第181話 燻製肉













 そして奇襲作戦決行の夜。


 ロックヒルを出発してしばらく小隊全員が一緒に行動していたが、途中で三つに分けたチームがそれぞれの方向へと向かって行った。


 俺達チャーリーチームは街道沿いの陣地を目指す。

 月明かりを頼りに獣道を進む。

 魔物の鳴き声もほとんど聞こえず、虫の鳴き声ばかりが周辺に響く。


 ミイニャ分隊と俺とホッホ曹長、そして小隊本部の伝令兵二名が我々チャーリーチームだ。

 ロー伍長は相変わらず行方が不明のままだからここにはいない。

 主役はミイニャ分隊だから先頭を歩かせ、俺達小隊本部員はその後に続く。


 ミイニャ分隊の少女達は少し緊張している様子。

 簡単な作戦とはいえ命の危険がない訳ではない。

 それに加えて今回の作戦行動の指揮はミイニャ伍長に任せてある。

 基本的に俺は手出しをしないことになっているからか、少女達は作戦行動が始まってからずっと落ち着かない様子だ。


 中でもミイニャ分隊の少女一人が先ほどから何か様子がおかしい。

 そしてモジモジしながら申し訳なさげに俺に近づいて来た。


「あの、ボルフ隊長、ト、トイレいいですか……」


 何で俺に聞くかな、そういうこと。


「今はミイニャ伍長に言え。指揮をっているのはミイニャ伍長だろ」


 そう返答するとハッとした様子で、少女はミイニャ伍長の所へ行った。

 そして許可をとった少女は直ぐに暗闇に消え、しばらくして晴々した様子で隊列に戻った。


「ちゃんと砂はかけたにゃ?」


 ミイニャ伍長は真っ先に少女にそう尋ねた。


 鼻の利く魔物が敵にいたら排泄物の匂いでバレる。

 幸い、敵陣地まで距離があるからここなら大丈夫だろう。

 だが排泄物の処置は重要である。

 ミイニャ伍長もそれを理解した上で言ったのだろう……そう信じたい。

 “砂をかける”ってのは猫系の獣人だからとかじゃないよな?


 森に入ると月明かりも届きにくく、さらに暗い中を進まなくてはいけなくなる。

 だから夜目の利くミイニャ伍長自らが先頭を進む。

 これこそ猫系の獣人だからだ。


 あと少しで目的の場所というところで、ミイニャ伍長が異変を察知したらしく、後方へ合図を送ってきた。


 そこで少女達が姿勢を低くしてクロスボウを構える。

 俺はクロスボウを持って来てないから魔剣の柄に手を置く。


 どうやらゴブリン兵の斥候らしい。

 こちらに向かって獣道を進んで来る。


 俺達を監視する陣地であるから、当然のことながら敵も偵察も出すので当然と言えば当然の成り行きだ。


 どうせ監視陣地を叩くんだから、ついでにこいつらを片付けても問題ない。

 ただし一人も逃がしてはいけない。


 ミイニャ伍長の判断も同様らしい。

 待ち伏せして、接近したところで一気に襲い掛かるつもりのようだ。

 

 俺は黙ってそれを見ている。

 敵の数は四匹ほどらしいから、非常に簡単な仕事だ。

 今のミイニャ伍長なら一人で襲い掛かっても、ゴブリンが四匹ならいける気もする。

 

 まずはミイニャ伍長が手で合図をして、分隊の半数を獣道沿いの茂みに配置する。

 残り半分と自分は正面から攻撃を仕掛けるらしい。


 ゴブリン兵が徐々に近づいて来る。

 自分の事じゃないと、いつもよりも凄い緊張する。

 俺達小隊本部員は少し離れた所から見物だ。

 

 そして所定の位置までゴブリン兵が来たところで、側面に潜んでいた五人の少女達のクロスボウが一斉にボルトを放った。

 かなりの至近距離だ。

 不意を突いた待ち伏せ攻撃にゴブリン兵は慌てて槍を構える。

 だが既に二匹のゴブリン兵はボルトによって戦闘不能状態。


 それに気が付いた残りの二匹がくるりと元来た道に向きを変えると、仲間を見捨てて走り出した。

 

 そこで正面に躍り出たミイニャ伍長達のクロスボウのボルトが、逃げるゴブリン兵の背中を襲う。


 距離が近いとはいえ、暗い中での射撃がそこまで正確に命中する訳もなく、ミイニャ伍長達が放ったボルト全てはかすった程度に終わる。


「外したにゃ!」


 そう言うが早いか、ミイニャ伍長はクロスボウをその場に置いて突然四つ脚で走りだす。

 その口には小剣がくわえられている。


 ミイニャ伍長の全力の走りは速い。

 

 あっという間にゴブリン兵の後ろに迫り、大きく跳躍してその頭を踏み台にして先頭のゴブリン兵に襲い掛かった。


「グギッ!」


 先頭のゴブリン兵の後頭部に蹴りを浴びせると、そいつはバランスを崩して地面に顔を埋める。

 そのゴブリン兵はまるで地面の中をのぞく様な格好のままピクリともしない。


 そしてミイニャ伍長は四つ脚で地面に降り立つと、今度は小剣を手に持ち替えて踏み台にしたもう一匹のゴブリン兵へと襲い掛かった。


「にゃああああ!」


「ギ……」


 一撃だった。

 

 革鎧をもつらぬき、小剣がゴブリン兵の胸に深々と刺さった。

 これで斥候は全滅だ。


 少し危なかったが最後はチームプレーじゃなく、力業ちからわざでしのいだな。

 まあ俺も良くやるから文句は言えない。

 俺はてっきり待ち伏せして、小剣で奇襲を仕掛けると思ったんだが、結局はクロスボウだった。

 やはり接近戦は苦手ということか。

 そのおかげで我が小隊は負傷率が低いともいえるがな。

 接近戦はどうしても敵味方で死傷者が出るからだ。


 ゴブリン兵のとどめもまだ剣では無理な少女もいて、息の根を止めるのにクロスボウを使う少女もいる。

 うちの部隊くらいだ、それが許されるのは。

 普通の部隊なら上官に「剣を使わんかっ」とどやされる。

 

「よし、遺体を隠したら直ぐに行くぞ」


 少女達は生身の人型生物に剣を刺すのは抵抗あるようだが、遺体からボルトを抜くのは大丈夫だ。

 あまり変わらないと思うが、そこは全然違うらしい。


「やったにゃ、こいつ燻製肉くんせいにく持ってたにゃ」


 死体から漁ったものでもこいつは喰う、それも才能なのか……

 ちなみの魔族通貨も持っていたりするが、人族にしたらただの金属片でしかない。

 それが金や銀だったら別だが、大抵は青銅か鉄だ。

 換金に手間取る上に重いだけの魔族通貨は誰も持っていかない。


 少し時間を喰ってしまったな。

 足早に目的地へと向かう。


 目的地へ到着すると思ってたより早く敵陣地を発見でき、奇襲時刻までには余裕が出来た。

 作戦開始は夜明けと同時。

 あと一時間弱ってところだ。


 俺は茂みの中で腰を下ろし一息つく。

 少女達は深呼吸したり装備の確認をしたりと、緊張をほぐす努力をしている。

 だがホッホ曹長だけはさっきからずっとキョロキョロと落ち着かない。


「ホッホ曹長、緊張するのは分かるが少しは落ち着いたらどうだ。ミイニャ伍長を見てみろ」


 そう言ってミイニャ伍長に視線を移す。

 

 食べている。

 

 モクモクと食べ続けている。


 今食べているのはゴブリン兵からの戦利品の燻製肉くんせいにくらしい。


「こんな状況で、しかもあれを食べてるんですか……」


 ホッホ曹長が呆(あき)れ気味で言葉を漏らした。


 だがどんな時でも、どんなものでも食べられるというのも凄い。

 俺は黙々と食べるミイニャ伍長を見ながら言った。

 

「戦闘が始まったら今度いつ食べられるかわからなくなる。だから兵士ってのはな、食べられる時に食べておくものなんだよ。その点でミイニャ伍長は群を抜いている。少しは見習ったらどうだ」


 俺の言葉が聞こえたらしく、ミイニャ伍長が燻製肉くんせいにくを口いっぱいに頬張ほおばりながら言った。


「そうにゃ、食べ、ぐおっほっ、げっほ、げっほ……の、のど詰まっ……ぐおっほ!」


「馬鹿、敵に聞こえる、静かにしろっ」


「ふご、ふが、ぐ、ぐ、ぐお……」


 ミイニャ伍長が口に手を当てて必死にこらえる。


 俺は姿勢を低くして敵陣を窺う。


 くそ、こっちへ来やがる。

 

 ゴブリン兵が槍を構えながらゆっくりこちらに向かって来る。

 

 こっちはまだ配置についてない。

 指揮をるミイニャ伍長がこんな状況で戦闘に入るのはまずい。

 ここは一旦やり過ごすか。

 

 と思った矢先だった。

 苦しそうなミイニャ伍長が俺の方に振り返る。


「ぐ、ぐ、ぐぶわっはっ!」

 

 ミイニャ伍長が耐え切れずに、口の中のものを咳と共にすべて吐き出した。




 俺に向かって……














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