第186話 角を失った悪魔







 黒い霧が上級悪魔を包み込んで俺の視界から消える。

 霧の中から漏れ出る音から、上級悪魔は黒い霧と戦っているようだ。


 しばらくして霧が晴れるとそこには傷だらけになった上級悪魔がいた。


『こ、この程度で私を倒せるとでも、お、思ったか!』


 いや、全身傷だらけで言う台詞せりふじゃないだろ。

 倒せはしなかったのは確かだけどな。

 ならこいつの役目は終わりだ。

 

 俺は黒い手が握る悪魔をチラリと見た。

 黒い霧を発生させる悪魔が苦しそうにもがいている。

 それを一気に握りつぶして投げ捨てると、そのまま黒い手を上級悪魔へと伸ばした。

 ただ伸ばしたその黒い手は一本だけではない。

 俺から湧き出る黒いオーラが幾つもの黒い手と変わり、目の前に迫り来る悪魔へと一斉に伸びていく。

 だが上級悪魔は余裕な表情で笑う。


『はーはっはっはっは、中々やるようだが所詮はこの程度か』


 上級悪魔はそう言うと、俺が伸ばした黒い手をその鋭い爪で全て斬り裂いて見せた。


 そしてあっという間に俺の直ぐ目の前に接近し、みにくい顔を近づけて叫んだ。


『貴様もこれまでだ!』


 俺の顔面に奴の爪が伸びる。

 その手には何かの魔法をまとっているようで、バチバチいっている。

 だが俺はまだまだ余裕だ。


『思ったより弱いな、お前』


 俺はそう言って吸血剣を前に突き出す。


 吸血剣の切っ先から赤い鮮血のような揺らめきが上級悪魔へと伸びる。

 

 空中で奴のバチバチいう爪と吸血剣の揺らぎが交叉した。


 目がつぶれんばかりの火花が散り、爆発音のような音が響く。

 まるで落雷だ。


『ぐわっ』


 次の瞬間、声を上げた上級悪魔が翼を羽ばたかせて、物凄い勢いで後ろへと下がって行く。


 吸血剣が奴の右腕を粉砕したのだ。


 さらに逃げる上級悪魔の顔面へと揺らぎを伸ばした。

 赤い揺らぎが奴のひたいから生えた角を斬り飛ばす。


『ぐおおおっ、くそっ』


 角を斬り飛ばした事で、一気に奴の力が弱まるのが分かる。

 苦悶くもんの表情をしながら後ろへと下がって行く上級悪魔。

 

『逃がすか!』


 俺は直ぐに距離を詰めると、再び吸血剣を振り上げて言った。


『これで終わりだ』


 しかし俺の吸血剣がピタリと止まった。


 奴が縛られた生き物を盾に取ったからだ。


『こいつをよく見ろ、貴様の仲間なんだろ』


 そう言って上級悪魔はその縛られた生き物の喉元のどもとに爪を当てた。


「ひいっ」


 聞いた事のある言語でその生き物は叫んだ。


 確かこの生き物は人族の中のヒューマンだったか?

 弱い生き物だが魂は強く、悪魔がこの地に降り立つ為の器にするには難しい生き物だったか。


 盾にされながらもそのヒューマンは強気に叫ぶ。


「ボルフ隊長、こんな奴、けちょんけちょんにしちゃってくださいっ」


 聞き覚えのある声だな。


『黙ってろ、ヒューマンめ!』


 そう言って上級悪魔がその人族を殴ると「きゃあっ」と悲鳴が上がり、口から鮮血を散らす。


『おっと、力の加減が難しいな。全く、ヒューマンはもろいからな』


 何故か俺の腹の底から怒りが込み上げてくる。

 

 少し離れた所には他にも縛られた人族が結構いるのが見えた。

 中には負傷しているヒューマンや獣人も多数いるようだ。

 そいつらが俺に何かを語り掛けてくる。


「ボルフ隊長、私です、マクロンです。覚えてないんですか」

「何か別人っぽいんですけど~」

「覚えてないんですか、ワルキューレ小隊ですよ、どうしたんですか?」


 こいつらは何を言っているのか。

 そこで上級悪魔が吠える。


『下がれ、こいつがどうなっても良いのか』


 上級悪魔のくせに雑魚みたいなことをしやがるな、こいつ。

 そこで俺も言い返す。


『好きにすれば良いだろ。悪魔の俺に何の関係があるというのだ』


 すると首に爪を突きつけられているヒューマンが声を上げた。


「ええっ、忘れたんですか。思い出してよ。ボルフ隊長に矢を抜いてもらって命を救われた、アカサですって!」


『アカサ、だと?』


 さらに近くにいる獣人の少女が声を上げる。


「このうさ耳、ボルフ隊長に掴まれてばっかだから、毛が抜けてきちゃってるんだからっ、思い出してよ!」


「サリダン、今その話は関係ないでしょ」


 マクロンと名乗ったヒューマンが突っ込みを入れている。

 このやり取り、何度も見たような。

 それにーー


 「うさ耳にサリダン?」


 言葉の響きを確かめる様に口に出した。

 その無意識に口に出た言語は人族のものだった。

 しかしこの響き、聞いたことあるような気がする。


 だいたい俺のことをボルフ隊長と呼ぶ。

 それは俺のことなのか。

 この悪魔の俺が人族の隊長だというのか? 


「ボルフ兵曹長よ、忘れたのか。我々はきずなで結ばれた家族と一緒じゃ。思い出すのじゃ!」


 今度は後方から聞き覚えのある、特徴的なしゃべり方をする声が聞こえた。

 振り返れば、そこにはヒューマンの子供がいた。

 幼女と言うべきか、ただ少し偉そうだ。

 確か名前はフェイ・ロー伍長だったか。

 あれ、なんで俺はその名前を知っているんだ?

 確か行方をくらませていた?

 俺は何故それを知っているんだ?


 そのフェイ・ロー伍長一人だけでなく、一緒に何十人も人族がいる。

 ミイニャ分隊とソニア分隊だと。

 ロックヒルに帰れと命令を出したはず―――俺が命令したのか?


 まるで俺の記憶に霧がかかっているようだ。

 俺が悩んでいるとフェイ・ロー伍長が再び口を開く。


「皆、ボルフ兵曹長は悪魔に魅入られておるのじゃ。それで過去の自分を忘れておる。だから思い出させるのじゃ、我々が“戦友”だったことを。そうすればきっといつものボルフが戻ってくるのじゃ」


「わかったにゃ、私に任せるにゃ。ボルフにゃん、皆で早く戻って最果てパイ祭りにゃ」


 ボルフ、にゃん?

 最果てパイ?

 なんか嫌な記憶っぽいが思い出せない。


 段々と頭の中が混乱してきた。

 

 俺が次の行動に悩んでいると、上級悪魔が声を張り上げた。


『つべこべ言ってないで、私の前にヒレ伏せろ!』


 そう言う悪魔の姿は最早、地上でうごめくゴブリンでしかない。

 角を斬られて急激に力が弱くなった様で、遂には悪魔の姿を保てなくなったのだ。

 地面に足を着いて立っているのがやっとの様にさえ見える。


『お前はまだ立場が分かってないようだな。俺に人族の人質など意味をなさぬ。消えろ、雑魚が!』


 俺はそう言って吸血剣を振り上げる。

 

 すると少女の中から一人のヒューマンが縛られたまま飛び出して来た。

 それはアカサと呼ばれた人質の真ん前にだ。


「や、やめて……仲間を、戦友を傷つけたら……」


 振り下ろした吸血剣がその少女の頭上でピタリと止まる。


 どういう訳か俺は斬れなかった。


 目の前に出て来たのはヒューマンの金髪少女だった。










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