第1話「ねえ、私はこの世界に存在する人ですか?(1)」
いじめの定義、とは。
「移動教室めんどっ……」
「全部、教室でやればいいのにねー」
クラスで、一際目立つ存在の男子生徒がいた。
「次の授業で使う資料運ぶの、手伝ってもらえる?」
「あれ? 相方の日直は?」
「言ったって、手伝ってくれないもん……」
名前は、
まるで芸能界で活躍していそうな名前と容姿をしているのに、クラスの誰とも関わろうとしない。
「あー! 電池切れそう……」
「モバイルバッテリーは?」
「高い! バイトしてない高校生にはなー……」
かっこいいのに、いつも一人。
ただそれだけの理由で、彼は目立っていた。
「次、移動教室だから、教室で充電していってもいいかなー」
「あー、それ、窃盗罪とかなんとかになるらしくて、隣のクラスで政経の中村がすげーうるさかったらしいよ」
クラスの中を飛び交う騒音さえも、有栖川蒼の聴覚は拾わないんだと思う。
だって、きっと彼は所属するクラスに対して無関心。
私たちが空気を吸って、吐き出す、このクラスに対して何も思っていないんだと思う。
「次の時間って生物?」
「ちげーよ。英語だよ」
一人で行動することの何が悪い?
女生徒の視線を独り占めできそうなくらいの容姿の何が悪い?
「同じクラスなのに、成績でクラスを分けるとか最悪だよなー……」
「まあ、下位クラスのおかげで移動しなくていいわけだけど」
「でも、おまえたちは成績悪いんだよって言われてるみたいで気分悪くね?」
何も悪くない。
何も悪くないって気づいている人もいるだろうけど、どうしても彼のことを気にしてしまう。
「
「え、あ、別に」
一人で行動するのは禁止。
そんな決まりが存在するわけがない。
誰かと一緒に過ごすことを義務づけられているわけでもない。
「ああ、有栖川?」
「今日も一人だねー、もったいない」
有栖川蒼は、どこにでもいる普通の男子高生。
だけど、彼は一日中一人で時を過ごすものだから、クラスの中では一際目立つ存在になってしまっていた。
「男子も、なかなか陰湿だよね」
「あ、でも、このクラスになったとき、声かけた男子いなかったっけ?」
「これから、あなたを仲間外れにしますって?」
「いつ時代のドラマ……?」
有栖川蒼にとっては運が悪いというかなんというか……。
私たちのクラスは、集団で行動している面々ばかりが揃った。
独りで過ごすことが絶対的な悪というわけではないはずなのに、どこのグループにも属さない有栖川蒼はあっという間にクラスから変わり者扱いにされた。
「そうじゃなくて、一緒に行動しよう的な誘いをしたって話」
「してないじゃん」
「一人が好きだからって、返されたらしいよ」
世界探せば、一人が好きな人間なんて大勢いる。
それなのに、私が通う高校の、私が在籍しているクラスでは、やっぱり有栖川蒼は変わり者扱いだった。
「それ以来、誰も話しかけなくなったとかなんとか」
「やっぱ、いじめじゃん」
「違うんじゃない? 有栖川の方が拒んだんだから」
いじめの定義、とは。
「そういうものなのかなー」
「そういうもんなんだ」
確かに高校二年という学年に進級した際、有栖川蒼をクラスの輪に入れよう声をかけていた人を見かけたことがある。
声をかけられた上で、有栖川蒼は一人でいることを望んだ。
だから、私たちがやっていることはいじめでもなんでもないと言えるかもしれない。
「でも、やっぱ、男子って怖」
「女子も似たり寄ったりだよ」
「えー、そういう人間だったんだ」
「私じゃなくて!」
何も事情を知らない人が私たちのクラスを覗き込んだら、いじめが起きていると判断を下すことになるかもしれない。
だって、有栖川蒼は一日をいう時間を一人で過ごしているのだから。
朝に登校して、夕方に下校するまでの数時間。
ずっと、ずっと、ずっと、ずっと……ずっと彼は一人。
「授業が始まるのに、まだ移動してないの」
授業の始まりを告げるチャイムが鳴る数秒前。
英語教師は生徒の歓迎を一切受けることなく、批判殺到の中クラスへ足をずかずかと踏み入れてきた。
「宮崎、早すぎ……」
「宮崎先生って言わないと、また大荒れだよー」
「さっさと病んで、教師辞めてくんねーかなー」
窓際の列の、前から二番目に
(英語ができる連中はクラス移動だから、クラスに残った有栖川も私と同じ下位クラス……)
一人が好き。
でも、勉強はできない。
可哀想って表現は確実に違うけど、それに近いような感情が湧いてきた。
(独りぼっちで、勉強ができないとか……)
有栖川蒼は、何を楽しいと感じるのか。
有栖川蒼に、面白いと感じるものはあるのか。
そもそも有栖川蒼は高校に通っていて、何かしら有意義に感じるものはあるのか。
(…………つまらない……)
高校に入ると、英語のレベルが進化しすぎていることに驚いた。
中学時代の英語はなんだったんだってくらいスピードが段違いレベルに速いし、内容も難しい。
今どきの子たちは小学生の頃から英語授業の必須化なんて話を聞くけれど、まだそんなに英語教育に力が入っていなかった義務教育時代を過ごした私たちからすれば高校英語のレベルは化け物並みに脅威。
(……眠……)
でも、自分にとっては脅威レベルでもなんでもない英語の授業は退屈でしょうがなかった。
予習してきたことの答え合わせをするだけの授業は、まるで興味のない念仏を聞かされているかのように睡魔の対象でしかない。
こんなにも簡単なことをやっているのに、付いていくだけで精いっぱいなんて言う周囲の言葉は冗談だろと思ってしまう。
(有栖川蒼が当てられた……)
教師に指名された有栖川蒼は、指定された文章を和訳していく。
廊下側の列の後ろから二番目の座席に座る私は、有栖川蒼の観察にはもってこいの場所を獲得したことに気づいた。
(……訳、完璧)
このクラスは、大抵の人間が教師の質問に答えられないレベルだった。
これを訳せと言われて、そこでやっと辞書が出てくるレベルのクラス。
それなのに、
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