第183話 再生







 


 吸血剣の赤い揺らぎが俺の腕へと伸びる。


 俺の血を吸う為だ。


 細くなった赤い線が幾つも俺の腕へと吸い込まれ、脈打ちながら小刻みに血を吸い上げていく。


 自分の血が吸い取られているのだが、吸血剣から俺の中へ恍惚こうこつの感情が流れ込み、なんとも複雑な思いだ。


 そして下士官ゴブリンが変貌したその姿で俺に襲い掛かる。


 最早その姿はゴブリンではない。


 悪魔と呼んで差し支えないだろう。


――奴は変身したから力が増す、だが魔力は回復しない


 良いアドバイスが吸血剣からきた。


 これはもう、俺が吸血剣を支配下に置いたも同然だろ。


――ぬう、相棒と呼べ!


 悪魔が俺へと接近し、突き刺すように右手の爪を伸ばす。


 その爪に合わせる様に吸血剣を振りかざす。


 吸血剣が空を切る。


 奴が消えた?


 背後に殺気。


 一瞬で俺の背後だと?


 身をかがめると首があったところへ爪が伸びていた。


 そこでまたしても吸血剣からのアドバイスが入る。


――奴の瞬間移動は魔力によるものだ


 つまり使えば徐々に魔力が減るってことか。

 言い方変えれば連発できないってことだな。


――そういうことだ


 まあ、俺には関係ない事だ。

 魔力がなくなるまで待ってはいられない。

 直ぐに決着をつけてやる。


 俺は目の前の悪魔に向かって疾走しっそうする。


 十分な間合いで剣を真横に振るう。


 すると再び目の前から奴が消える。

 だが想定済みだ。


 俺は真横に振るった剣をそのまま身体を回転させることによって、真後ろまで振り抜いた。


 ビンゴだった。


 俺の真後ろに鋭い爪を振り上げた格好でそいつはいた。

 そこで吸血剣が奴の右手を斬り飛ばす。


 その瞬間に吸血剣は血をすする。

 さらに血以外の何かをも吸い込んでいる。

 無くなった手首を眺めながら悪魔が言い放つ。


『貴様、何故後ろだと分かった!』


 いや、そういう時って大抵は後ろに周り込むだろうが。

 まあ、敢えて教える必要もないがな。


『悪魔ならその程度で驚くな』


 そう言い返してやった。


 しかしこいつ、再生するんだった。

 だが切断には時間が掛かるらしい。

 先程の再生みたいな早さはない。


 ならばと、俺はホッホ曹長を助けようと走り寄る。

 しかしそれを黙って見逃してくれるほど甘くはなかった。


 俺がホッホ曹長を抱えたタイミングを狙われた。


「ぐっ」


 思わず声が漏れた。


 奴は俺の背後に瞬時に移動して、傷ついてないもう片方の爪で無防備な俺の背中をえぐったのだ。


 ただの爪ではないようだ。

 しびれるような痛みが襲ってきた。


 だがそれよりもホッホ曹長を救う事が先だ。


 痛みに耐えて、身体を捻りながら吸血剣を振るう。

 当たらないとは思うが牽制けんせいにはなる。


 その時、俺の周囲に鮮血が舞った。


 自分の背中の傷の出血だ。

 思った以上に傷は深いようだ。


 俺はホッホ曹長を抱えたまま後方へ大きく跳躍する。


 すると予想以上の距離を跳躍し、自分の事ながら驚く。


 移動した先の地面にホッホ曹長を丁寧ていねいに寝かせると、「治療は頼んだぞ」と少女達に告げて悪魔の姿となっているゴブリンへと向き直った。


『さあてと、ここからが本番だ』


 俺の虚勢きょせいを張った言葉は軽く返される。


『そんなに血を流しているくせに何を言うか』


 こいつの言葉通りだな。

 流れる血が勿体無いよな。


 俺は吸血剣を肩に背負う。

 すると赤い揺らぎが背中の傷へと伸びていき、溢れ出す鮮血を吸収し始めた。

 それを見た悪魔が呆れる様に言った。


『自分の血をデーモン・ソードに吸わせているのか、なんて奴だ』


 悪魔からみても変な行動らしい。

 

『それは賞賛の言葉と受け取る。さあて、この傷の代償を払ってもらうぞ。そうだな、お前の魂でつぐなってもらう』


『何を言うかっ、逆に貴様の魂、残らず吸収してくれる!』


 怒りをあらわにして、爪を突き出しながら接近してくる。


 そこで吸血剣から俺の中へ何が流れ込んできた。

 それは感情の類ではなく、得体の知れない液体。


 まさか吸収した血液か?

 だが少し違う、エネルギーのようなものか。


 その途端、俺の身体に活力がみなぎってきた。

 吸血剣が自ら俺を助けるのか?


――力を分けてやる、普通は眷属けんぞくに与えるものだがな


 疲れが抜けて行くような感覚と共に、背中の傷口が塞がっていくのが感じられる。


 そこへ叫びながら奴が俺の顔面へ向かって爪を伸ばす。


 『これで貴様は終わりだっ』


 鋭い爪が俺の頭を正面から鷲づかみにした。


 目の前でゴブリン顔の悪魔が勝ち誇った様に笑う。


『ふはははは。なんだ、口だけじゃないか。こうなったらもう貴様に勝ち目はないぞ』


 俺は奴をにらみながら、俺の頭を掴むそいつの手首をしっかりと握った。


『そうか。だがな、これでお前は逃げられないな』


 悪魔の顔から余裕の表情が消える。

 そして慌てて離れようともがくも、俺の腕は悪魔の手首を持ったままビクともしない。


『くそ、放せ!』


 悪魔はもう片方の手首の無い腕で俺を叩くが全く効いていない。


 そこで俺は吸血剣をそいつの胸にあてる。


 ゴブリン顔の悪魔が一瞬身震いした。


 そしてゆっくりと剣身を胸に埋めていく。


『ぎゃあああああああ!』


 悪魔の悲鳴が辺りに響き渡る。


 さらに吸血剣からは血と、また別の何かを吸いとっていく。


 血以外に何を吸いとっているかと吸血剣に聞けば、『悪魔の生命力みたいなものだ』と返ってきた。


 良く解らないが、こいつが苦しんでいればそれで良い。


 そんな時、苦し紛れかもしれないが悪魔が妙な事を言ってきた。


『勝った気でいるようだがな……向こうの部隊でも魂を奪った悪魔がいるぞ。さあて、あっちじゃどうなっているかな、ぐぐぐぐ……』


 しまった!


 別の陣地を奇襲しているアルファチームとブラボーチームか!

 相手がこんな奴だったら、どう考えてもあいつらでは歯がたたない。


「くそっ」


 吸血剣を一気に奥まで刺して、全てを吸い尽くす。


『ぐおおおおおっ』


 悪魔がもだえ苦しむ。


 そして残ったのはまるでミイラのような姿になったゴブリンだった。


「ミイニャ伍長、アルファ・チームとブラボー・チームが危ない。助けに行くぞ!」


 手遅れになる前に行かなくては。

 幸いなことにホッホ曹長は、ポーションの投入でなんとか命は取り留めそうだ。

 ただ、戦闘には参加できそうにないので、二人の少女と一緒にロックヒルへと帰らせた。




 



 アルファー・チームの所に到着すると、ラムラ分隊とソニア分隊はまだ待機状態で攻撃さえしていなかった。


「おい、何で攻撃してないんだ」


 するとラムラ伍長。


「何でって、まだ陽が出てませんけど?」


 さらにソニア伍長までも。


「まだお日様は見えてないぞ」


 こいつら二人そろって……


「曇っているから見えづらいがな、もう陽はとっくに昇ってる!」


「え?」

「は?」


 言われてもまだ理解していない様子で、しきりに空を見上げてキョロキョロする二人。

 下士官二人して間抜けというこの状況。

 だがそれでこのチームは助かったのか。


 取りあえずここの陣地は放置して、ブラボー・チームの所へ駆けつける判断をする。


「ラムラ分隊とソニア分隊もついて来い。途中で経緯を話す。急げ」


 ミイニャ分隊に加えてラムラ分隊とソニア分隊も引き連れて、アルファ・チームのところへと向かう。

 アルファ・チームはマクロン分隊とサリサ分隊がいる。

 大岩の近くにある敵陣地に奇襲する作戦だったはず。


 そして現地に到着してその光景を目の当たりにして言葉に詰まる。



 大岩周辺は血で染まっていた。










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