第185話 上級悪魔






 捕虜を連れての徒歩移動だから、敵の歩行速度は上がらないはずだ。

 黒砦に到着する前には奴らに追い付いて細切れにしてやる。

 俺は速足で進む。



 途中、アルファ・チームの攻撃目標だった陣地へ立ち寄ったが、すでに撤退した後だった。

 敵が居なかったことで俺の怒りはさらに上昇した。


 俺は走る様に先を進んだ。


 そして到着した黒砦。

 ちょうど捕虜を連れたゴブリン部隊が門の中へと消えて行くところだった。

 少しだけ少女達の後姿が見えた。


 そして最後のゴブリン兵が中へ入ると門は閉められた。

 少し間に合わなかったか。


 周囲は高い防壁で囲まれている。

 中に入るにはいくつかある門を通るしかないようだ。

 

 しかし俺の姿を確認した門番が騒ぎ始め、数匹のゴブリン兵が俺に向かって走って来た。


 たった五匹か。


 俺は即座にその五匹を斬り捨てる。


 すると望楼ぼうろうにいたゴブリン兵も騒ぎ始める。

 そして門が少し開き、中から一個分隊ほどの槍を持ったゴブリン兵が出て来た。


 それもすべて一方的に斬り伏せてみせる。


 すると黒砦が大騒ぎになったようだ。

 ゴブリンの声が俺の所まで聞こえてくる。

 

 次に出て来たのはゴブリン一個小隊。

 面倒臭くなったので魔法を発動した。


 すると魔法の範囲が広すぎたのか、ゴブリン小隊以外の門番やら防壁内部の敵兵まで影響が及んだ。


 地面が黒く波打ち、中から無数の手が伸び、近くにいる敵兵を片っ端から黒い地面の奥底へと引きずり込んでいく。

 

 これはもう一方的な殺戮さつりくでしかない。

 だがそれが楽しくてしょうがない。

 敵兵が一匹死ぬたびに、俺の心が満たされていく感じだろうか。

 そうなると俺は止まらくなった。

 敵が出て来るのを心待ちに待った。

 そしてそれを順番に虐殺ぎゃくさつしていく。


 気が付けば俺の周囲には、ゴブリンやそれに使役された魔物の死骸で埋め尽くされていた。

 それでも敵は尽きず、次第に俺は敵に囲まれていった。

 だがその状況に興奮した。


 俺が吸血剣を振るえば一度に数匹の敵が地に沈んでいく。

 魔法を放てば数十匹のしかばねが出来上がる。

 俺の回りでは敵兵の断末魔の叫び声が止まなかった。

 俺は興奮した。

 そこで初めて自分という者を理解した。


 「俺は悪魔なんだ」と。


 そして心底悪魔で良かったと思えた。


 今や黒砦の総兵力かと思うほどの敵兵が俺に群がっている。


 一体どれくらいいるんだと思ったら、俺の身体は宙に浮いて上空から見下ろしていた。


 背中の様子が変だ。

 チラリと背中を見れば、羽が生えている。

 まるでコウモリのような羽が。

 その羽に意識を向けると動かせる。

 ということは自分の羽で俺は空を飛んでいるのか。


 そこでやっとお出ましになった。


 どう見ても普通じゃないゴブリン兵が三匹だ。

 その三匹が来るとさっと道が開く。


 その内に二匹の背中には俺と同じような羽が生えている。

 残りの一匹はそいつらの後ろからやって来て、立ち止まると腕を組んで俺を見据えた。


 ちょっと偉そうだな。

 

 そこで羽の生えた二匹が空に飛び上がると、真っ直ぐに俺へと迫り来る。


――奴らはゴブリンの魂を支配した悪魔だ、気を付けろ


 吸血剣からのアドバイスらしい。

 だが俺の見立てでは低級悪魔。


 俺の足元にも及ばない。


 二匹の悪魔は俺の両サイドに別れる。

 挟み撃ちにするらしい。


 右側から来る悪魔が黒い針のような物体を多数飛ばしてくる。 

 左側から迫る悪魔は霧のようなモノを飛ばしてくる。


 そう言えば生き残った少女が黒い霧にやられたと言っていた。

 それを思い出し、怒りが込み上げてきた。


 俺の体中から黒いオーラが立ち込める。


 その黒いオーラが鋭い爪を持った手に変わり、両サイドの悪魔へと伸びていく。

 右側の悪魔から飛ばされた黒い針が、いくつも俺の身体に突き刺ささっていく。

 だが全く痛みは感じない。

 逆に俺が飛ばした黒い手は二匹の悪魔の頭を掴んだ。


『うがああああ』

『ぐおおおおお』


 悪魔の悲鳴が聞こえる。

 黒い霧は俺に届く前に消えてなくなる。


 まずは黒い針を飛ばした悪魔の頭を握りつぶす。

 すると俺の体内へと何かが流れ込む。

 良い気分だった。

 一段と力が増したような感覚。


 黒い霧は放った悪魔はまだ殺さない。

 簡単に殺してなるものか。

 黒い手がそいつの頭をしっかりと握って放さない。


 後方の腕を組んでいるゴブリン兵に視線を向けると、そいつが変身し始めたのが見える。

 ゴブリンから悪魔へと変貌していく。

 額から大きな角が生え、背中から黒い羽根が生える。

 手足の爪と上あごの牙が伸びていき、鋭さを増していく。


 俺がそいつの目の前に降り立つと、周囲に居た魔族兵が俺達から遠ざかる。

 

 そこでその悪魔に変貌したゴブリンが口を開く。


『貴様が“地上の悪魔”と呼ばれるヒューマンか』


『俺がヒューマンだと? 笑わせるな』


 待てよ、自分の言葉なのだが違和感ありすぎだ。

 俺はヒューマンのはずなんだが?

 

 そこで吸血剣が念話で敵の悪魔に話し掛けると言う暴挙に出た。


――お前は誰だ


 すると敵の悪魔が驚いた様に返答した。


『この念話、その剣からのものか。ま、まさか、デーモン・ソードなのか……』


――そうだ、私は剣に宿る悪魔だ


 それを聞いた途端、敵の悪魔が動揺を始めた。


『どういう事だ。悪魔と名乗るヒューマンが、悪魔の宿る剣を従えているというのか。そんな事はありえない。ということは貴様、悪魔か!』


『やっと理解したか。俺はお前の上をいく悪魔だ』


 おおっと、勢いでまた変な言葉を言ってしまったぞ。


『貴様っ、何を言うかっ、私は上級悪魔だぞ。似非えせ悪魔など叩き潰してくれる!』



 そう言って俺に攻撃を仕掛けてきた。


 魔法が得意なのか、短縮詠唱で魔法を放ってきた。

 黒い炎の柱がいくつも俺を襲ってくる。


 上級悪魔と言うだけあって中々凄い。

 放ってくる魔法は強烈でとても避けきれない。

 俺は無意識の内に障壁を構築していた。


 こんな魔法を俺は使えたのか?


 しかしそれでも防ぎきれずに、俺の身体を容赦なく痛めつける。

 だが身体が再生していく。

 煙を発しながら傷ついた箇所が癒されていく。

 とはいっても再生速度はそこまで早くはないようで、みるみる俺の身体は傷ついていった。


 このままでは面白くないな。


 そこで先ほどから黒い手が握っているものを思い出し、早速使ってやろうかと目の前にそれを持ってくる。


 生きたまま俺に頭を掴まれている、黒い霧を出す悪魔だ。


 そしてその握る手に力を込めながら言った。


『黒い霧を出せ!』


 頭に喰い込む俺の爪に悲鳴を上げる。

 だがしっかりと黒い霧は発生した。


 もちろん俺に迫り来る上級悪魔に対しての霧だ。













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