少年少女は恋をして、 そして永遠の別れを経験していく

海坂依里

第1章「孤りになりたくない女子高校生と、独りになりたい男子高生」

第0話「この世界が愛で始まれば、私の世界は平和なまま終わることができるのに」

莉雨りうちゃんは、どうやって台本を覚えるんですか?」

「えっと、ママと一緒に……」


 一世を風靡した天才子役がいた。

 名前は、桝谷莉雨ますやりう

 それは、私の名前。


「莉雨ちゃん、お疲れ様ー」

「お疲れ様でした!」


 とある年に、とあるドラマと、とある映画がヒットした。

 その両方に出演していた子役が、私。

 運が良かっただけとも言えるけど、運も才能のうちと言ってくれる人もいた。


「莉雨、お仕事楽しい?」

「うんっ!」


 幼少期に運をフル活用した私は、街を歩くだけで声をかけてもらえるくらいの知名度を得た。

 自由に外出することを許されないくらいの知名度の中、私は子役活動に人生を捧げてきた。


「あのね、莉雨」

「ママ?」


 真新しいリビングで台本を読んでいると、私は母に呼ばれた。

 リビングにはママもパパもお兄ちゃんもお姉ちゃんもいて、私にとってはいつもの日常が広がっていた。


「中学生になるとね、お仕事が減るようになるかもしれないの」


 でも、いつもの日常なんてものは続かない。

 いつもという言葉には、必ず別れが付きまとう。


「中学生が必要とされる作品が減っちゃうって、マネージャーさんからお話があってね」


 子役時代は、多くの人たちが桝谷莉雨ますやりうを愛してくれた。

 それなのに、中学生に成長を遂げただけで用なしになってしまう。

 私は、愛に囲まれて生きてきたわけじゃないんだって気づかされた。


「一旦、需要がなくなるって言うのかな……」


 桝谷莉雨が、お金になるから愛してくれた。

 お金にならない桝谷莉雨は、愛してもらえない。

 それが芸能界で、それが私の生きてきた世界だと教えられる。


「高校生……もっとお姉さんになったら、また仕事が来るんだって」


 高校生の桝谷莉雨に需要があれば、また仕事ができる。

 でも、高校生の桝谷莉雨に需要がなければ、もう仕事はできないかもしれない。

 世の中、需要がすべて。

 需要がなければ、私に仕事はやってこない。


「莉雨は、どうしたい?」


 お母さんにも、マネージャーにも、私にだって、遠い未来のことは見えてこない。

 再び芸能界で活躍できる可能性もあるけれど、二度と芸能界という場所に足を踏み入れることができない可能性だってある。


「私は……」


 この日を最後に、私は日常へ変化をもたらすことを決めた。


「……引退しようかな」


 私は、いらないって言われる前に逃げ出した。

 高校生の桝谷莉雨は芸能界に必要ないって言われる前に、芸能界から逃げ出した。

 子役とした活躍していた桝谷莉雨は、この日をもって芸能界を引退した。

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