第187話 最後の言葉






 俺の前に飛び出して来たのはヒューマンの少女。

 悪魔の俺が見ても美しいと思えるほどの金色の髪。

 

 ギリギリのところで俺は振り下ろした吸血剣を止めた。

 その切っ先は少女の金髪に触れるほどに接近している。

 金色の髪の毛が数本パラパラと地面に落ちていく。


 見れば少女は負傷していたらしい。

 肩の辺りからはかなりの量の血が流れている。

 これは人族として重度の負傷ではないだろうか。

 俺が斬った訳でなく、最初から負傷していたようだ。

 そこで俺の奥底にある記憶がフラッシュバックするように、一瞬だけよみがえる。


 血で赤く染まったクロスボウ。

 メイケ式のクロスボウだ。


 なんだ?

 今の記憶は。


 再び目の前に視線を集中する。

 少女は俺をじっと見つめている。

 その表情はとてつもなく悲しそうだった。


 別の少女が叫んだ。


「金メッケ、また出血が……」


 金メッケか、聞いたことある気がする。

 確か“メイケ”が本当の名だったか。

 ……なぜ俺はそれを知っている?

 

『ええい、お前らちょこちょこ動き回るな!』


 未だ人質を盾にする悪魔だが、すっかり姿はゴブリンそのものに戻っていた。

 知能もゴブリン並みに戻ったようだな。

 奴はオロオロしていて雑魚同然に成り下がっている。


 俺は自分の黒いオーラの手を一本だけ一気に伸ばす。

 もちろん上級悪魔だったゴブリンへだ。

 そいつの頭を掴む。


『おい、やめろ、何をする気だ!』

 

 頭を掴まれて空中に浮かぶゴブリンが叫ぶが、俺は気にせずそいつを黒砦の壁へと投げつけた。


 ベシャッと嫌な音が聞こえて見る影もなくなる。


 周囲にいたゴブリン兵が震えあがり逃走しようとするのだが、俺はそこで魔族語を使って忠告した。


『貴様らそこを動いたら肉片にする』


 その一言だけで魔族どもの動きが止まった。

 その表情からは恐怖心が読み取れる。


 静まり返る黒砦。


 俺は再び目の前の金髪の少女に目を向ける。


「人族の少女よ、俺の事を知っているのか」


 俺が人族語で聞くと、肩から垂れる血を気にしながらも答える。


「……メイケ、です……ボルフ隊長は、ボルフ隊長は、こんな暗くて、地味な私でも……優しく……一人前に、扱って、くれ、ました。こんな私にも……生きる、生きる希望を与えて、く、くれ、ました……だから、だから、ずっと、ずっと、ずっと……ずっと前から…………」


 そこまで言うとメイケはその場に崩れ落ちた。


「金メッケ!」

「誰か、傷を、早く傷口を!」

「金メッケが死んじゃう!」


「このポーションを使うのじゃ!」


 フェイ・ロー伍長が慌てて一緒にいる少女にポーションを渡した。

 それを合図に少女達が一斉に動き出す。

 縛られている者を解き放ち、負傷している者には治療をしていく。


 するとそれを見た魔族が再び動き出しそうになるが、俺がジロリと目を向けて『さっきの言葉を忘れるな』とつぶやくと、魔族どもは下を向いてその場から動かなくなった。

 ここに見えるだけで数百匹の魔族がいるんだが、どうやら俺の言う事を聞くようだ。


 メイケが治療を受けながら俺に手を伸ばし、消え入りそうな声で言った。


「……ずっと、好きでした……」


 それを聞いた途端、俺は無意識の内にその伸ばされた小さな手を握っていた。


 そして俺の口から出た言葉。


「ありがとう」


 手を握られた少女の目からは涙があふれ出る。

 その表情は笑顔だった。

 

 しかし少女の呼吸は徐々に弱くなる。


 治療をするラムラ伍長が叫ぶ。


「金メッケ、目を閉じるなっ、しっかり呼吸しろって、ほら、息を吸え!」


 ポーションが効かないらしい。

 見るに相当に傷は深い、重傷なんだろう。

 これは助かりそうにないな。


 そう思ったら、胸が苦しくなってきた。

 負の感情ではないと思うが、この感情をどう説明していいのだろうか。


 もしかして俺は悲しんでいるのか……


 少女が大きく息を吸う。


 そしてそれを境に彼女の一切の動きが止まった。


 するりと俺の手から少女の小さな手がこぼれ落ちていく。


 時が止まったように感じた。


 周囲にいる少女達からすすり泣く声が聞こえだす。


 そして呆然とする俺は彼女の名をボソリと口に出す。


「……メイケ」


 俺の中で感情が暴れ出す。

 

 そうだ、この少女はメイケだ。

 死んだと思っていたが生きていたんだ。

 

「死ぬな、死ぬなメイケっ!」


 その時、俺自身に異変が起こった。


 訳が分からず自分のほほを拭う。


 濡れていた。


 少女の一人がつぶやいた。


「ボルフにゃん、ボルフにゃんも泣いているにゃ……」


 そうか、俺は泣いているのか。


 その瞬間、俺は全てを思い出していた。

 俺は悪魔を宿した人間だった。


 ダメだ、ここでメイケを死なしてはいけない。

 

 吸血剣よ、メイケを救え!


――無茶を言うな、まあ出来ない事もないが


 なら救え!


――救う方法はあるが、この少女がそれを望むとは思えないぞ


 構わない、俺が許可するから手遅れになる前に早くしろ!


――わかった、一応やってみるがもう遅いかも知れないぞ


 そう言って吸血剣が行動に移した。


 吸血剣から俺の中に何かが流れ込んできた。

 以前にもやったのと同じだ。

 吸血剣が俺を救った時と同じで、何かの力が俺の中に流れ込む。

 それは吸った血をエネルギーに変えたものだ。

 

 そして今度はその力をメイケに流し込めと言う。


 つまりメイケを俺の眷属けんぞくにするということだった。









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