第173話 ブルーノファミリー







 雑魚寝の安宿の受付前で、少女数人が受付の男と口論をしていた。

 少女達というのはもちろん我が小隊の少女達だ。

 ラムラ伍長、サリサ伍長、ミイニャ伍長の三人に加えてホッホ曹長にロー伍長である。

 遠目で見ながら聞き耳を立てると、どうやら女五人で泊まりたいらしいが、雑魚寝部屋は基本男女関係なく同じ部屋なのだか、それが少女達には納得いかないらしい。

 特に貴族のホッホ曹長と元貴族のロー伍長がだ。

 それで女部屋を用意しろと、無茶な要求をしている少女達。

 それは早めに普通の宿を予約しなかったお前らが悪いんだがな。


 これは巻き込まれたら大変だと思い、俺は気付かれないようにそおっとその場を離れることにした。

 だが、世の中思い通りにはいかないようで……


 サリサ伍長のウサ耳がピンと立ち、ヒョイっと俺の方へ向くのが見えた。

 それとほぼ同時にミイニャ伍長の鋭い視線がキッと向き、俺の存在を暴く。


「あそこに腹黒い何かが見えたにゃ!」

「今、意地悪な音が聞こえた気がする!」


 張り倒してやろうか!


「ボルフ隊長じゃないですかっ、こっちです、こっち」


 ラムラ伍長に呼び止められてしまった。

 くそ、見つかっちまったならしょうがない。

 ここで逃げるのもおかしいしな。


「あ、ああ、どうしたこんなところで」


 そう言いつつ、彼女達に近づいて行く。


 そこでロー伍長から無茶なお願いを受けてしまった。


「この宿主、話が通じぬのじゃ。貴官から言ってもらえぬかのう」


 さらにホッホ曹長からも。


「どうも女はこういう交渉ごとで不利です。ここは男性である隊長、お願いできないでしょうか」


 いやいや、お貴族様がダメなら俺もダメだと思うぞ。

 まあ、一応口添えはしますが。


「えええっと、お前が店主か」


 受付に立つ男に話し掛けた。

 受付の男と言ってもかなり年寄りだ。

 じいいさんと言っても良いくらいだ。


 だがこのじいさん、俺が声を掛けると店主を呼んで来ると言って奥へ引っ込んでしまった。

 しばらくすると奥からガタイの良いおっさんが出て来た。

 どう見ても用心棒じゃねえか。

 嫌な予感がしてきたな。


「おい、何か無茶な要求をしてくるって聞いたんだが、それはてめえで間違いねえか」


 この街はこういうやからしかいないのか。

 だがこっちが無茶な要求をしているのは間違いない。

 ここは波風立てない様に穏便おんびんにいくか。


「ああ、騒がしてすまない。ここに宿泊したいらしいのだがな、女性が五人なんだよ。男ばかりの雑魚寝部屋に若い女が五人もいたら問題が起きるだろ。それはマズいから別に部屋を用意してくれないかと思ってだな……」


 言い終わらないうちに男が口を挟んだ。


「それなら部屋を特別に用意してやる。前金で銀貨五十枚だ」


 ちなみに雑魚寝部屋だと一人銀貨二枚だ。

 恐ろしく高い。

 だいたい、個室があるなら最初に言えよって話だ。


「その部屋を見せてもらえるか」


 そう俺が言うと男が指を差す。


 そこは雑魚寝部屋の隣にある、もう一つの雑魚寝部屋だ。

 早い話、この宿泊所には雑魚寝部屋が二つあり、客が少ないから片方だけで今は営業しているってことだろう。

 それなら片方を女専用にしてくれても良いだろうに。

 それを銀貨五十枚とか、完全にボッタくる気だな。


 冷静に考えれば店主がどういった値段を付けようが文句は言えない。

 納得いかなければ他へ行けば良いだけだからな。

 だけどな、それが解かっていても納得いかない。

 ぶちのめしたい気持ちが湧き上がるが、今回に限っては向こうに理がある。


「そ、そうか……もう少し、安くならないか」


 かなり我慢して絞り出した言葉がこれだ。


――我慢しないで斬ってしまえ


 吸血剣が余計な思念を送ってきやがる。


「ああ? なんだって?」


 男が片耳に手を添えて良く聞こえないと言いたいらしい。

 それで俺は顔を引きつらせながらも男に再度言った。


「安くならないかと言っている」

 

 すると男。


「はあ? 安くしてください、じゃねえのか、おっさん!」


 こいつ、死んでも良い奴だよな?

 

 さすがの俺も、こういう馬鹿には耐えきれそうにない。

 無意識に魔剣の柄を握っている。


「俺は……おっさんじゃねえ」


 そう言って魔剣を抜きそうになる。

 しかし俺が爆発するより早く、気の短いラムラ伍長が暴れ出した。


「私らワルキューレ小隊を舐めてんじゃないよ!」


 ああ馬鹿、部隊名を言うなって。

 騒ぎになっても、とぼけられなくなるだろ!


 さらにラムラ伍長が抜剣しやがった。

 もちろん剣鉈けんなたである。


 おいおいおい、俺より気が短いのかよ。

 だがこうなったらしょうがない、俺も魔剣を抜いた。

 だが抜いただけじゃない、その切っ先は受付に立つ男の喉元だ。


「て、てめえ……」


 男の手にも小剣が握られている。

 受付のテーブルの下にでも用意してあったんだろう。

 俺に魔剣を突きつけられて言葉に詰まる男に対して、俺は出来るだけ冷静な口調で言った。


「騒ぐんじゃねえぞ。胴体と頭はくっついたままでいたいだろ」


 そう言いながら魔剣の刃で喉を少しばかり突いてみた。


「ひっ」


 男は小さな悲鳴を上げてビビりまくっている。

 俺は改めて男に言った。


「もっと安く出来ねえのか、いや、安くしてください、だったか?」


 すると男は冷や汗を流しながら「勘弁してくだせえ」と言い始めた。

 このチンピラっぷりはもしかして、もしかするな。


「おい、ここの店は誰が仕切っているか答えろ。生きていたいならな」


「ここは、ブルーノ・ファミリーの店だ。逆らわないほうが良い。今剣を引くなら見逃してやっても良いぞ」


「はあ? お前、今の自分の立場が分かってないだろ。なんだその口の利き方は?」


「ボルフにゃん、そんな奴はさっさと斬っちゃって良いにゃ」


 さらりと言うミイニャ伍長の言葉に、男は大慌てで言い直す。


「いやああ、待ってくれ。悪かった……です。すいませんでした!」


 男は両手を小さく挙げて、抵抗しない意思を示す。

 そこへ奥から身なりの良い男が出て来た。


「おい、何してる。まだ片付かないのか」


 部下らしい男を一人従えて出て来たのは、坊主頭の中年男だ。

 頭に魔法陣の様な入れ墨を入れている。

 身なりは良いが、風貌ふうぼうからいって堅気かたぎではないな。


 入れ墨頭男は俺に視線を向けると急に動作が止まった。

 その俺を見る目は驚愕きょうがくしている。

 そして俺を指さしながら叫んだ。


「“魔を狩る者”じゃねえか!」


 俺の事を知っているらしい。

 だが頭に入れ墨の男なんて俺の記憶にはないんだが。


「おい、入れ墨男。俺の事を知っているのか。悪いが俺は記憶にない。どこで会ったんだ」


 俺が聞くと入れ墨男は答える。


「もう三年、いや四年前になるか。俺は戦場であんたに助けられた……」


 なんだ、恨みを買っている訳じゃないのか。

 

「すまんな、俺は覚えていない」


 すると男は何やら話を始める。


「あの時、俺の部隊はホブゴブリンに囲まれて孤立していたんだ。次々に仲間が死んでな、一個小隊いた仲間が最後はたったの五人になっちまった。それで死を覚悟した時だったよ。仲間の一人が魔物が現れたって叫んだんだよ。その魔物は敵を蹴散らしていって、最後には俺達五人の真ん前にまで迫って来たんだ。ここで俺は魔物に喰われて死ぬんだと観念したんだよ。だがな、その魔物が突然人族語で言ったんだよ『助けに来た』ってな。よく見ればそいつは返り血で酷い恰好だったが、ちゃんとした人間だったんだよ。右手に剣を持って左手に手斧を持っている兵士だったんだよ。俺達五人はそいつに助けられた。あの時は涙を流して喜んだな。後で聞いたんだが、その助けてくれた男っていうのが“魔を狩る者”だったんだ」


「ボルフにゃんはやっぱり魔物だったんにゃ」


 雑音が入るが聞き流す。


 だけど俺が魔物に見えたとかやめてほしい。

 当時は確かに魔物によく間違われた。

 というのも返り血と戦利品で物凄い恰好だったからな。


「そんな事があったのか。でもな、俺の記憶にはない」


「そうか、一応はその場で礼を言って約束したはずなんだがな」


「約束をした? 俺とか?」


「ああ、そうだ。この命の恩は必ず返すとな。だが今までそれも果たせずにいたが、これも何かの縁だ」


 そう言うと入れ墨頭の男は俺の前へと出て来て、突然片膝を着いてこうべを垂れた。


「おい、何の真似だ」


「俺はあんたに忠誠を誓う!」


「はあ?」


 少女達もきょとんとしている。

 入れ墨男の部下も同様だ。


「えっと、お前の名前を聞いても良いか」


 すると入れ墨頭男が言った。


「ブルーノです。この辺りを縄張りにしているブルーノ・ファミリーを仕切っていました。今日から“魔を狩る者”、あなたがファミリーのドンです」


 頭がクラクラしてきた。








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