第179話 最果てパイ


    










 あれほど高ぶっていた感情が、完全に落ち着いてしまった。

 それでも救護所の生存者や俺と一緒に来た少女三人は、さすがにこの状況に平然とはしていられないようだ。

 当たり前か……


 だがここに居てもしょうがないので石塔に戻ることを三人の少女に伝え、さあ戻ろうかと足を踏み出したところで、森の木の影に違和感を感じて視線を向けた。


 何かいる。

 

 得体のしれない何かがこちらを見ている。


 人でもない、魔族でもない、何か。


 しかし、その気配もすぐに消えていく。


 気になるが後を追ってどうこうするつもりもない。

 今は放っておく。


「ボルフにゃん、どうしたにゃ?」


 ミイニャ伍長が聞いてくるが「なんでもない」と行って石塔に足を向けた。


 歩きながら色々と質問されるだろうと覚悟していたんだが、俺の想像とは全く反対で少女達は無言。

 俺の闇魔法についてや変な言語のことなど、一切聞かれなかった。

 今までが今までだったから、これくらいじゃ動じないのだろうか。


 俺達が石塔に戻ると、俺の周囲からサッと少女らが遠のく。

 俺の行動を見ていたんだろうな。

 だがこれが普通の反応だ。


 といってもそれは第二ワルキューレ小隊、つまりタルヤ准尉の小隊の少女達だけだ。

 俺の小隊の少女らは変な目で見ることは見るのだが、それは「またか」と言いたいような目だ。

 マクロン伍長に関しては「あまり皆を驚かせないでください」とか言ってくる始末。

 だが今回は明らかにやり過ぎたとは思う。

 とはいっても自分を制御できなかったのだからしょうがない。

 それでも敵を蹴散らすことが出来たのだから結果オーライだ。


 そんな中でも危なかったのは、吸血剣に魂を支配されそうになったことだ。

 いや、もしかして支配されたっていうのか、あれは?

 そう考えた時だった。


――貴様、何者だ


 吸血剣が訴えてきた。

 何者と言われてもな、俺は俺だし。


――貴様の中に悪魔の血が流れているのは確かだが少し変だ。


 変とは?


――あの闇魔法、どこで知った?


 あれはやっぱり闇魔法なんだ。

 なんとなくそんな気はしていたがな。


 どこで?とはなんだ。

 お前が教えてくれたんではないのか。


――あのレベルの闇魔法は封印される前の俺でも使えない


 どういうことだ。


――貴様が初めから知っていたことになる


 何を言っている?


――あの時、貴様が初めから知っていた闇魔法を行使したってことだ


 俺が初めから知っていただと?

 だが我に返った今、その闇魔法の知識は俺の中に残っていない。


――俺は貴様を支配しようとしていただけだ


 確かにあの時、負の感情が俺の中へと流れ込んだ。

 ってことは俺の魂を支配しようとしてたってことだ。

 その後だな、俺に変化あったのは。


――あれは貴様を支配するに完璧なタイミングだったのだ


 今考えると、あの時の俺は魔剣に支配されたと言われた方がしっくりくる感じだったんだがな。


――だが貴様は跳ねのけた


 本当は支配されたけど後になって支配が解けたとかじゃないのか。


――あの抗(あらが)う力、上位レベルの悪魔の力に匹敵する。


 やめろ、ますます俺が悪魔に染まっていくみたいじゃねえか。


――これだけは言える、貴様の中に計り知れないほどの力の存在がある


 どういうことだ?

 

――俺の存在を跳ね返すほどの力の持ち主ってことだ


 遠回しに俺は強い魔剣アピールか。

 そうなると俺がしゃべっていた言語は悪魔の言語ってことだよな?


――そうだ


 そこまで吸血剣と会話していたのだが、近くで聞こえる声に意識を戻す。


「ボルフ隊長、私だけは隊長の味方ですからね」


 気が付けばアカサが涙目で抱き着いて俺を見上げている。

 そいえば石塔に戻って来てたんだったな。


「……わ、私も……味方、です……」


 メイケが俺の袖を掴んで上目遣いで俺の顔をのぞいている。

 なんだ、味方、味方って。

 まるで俺が人族の敵みたいな言い方だな、ってそういうことか!


「私も味方になってあげるわよ、しょうがないわね……そのかわり耳を掴み上げるのはよしてよね」


 サリサ伍長、言い方、もうちっと言い方あるだろ。

 確かに耳を掴むのは悪かったと思う。

 まあ、また掴むと思うけどな!


 また変な噂が流れそうだが、俺は“魔を狩る者”として名が通っているから、多少変なことをしても敵を倒していれば問題ない。

 どうとでも言い訳が通る。


 とりあえず部隊の皆は無事なようだし。

 そこでやることを思い出す。


「マクロン伍長、他に敵部隊は見てないのか? 今解かっている情報を頼む。それとタルヤ准尉、タルヤ小隊で救護所の手伝いと周囲の警戒を頼めますか」


 俺の連続指示に俺への警戒がほぐれていく。

 

 いつものように少女達が動き出す。


「ソニア分隊は偵察を出してくれ。後続の敵部隊がいるかもしれないから警戒しろ。それとホッホ曹長、ラムラ伍長にミイニャ伍長はちょっと話がある」


 そうだ、忘れるとこだった。


「サリサ伍長、お前、俺の許可なしでマクロン伍長と代ってヘブンズランドへ行ったよな?」


 サリサ伍長がウサ耳をヘナヘナと折り曲げて言葉に詰まる。


「そ、それは……」


「罰として自分の分隊の兵二名を連れて、黒砦まで偵察に行って来い。これは命令だ」


「そ、そんな……」


 これで良し。


 そして俺はラムラ伍長、ミイニャ伍長、ホッホ曹長の三人を連れ出し、石塔から離れた場所で話を切り出した。

 理由はもちろん先ほどの敵との戦闘の事を聞くためだ。

 俺のすぐ後ろにいた彼女達なら何か知っているかもしれない。


 だが残念ながら、これといった情報は得られなかった。

 解かったのは俺が豹変し見たこともない魔法を使い、聞いたこともない言語をしゃべったということくらいだ。

 ただ一つだけ、俺が知らない内容が判明した。


 一瞬だが、俺が物語に出てくるような悪魔に見えたという。

 これは三人の意見が一致しているから見間違えの可能性は薄い。

 一応は「下士官三人で何を夢見ていやがるんだ」と笑い飛ばして誤魔化した。


 ここまでくると、もう俺は普通の人族ではない可能性は限りなく高い。

 考えられることは、俺は悪魔がこの地へ降り立った時の器なのだろう。

 早い話が俺は悪魔に憑依されているってこと。

 ただ憑依はされてはいるが、支配はされていないだけなんではないだろうか。

 

 問題はその憑依している悪魔だ。

 吸血剣が言うにはかなり高位な力の悪魔なんだろう。

 だが悪魔って魔族が崇拝すうはいする神だったような。

 見方を変えると悪魔を宿す俺が悪魔を敵とする人族に味方して、悪魔を崇拝すうはいしている種族と敵対しているってことだ。

 ちょっと変な気がする。


 さらに悪魔が封印されている魔剣が、悪魔が宿る俺を支配しようとしているこの構図。

 こじれすぎだろう。

 自分で言うのもなんだが、悪魔同士で支配し合ってないか?

 もう何が何だか解からない。


 話の最後に俺は少女達に言った。


「これだけは忘れないでくれ。俺は俺だ。いつもお前たちの味方でありたいと思っている」


 するとラムラ伍長。


「大丈夫ですって。ボルフ隊長の気が変になっても、ずっと味方ですから」


 続いてホッホ曹長。


「そうです。僕も師匠のことを信じてますから、だから早く剣術教えてください」


 そして最後にミイニャ伍長……


「ボルフにゃんが化け物でも大丈夫にゃ、最果てパイ食べられれば文句言わないにゃ」


 なんだか素直に喜べない。

 ミイニャ伍長の場合、エサでどうとでも動きそうだ。

 食い物に釣られて「悪魔狩りにゃ」とか言って俺を殺しに来そうだし。


 だけど最果てパイは忘れていた。


「そう言えば一番多く倒した者に、最果てパイを腹いっぱい食わせる約束だったな。だけどな、優勝者は俺だ。ミイニャ伍長、残念だったな、ふはははは」


 俺が笑い飛ばすとミイニャ伍長が叫んだ。


「嘘つき悪魔にゃ、嘘つきはマフィアの始まりにゃ!」


 やめろ、俺を悪魔呼ばわりしないでくれ。

 だが待てよ。

 マフィアは別に良いんだが、何で嘘つき呼ばわりされるんだ。

 

「ミイニャ伍長、俺は嘘言ってないだろ」


「嘘を言ってにゃいなら、最果てパイを奢るにゃ」


 ラムラ伍長が大きくうなずいている。

 ホッホ曹長は小さくうなずいている。


 出た、こいつらのいつもの作戦じゃねえか。

 必殺の屁理屈へりくつ













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