第176話 敗走






 


 するとロー伍長は怪訝けげんな表情で返答する。


「まて、ボルフ兵曹長。お主はその吸血剣と会話できるのか?」


 そうか、タルヤ准尉には言ったがロー伍長には言ってなかったか。

 まあ、もう誤魔化しようがないしな。


「ああ、敵を斬っていくうちに段々と意思の疎通そつうが出来る様になっていったんだが、今じゃ会話もできる。たぶんこいつは血を吸う事で成長しているんだと思う」


 すると今度は大口を開けてワナワナしながらロー伍長は言った。


「お、お主……ま、ま、ま、まさか……いや、そんなはずはないのじゃ。もう一度調べてみるのじゃ、早合点かもしれぬ……ボルフ兵曹長、すまないが急用じゃ!」


 そう言って俺の言葉を待たずにどっかへ行ってしまった。

 あの慌てよう、もう一度調べると言った言葉、どう考えても何か知っているよな。

 まさか伝承にデーモン・ソードを持った悪魔が出現するとかいう予言でもあったのか。

 そんなはずはない、よな、いや待て。

 自分で言っててあれなんだが、それってありそうで怖いな。

 でも悪魔に詳しいタルヤ准尉に話した時には、特に変な素振りもなかったしな。


 あ、ロー伍長に結局は全部質問できなかったじゃねえか。

 他にも聞きたいことがあったんだが。





 その翌日、ロー伍長が失踪しっそうした。

 いや、言い方が悪いな。

 置手紙を残して出かけたという方が当たりさわりが無い。

 正確には『急用ができたのじゃ、探さすでないぞ。しばらく留守にするのじゃ』という手紙を残して、後方へ行く輸送部隊と一緒に何処かへ出かけて行ったらしい。


 まさか、憲兵隊を連れて帰って来るとかじゃないよな?

 それで『悪魔を成敗するのじゃ』とか?

 小隊の全員で俺を取り囲んで『あいつは悪魔にゃ、有り金全部頂くにゃ』とかしない…………はず。


 そんな普段は想像もしない考えが浮かんでくる。

 そのタイミングで魔剣から意思が伝わってくる。


――小隊全員を斬り捨ててしまえ、今なら奴らも油断している


 くそ、こいつめ。

 俺の精神を揺さぶり始めたか。

 油断するとこれだ。


 

 

 それから数日がたった頃だった。

 黒砦の攻略に向かった部隊の一部が戻って来た。

 負傷兵を連れて来たらしい。

 全部で百人ほどだ。

 かなり酷い状態だった。

 彼らは護衛もなしに後退してきたようだ。


 そこで話を聞けば敵は砦の周囲にまで陣を構えて待ち構えていたそうで、それだけでも苦戦したという。

 そして人族の英雄である“腐り掛け”が正面へ出た時、敵の中からオーク兵が一匹歩み出て来たという。

 当然のことながら、そのオーク兵と“腐り掛け”の一騎討になったそうだが、勝負は一瞬で着いたようだ。


 驚いたことに“腐り掛け”が負けたのだと。


 まさか、“腐り掛け”が破れるとは……

 そのオークは特異種か特異魔法の持ち主なんだろう。

 だが、そのオークの特殊能力を見た者は、逃げ帰って来た者の中には居なかった。

 

 ただ、そのオークが叫んでいた言葉を覚えていたようで、俺に教えてくれた。


 「そのオークなんですが“たかが人間風情が悪魔に勝てるとでも思ったか!”と叫んでいました。それも人族語じゃないんですけど、どういう訳か意味が伝わったんです」


 それは特異種なんかじゃない、そのオークの魂を支配した悪魔じゃないのか。

 悪魔が思念を送って来たんだろ、それ。

 ロー伍長の話を聞いた後ではそう思ってしまう。

 ただ、それ以上の話は聞けなかった。


 負傷兵である彼らは仮設の救護テントへと運ばれて、残っていた救護部隊の治療を受けている。

 しかしここに移動できた者はまだ良い、自力で移動できない負傷兵は戦場に残されたままだという。

 彼らに待っているのは死である。


 援軍が来る気配もない。

 だが噂によると予備部隊が後方に控えているらしい。

 これが本当ならば、このピンチに予備部隊を前進させるのでは。

 だが、その様子も一切ない。


 この状況で俺達が出来ることは、負傷兵を守る事。

 出来れば負傷兵は後退させたいのだが、ポーションが少ないから負傷兵全員に回らず、この場から動かすことが出来ない者が多すぎる。

 重傷者だけには何とかポーションを配れたが、それでもまだ歩けるようにならない者も結構いる。

 動ける者はなんとか馬車に分乗して、輸送部隊と一緒に鉱山砦へと後退させた。


 これで今ロックヒルに残っているのはタルヤ准尉の小隊と俺達の小隊、そして歩く事は疎か馬車に揺られるのも危険とみなされた負傷兵達だ。

 

 そしてさらに数日が過ぎた頃、森の奥からロックヒルに向かって来る人影が見えた。

 これが敵部隊だったら完全に終わりだな。

 だが、その部隊は黒砦に向かった味方部隊だった。


 ただし、歩く姿は勝利しての帰還には見えない。

 兵士達は皆うな垂れ、お互いに肩を貸しあってかろうじて歩いている者が多数。

 台車に載った多数の負傷兵達。

 その中に見つけた。

 “熟女部隊”だ。

 ただ五十人近くいた彼女らの部隊が、見れば十人くらいしかいない。

 それにその十人も負傷している。


「あれは味方だ、タルヤ准尉の小隊は負傷兵を救護施設へ運ぶのを手伝ってくれ。俺の小隊は追手がいないか警戒しろ! グズグズするな、急げ!」


 俺が怒鳴りつけると、一斉にワルキューレ部隊の面々が動き出す。


 別に熟女部隊を優先して助けろとか言ってない。

 彼女らは確かにペルル部隊だから同じ部隊とも言えるが、だからと言って最優先にする訳にはいかない。

 負傷の程度に分けて、助かる者から優先だ。

 それでも負傷の具合が同じ兵がいたら、俺は熟女兵を助けるだろうな。


 だが、予想以上に負傷兵が多すぎる。

 それに出て行った人数に比べて戻って来た人数が少ない。

 ロックヒルからは一個大隊と輸送部隊などで千人以上の兵が進軍して行ったのだが、戻って来た部隊を見る限りでは三百人くらいだろうか。

 これは完全に負け戦だな。

 全滅を逃れただけでもラッキーだと持った方が良いか。


 軽傷の兵士何人かに聞いたんだが、やはり敗走して来たようだ。

 なんでも黒砦に攻撃を仕掛けたは良いが、近くに布陣していたオーク騎兵部隊に回り込まれ、側面から切り崩されてしまったようだ。

 ロックヒルから進軍した部隊が総崩れになったため、ヘブンズランドの部隊にまでそれが波及したようだ。

 それに決定的だったのが、ヘブンズランド部隊にいた“腐り掛け”が破れたことだ。

 これで士気が一気に落ちたようだ。


 これでサンバー伯爵領の英雄と呼ばれる者はいなくなってしまった。

 俺は確かに功績を上げてはいるが、特別な能力などなかったから、正式には英雄なんかではない。

 今は特別な能力を持っていると分かってしまったが。


 負傷兵をなんとか救護所へと集めたが、それは仮設テントでしかなく、特別な医療施設ではない。

 ましてやポーションが底を突いている。


 今ここにいる負傷兵達の多くは助からないだろう。

 だからと言って敵が攻めてきた場合、撤退しろと言われている。

 それは無理だ。

 この負傷兵を残して撤退など無理だ。

 

 そんな葛藤かっとうをしている矢先だった。


「ボルフ隊長っ、敵部隊見えます。騎兵です!」


 見張りの少女が叫んだ。


 やはり来たか、

 追撃部隊だろうな。


 くそ、こっちにはボルトがほとんどないからクロスボウが使えない。

 だが考えている暇などない。

 俺は直ぐに指示を出していく。


「救護部隊を直ぐに下がらせろ。中だ、石塔の中へ入れろ。それと負傷兵でも武器が持てる者には持たせろ」


 使えない奴隷、つまり働けない負傷兵はその場で魔族に殺される。

 かと言って負傷兵全員を守ってやれるほどの余裕などない。

 少女達の近接戦闘レベルでは、自分を守るだけで精一杯だ。

 いや、クロスボウが無ければ自分さえ守れない者も多い。


 しばらくすると、マクロン伍長が俺のそばまで走って来て言った。


「救護兵達が救護所に残るって言ってるんです。何を言っても動かなくて……」


 救護兵の半数がおじさんやおばちゃんだ。

 彼ら彼女らも捕まったら恐らく殺される。

 奴隷として働かせるには体力が低いからだ。


 くそ、何でこうなった!


「ホッホ曹長、ラムラ伍長、ミイニャ伍長は俺に付いて来い。他は全員石塔に入れ。マクロン伍長は第一小隊の指揮を頼む」


 敵は騎兵部隊。

 ならば石塔に立て篭もれば敵は攻め手に困るはずだ。

 だけど石塔は応急修理はしたが、まだ壊れた箇所が多いのがちょっと心配だがな。


 するとマクロン伍長。


「ボルフ隊長はどこへ……」


「なあに、ちょっとだけ準備運動してくる」


「はい?」


「敵は騎兵、全員槍を持て……準備は良さそうだな。行くぞ!」


「はい」

「了解」

「にゃ」


 剣も扱える三人を連れて、俺は走りだした。








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