第178話 闇魔法












 救護所の仮設テントはオークボアライダーによって、かなりの数が潰されてしまった。

 残念ながら負傷者だけでなく死者も出ている。

 だからと言って俺達四人だけで救護所にいる全員を救う事は無理だ。

 それでもあきらめずに一人でも多くを救う事を目指す。


「負傷者でも武器が持てる者は持て、このままだとここに居る全員が奴らに潰されるぞ!」


 俺がそう言ってるそばから、オークボアライダーが負傷兵を槍で突き殺して通り過ぎていく。


 くそ、猪のくせにちょこまか動きやがって。


 敵は救護所の周囲を回り始めた。

 味方がやられて警戒しているらしい。

 だがこちらが四人しかいないとバレれば、おそらく一気に攻めて来る。


 ふとそこで負傷兵の中に“あの少年”を見つけた。

 ロックヒルから進軍して行く時に見かけた、槍を握りしめて祈っていた少年だ。

 布の上に座った状態で、あの時と同じように祈りを捧げている。


 ただし片脚のひざから下が無く、赤く血で染まった布が巻かれている。

 見るからに痛々しいが俺は安堵あんどしていた。


「あの少年、生きてたか……」


 そう俺がつぶやいた時だった。


「オッハ、ウラハーッ!」


 どこから現れたのか一匹のオークボアライダーが叫び声を上げて、持っていた槍を投げた。

 「まさか」と思ったが、その悪い予感は的中した。

 

「はうっ」


 少年が小さく呻き声を漏らす。

 彼の胸にはオーク兵が投げた槍が突き刺さっていた。

 少年はカッと目を見開き、自分に刺さった槍を見てつぶやいた。


「そんな……死にたくないよ、母さん、ゴホ……」


 そうつぶやいて動かなくなる。


 俺の胸の中が熱くなる。

 魔剣から送られた感情ではなく、これは俺が作り出した感情。

 しかし今俺の中で発生した感情は怒りではない。

 “悲しみ”の感情だった。


 そしてそのタイミングで、吸血剣から負の感情が俺の中へと流れ込む。


 恐怖、屈辱、焦燥、煩悶、憎悪……

 そして最後に悲痛という感情が足された。


 そしてその“悲痛”という感情は直ぐに“怒り”の感情へと変化していく。

 それは最早、吸血剣から送られた感情ではなく、間違いなく俺が作り出した感情。


 そして俺はその自分で作り出した感情を抑えられなかった。

 そうじゃない、俺はその怒りの感情を迎え入れてしまったのだ。


 その瞬間、俺の中で何かが弾けた。

 まるで開かずの扉の鍵が開けられたような感覚。


 憤慨ふんがい


 ――奴らの血で大地をうるおせ!


 吸血剣から送られてくるその言葉に俺は、何の躊躇ためらいもなく同意した。


 俺の中は負の感情で埋め尽くされる。

 俺はその感情にあらがうのをやめた。


『オーク共、お前ら一匹たりともここから生きて帰さない』


 俺がそう発すると俺の後ろから声がした。


「ボルフ隊長? どこの言葉? あれ、でも意味が解るんだけど何これ」


 聞こえる声はラムラ伍長の声だろう。

 何故か俺は自分でさえ知らない言語を話していた。

 しかしラムラ伍長や他の少女二人にも意味が分かるらしい。

 

 そこで思い出した。


 悪魔が言葉の通じない相手へ意思を伝える方法、念話だ。


 そして俺は自分があり得ないほどの変貌を遂げていることに気づかされる。


「ボルフ隊長、その姿……」


 少女らが恐ろしい物でも見るような目で俺を見ていることに気が付いた。

 だが今の俺は怒りの感情で燃え上がり、それどころではない。

 そしてその怒りは目の前の敵へと移る。


 俺達がいる周囲を回り始めているオークボアライダー。


 俺は無意識の内に印を組んでいた。

 魔法の行使である。

 俺は印を組み詠唱を始めるのだが、ものの数秒で完成してしまう。

 いつもより圧倒的に早い。

 それに何故か鎧にはめられた魔石や、魔道具である指輪が反応しない。


 ただそんなことはどうでも良いと思えるほどに俺は激憤していた。

 そして魔法が完成すると、俺は発動詠唱を口にした。


『地の底へ引きずり込め!』


 大地が黒く染まった。


 大地が黒く波打つ。


 オークボアライダーが次々に転倒していく。


 最初に犠牲になったのは少年に槍を投げたオークボアライダーだ。


 黒い大地から突如“黒い手”が伸びてきた。


 それは黒いというよりも闇そのもの。


 闇の手といっても良い。


 その手はオーク兵を猪ごと引っ掴むと、その波打つ黒い地面の中へと引き摺り込んだ。


「ウオッフ~!」


 オーク兵の悲鳴が響く。


 それを皮切りに地面から次々と闇の手が出現し、逃げ惑うオーク達を地面の中へと引っ張り込んでいった。

 

 辺りに恐怖の悲鳴がこだまする。


 そして最後の一匹のオークがなんとか魔の手を避けて、黒い地面から抜け出した。

 そして猛烈の速度で逃走を始める。


 しかし黒い大地から抜け出したオークにさえ、闇の手は襲いかかった。

 

 闇の手がシュルシュルと逃げるオークの後を追う。

 そして直ぐにオークの片足を掴むと、黒い大地へと引きずり始める。

 そこへ別の闇の手がそのオークの片腕を掴んだ。

 二つの闇の手は、それぞれが違う方へと引っ張り始めた。


 そしてオークの悲鳴と共にそれが千切れた。


 それでも残った片手片足で必死に地面をいずって逃げるオーク。

 

 そこへ新たな闇の手が伸びてきてオークの頭をむんずと掴むと、一瞬で黒い大地へと引き込んだ。


 すると辺りは何事もなかったかのように静まり返る。


 周囲には壊された救護所のテント、恐怖の表情のまま固まる負傷兵達があるだけで、数十匹はいたであろう敵の姿はなくなっていた。


 俺はというと、地上からほんの僅かではあるが浮いていた。


 何だったんだ、今のは……

 

 怒りは収まっていた。

 それに元の自分に戻っていた。


「ボ、ボルフ隊長?」


 ラムラ伍長が恐る恐る声を掛けてきて、それでストンと地面に足を着いた。


「皆、無事か!」


「ボルフにゃん?」


 ミイニャ伍長が身体を引き気味に、まるで確認するように俺の名前を呼ぶ。


「ああ、間違いなく俺だ。気が変になった訳でもない。だが悪いが俺もよくわからない。だから何を聞かれても答えようがない」


 絶対に聞かれるであろう質問の答えを先に言っておいた。

 正直、俺にもなんだか解からない。

 だが何故か落ち着いている、ちょっとすっきりもしている。


 ホッホ曹長はポカーンと口を開いて俺を見つめたまま固まっている。


「ホッホ曹長、もう終わった。安心しろ」


 声を掛けてはみたが、しばらくホッホ曹長はそのまま放心状態だった。


 















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