第174話 呪符
雑魚寝部屋で夜を明かすはずが、ブルーノの邸宅に呼ばれた。
その邸宅に泊めてくれるのだという。
これはラッキーだ。
雑魚寝部屋から邸宅の客室へランクアップ!
今日はツいてるな。
ただ一方で、ヘブンズランドの街の半分近くを縄張りとする、ブルーノ・ファミリーというマフィアのボスになってしまった。
だが表向きはあくまでもブルーノがドンで、俺は裏ボスみたいな感じだろうか。
まあ黙っていても金が入ってくるらしいし、何かあっても捕まるのはブルーノだから、これはこれで良いかと思ってしまった。
それより俺はこの
それをブルーノに聞くと、一度だけ武器を輸送したことがあるらしい。
だが魔族への受け渡しまではやっていないという。
彼らがやったことは、王都から当時の前線近くへの武器の輸送だとか。
それはごく普通にある輸送だが、王都から前線への輸送というのが変だ。
これはロー伍長が言うには、王都はお世辞にも裕福な都市ではない。
武器を輸出できるほど生産できない場所である。
なんせ、王都には個人の鍛冶屋が何軒かあるだけで、大規模な工房はない。
つまり輸出できるような数の生産など出来るはずもないからだ。
ましてやバリスタなどの攻城兵器を作れる職人はほとんどいないという。
それに最前線へと運ぶのもおかしい。
通常は前線の後方までの輸送で、そこからは兵士が運ぶものだ。
しかも受け渡しが最前線の中でも、部隊配置が無い
これは益々怪しい。
この辺はもっと深く調べる必要がありそうだ。
それとブルーノ・ファミリーについて色々と教えて貰った。
主な収入源は酒類販売、賭博、飲み屋、宿泊施設、輸送、そして魔法の呪符物の販売なんだそうだ。
この中でも特筆すべきは魔法の呪符だ。
恐らく魔法のワンドもそのひとつなんだろう。
聞けば呪符士がいるのだという。
呪符士とかよくもまあファミリーに連れ込めたと思う。
通常は貴族が高い賃金で雇い入れる為、フリーでいる者はいないし、こんなマフィアの一員でいるのもおかしい。
だがそこで話を聞いたロー伍長が直ぐに見抜いてしまった。
「そいつは捕虜奴隷じゃな?」
捕虜奴隷、つまり魔族の捕虜。
ゴブリンなのかオークなのかは分からないが、そういうことだ。
ブルーノはそれを肯定した。
地下闘技場で戦わせようと捕まえた魔族を連れて来たら、そいつが呪符の魔法を使えることが判明したというのだ。
そいつが出来る呪符というのが『パラライズ』、そして『パニック』の魔法だという。
この二つの魔法しか呪符出来ないらしいが、それでも呪符物として売ればそこそこの金にはなるだろう。
だが問題があって、呪符するには魔石が必要なのだが、その品質が一定していないという。
つまりは繰り返し使える魔道具と、使い捨てになってしまう魔道具があるらしい。
ただそれを判別できる技術はないから、売り出す魔道具は性能差があるという。
だからと言って高品質な魔石は中々手に入りにくいという。
それで売り出した魔道具の中には粗悪品もあるんだという。
なんだ、それなら直ぐに解決だな。
こっちには魔石鉱山の後ろ盾がある。
良質の魔石を使った魔法のワンドを売り出せば、相当な資金源になる。
これでロックヒルも自力で資金は稼げるようになりそうだ。
残念なのは呪符出来る魔法に攻撃魔法がないことだが、それはしょうがない。
しかし呪符が出来るならクロスボウのボルトにはどうだろうか。
ボルトに呪符が出来るとなると、だいぶ戦闘が楽になる。
だが高価なボルトになっちまうか。
それでも命中すればパラライズするっていうなら、それは利用しない手はない。
呪符士が捕虜奴隷であるならば、一本いくらではなく作り放題で飯代だけだ。
ボルトなんかの使い捨ての呪符物なら、魔法が発現さえすればクズ魔石でも問題ないからな。
だから元値はほとんど掛からない。
あ、これはおいしい拾い物って感じだな。
これは結果として良い特別休暇になった。
それとブルーノの邸宅なんだが、思った以上に大きかった。
案内された部屋のベッドも凄い。
取りあえずこのフカフカなベッドでゆっくりと寝ることにするか。
割り当てられた客室の大きなベッドで、俺は久しぶりに心地よく朝まで眠ることが出来た。
朝起きると、別の部屋で寝ていた少女五人も目を覚まし、朝食とは思えない量の食事を一緒に食べ、貸し切りの馬車でもってヘブンズランドを出た。
途中、鉱山砦を経由して軽く話を通して、そのままロックヒルへと向かった。
話とはもちろん魔石の融通に関してだ。
そこは話のわかるロミー中尉。
直ぐにOKサインが出た。
これで魔法の呪符物である魔道具の大量生産の準備を進めていくつもりだ。
これに関してはロックヒルに到着したら、商人の娘であるマクロン伍長に仕切りを頼むつもりだ。
小隊に配備する分と売りに出す分を上手く配分した上で、さらに利益も出してくれるだろう。
それとブルーノ・ファミリーからの上納金があれば、ロックヒルの運営資金ぐらい
それも小隊の財布番のマクロン伍長と相談だな。
ロックヒルに到着すると何故かホッホ曹長が俺に近づいて来る。
「なんだ、ホッホ曹長」
俺が尋ねるとホッホ曹長が言い辛そうに言った。
「師匠――いやボルフ隊長、僕も呪符の剣が欲しんですが、あの、お金は払うんで一振り回してもらえないでしょうか」
今、師匠って言って言い直したよな。
弟子にした覚えはないんだが、まあ良い。
「構わんが、パラライズかパニックしか出来ないんだぞ。その程度の呪符でも良いのか?」
「はい、それでも呪符が施された剣なんて中々手に入りませんから。是非、僕にも下さい。お願いします!」
そう言って何故か
かなり熱のこもったお願いというか、貴族が平民にそんな恰好して良いのか?
「ああ、分かった、分かった。真っ先にそうするように手配するよ、だからかしこまらないで立ってくれ。それから剣は自分で用意してくれよ」
そう言うとホッホ曹長が満面の笑顔で「はいっ」と言って喜んだ。
こいつはこんな笑顔も出来るんだな。
ちょっとだけドキッとした。
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