換したり大掛かりな工事をしないとどうにもならなかったよ。
素人目線の見解を言ってみた。気休めにもならないけど。
「みんなや父さんの言うとおりにここを離れていれば、こんな大事にはならなかった……!」
──むしろ、君が整備したから今までもったんじゃないかな。
「やっぱり、私の腕じゃダメだったんだ……」
そう言って彼女は顔を少しだけ上げ、顔を覆った指の隙間から崩壊して瓦礫に成り果てたジェットコースターだったものを
「もう……。私ひとりじゃ。守れない……」
惨状を確認してまた顔を伏せる。
「おしまいだ……」
彼女の遊具たちへの献身が無駄だったとは思えない。
彼女の膝に僕の手を置く。自分を責めないでほしい。
再び無言でじっとしていた彼女は目がやや虚ろだ。憔悴している。僕とは少し違う形で事故の衝撃が大きい。声をかけることも
そのままじっとしていたら、再び襲ってきた抗えない眠気に勝てず僕は少しだけ意識をとばした。
気づくともう夕日が迫っている。いつもなら遊園を後にして寝床に向かう頃だが……。
──そろそろメリーゴーランドに帰ろうよ。お腹空いたしさ。
「……。」
僕が立ち上がると、彼女も無言でついてきた。
会話もなくメリーゴーランドまでゆっくり歩く。
メリーゴーランドに着いた頃には日は暮れていたが、まだ夜は濃くない。メリーゴーランドは暖色の電飾で明るく迎えてくれた。夜のイルミネーションを見るのは初めてだ。
「……。」
彼女の脚の擦り傷は水で洗われ、ガーゼと包帯で包まれた。小屋に応急箱があって良かった。手当の間もその後も彼女は一言も発することはなく、視線は虚空を彷徨っていた。
辺りはすっかり暗い。メリーゴーランドだけが明るい。
僕に残された時間は少ない。遊園も大分見て回ったし、そろそろ遊園を
とはいえ、この状態の彼女を一人置いていくことは心許ない。
……数日ぐらいなら、出立を先延ばしにしても問題ないだろう。
──家はどこ? 送っていくよ。
「……。」
仕方ないので彼女の裾をひっぱり、二人でメリーゴーランドの馬車の中に収まった。晩夏の夜にしては涼しく、過ごしやすい。小屋にあった肌触りの良いタオルケットをかけ、馬車のふかふかソファーに身を沈めると、すぐに眠気がやってきた。
眠い。とても眠い。ねむい。
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