第175話 憑依する悪魔
ロックヒルに戻ってからが忙しかった。
まずは魔族の動きが気になる。
なんせ人族が、最前線の部隊を突破したんだからな。
そうなるとロックヒルから一番近い敵は、歩いて二日の距離にある『黒砦』となる。
それとは違う方角に歩いて三日のところには魔族の小都市、『
特に
魔族にとっては人族との間にある緩衝地帯が突破され、人族が魔族領の目の前まで迫っているのだ。
しかも
魔族にしたら一大事って訳だ。
それで魔族の動きが活発になっているようだ。
ヘブンズランドに人族の大部隊が集結しているのは、これがチャンスと考えているからだろう。
近いうちに大攻勢をかけるんじゃないだろうか。
我がペルル男爵も部隊を差し向けたいらしいが、先の戦いで物資が底を突いていて、全然補充が間に合っていないから少なくともワルキューレ部隊は無理だろう。
クロスボウ部隊なのにボルト無しで戦うとかは無茶だからな。
その内ボルトの生産も独自で何とかしたいんだがな。
少女達にはボルトのシャフト部分の製作を大分前からさせてはいるが、
我が隊にとってはボルト、特に
細かいところを言えばその練習用のボルトは、シャフト部分が素人作りなため職人が作るような真直ぐな物は中々作れず、それが距離が離れれば離れるほど命中率にも影響してしまっている。
つまり距離が開くと当たらない。
だから
それからマフィアのコネを使って、引き続き武器取引を調べさせている。
それと極秘に悪魔についての書籍類や伝承も調べさせている。
これは俺が何者なのかを知る為だ。
変な話、自分の正体を知りたい。
その結果によっては、俺はこの小隊に居られなくなるかもしれない。
それどころか、人族社会に居られなくなる可能性だってある。
だから極秘だ。
知るのが怖いが、知らないではいられない。
この辺は調べる者達が裏社会の人間で良かったのかもしれない。
そして一週間もすると大攻勢が始まった。
ヘブンズランドに集結した一個大隊と、ロックヒルに集結した一個大隊の合計二個大隊で以って、魔族の拠点である『黒砦』を攻めるため進軍して行った。
ロックヒルに残ったのは救護部隊や輸送部隊だけだ。
ペルル男爵領からも、ペール村の守備をしていた一個小隊が派兵された。
ボルトもポーションも
だが少女クロスボウ小隊ではなく、女投石兵小隊だ。
やはり女性だけの部隊に変わりはないのだが、後方任務に就いていた二十代後半から三十代前半のベテラン女兵士を集めた部隊らしい。
周囲の兵士からは“熟女小隊”と言われているらしい。
それはそれでまた人気があるらしいのだが。
ただ、彼女らの部隊はクロスボウ部隊ではなく、スリングスタッフ装備の部隊である。
スリングスタッフ装備の部隊とは、長い木の棒の先に着いたスプーン状の部分に石を載せて投げる、投石専門の兵の部隊の事だ。
遠距離攻撃部隊ではあるが、クロスボウよりも圧倒的に射程が短いので、それだけ敵兵に接近しなければならず、その分だけ危険を伴うのは間違いない。
敵の短弓や石弓の射程内でもあるし、女性の力だと敵のスリングの射程ともそうは変わらない。
早い話、負傷率はクロスボウ部隊よりも高くなるはずだ。
新兵少女なんかよりは士気は高いとは思うが、所詮は後方での実戦未経験者の寄せ集め部隊だ。
いったいその内の何人が生き残って帰って来るのだろうか。
それ以外にも新兵らしき少年の槍部隊が目についた。
必死に槍を握りしめ、神妙な顔つきで祈りをささげる少年。
どうみても十五歳にもなっていない顔つきだった。
兵士の中には貧乏で毎日食うことも出来ず、入隊するしかなかった少年が多数いる。
その中には年齢をごまかす者も少なくない。
あの祈りをささげる少年もそういった者のひとりなんだろう。
彼は生き残って帰って来るのだろうか。
それで残った俺達の役目というか仕事なんだが、ロックヒル付近に設営された味方部隊の野営地の防衛と、補給物資の輸送や見張りくらいだ。
おかげでヘブンズランドに何度も行く機会が出来たし、もてあますほどの時間も出来た。
そこで俺は意思疎通が出来るようになった吸血剣へ、色々と質問をぶつけてみた。
だが俺の問いに対して返ってくる事もあったが、ちゃんと返ってこない時も結構ある。
ちゃんと返ってこない時は、俺が理解不能な言葉や表現を使った場合が
そこで、こういった時に役立つのがフェイ・ロー伍長だ。
口は堅いようだし、こいつは魔剣を持ちたいがために貴族の身分をも捨てた変わり者。
魔剣ヲタクで伝承にも詳しい。
俺はこの元公爵令嬢の幼女を呼び出した。
「呼び出しとはどうしたのじゃ?」
「ああ、すまない、込み入った話だ」
「うむ、そうじゃろうと思った。で、なんじゃ?」
俺は用意しておいた質問をした。
まずはこの魔剣とのやり取りと、『悪魔に魂を支配される』という内容についてだ。
前に若い兵士の男に対して、吸血剣が「悪魔に魂を支配されかけている」と言っていたことがある。
その頃の俺は“悪魔”の存在そのものを信じてはいなかった。
だが、今は違う。
なんせ、この吸血剣にはその悪魔が宿っているし、召喚されたイポスという悪魔を俺は倒している。
だから今では悪魔が存在するのは間違いないと俺は考えている。
それでロー伍長からの返答。
「悪魔は存在するんじゃろうな。だがそれを見た人族はいないのじゃ。だから信じない者はたくさんおるのじゃ。それで“悪魔に魂を支配される”というのはじゃな、私も前に古い書物で読んだ記憶があるのじゃ」
ロー伍長は少し考えた後、話を再び続けた。
「確か悪魔が人族の世界に出現する時にはのう、媒体となるものが必要になるのじゃ。例えばキマイラのような合成生物を用意して召喚するのが普通じゃがな。ただこれは、人族側の世界から呼び寄せた場合じゃ。逆に悪魔が自らの意思でこの世に出現する時には、あらゆるものに
それを聞くと、やっぱりこの剣、“デーモン・ソード”なのか?
いや、きっとそうなんだろう。
魔剣も自分が悪魔だと言っていた。
タルヤ准尉もこの剣は吸血鬼の“ヴァンピール”、つまり悪魔だと言っていたしな。
それとこの話が本当ならば、あの時の若い男兵士は悪魔が
それが真実だったらかなりまずいと思うんだが。
「なあ、その話が本当だとすると、近くで悪魔が出現しているってことになる。放って置いちゃまずい気がするんだが」
「そうじゃな、確かに大変な事態とは思うのじゃがな。よく考えてみるのじゃ。ここで悪魔が出現してると騒いだとしてじゃ、誰がそれを信じるのじゃ」
全く以てその通り。
「確かにそうだな……」
「だがのう、書物によると悪魔が出現したのは数百年前の話となっておる。もし本当に悪魔が出現しているとなると一大事なんじゃが、今の私達には何も出来ぬのじゃよ」
「そう言えば、ロー伍長の魔剣はどうなんだ。何か言っているのか?」
「何か言ってるとはどういうことじゃ」
「敵の精気を吸い取れとか言ってこないのか」
するとロー伍長は
「まて、ボルフ兵曹長。お主はその吸血剣と会話できるのか?」
そうか、ロー伍長には言ってなかったか。
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