第172話 縄張りが増えた






 

 店主のおっさんは魔法のワンドを俺に向けて叫んだ。


「パラライゼーショ――ぐしっ」


 しかし言い終わる前に、おっさんの胴体が斬られてふたつになった。

 どうでも良いんだが、魔法名を口に出さないと発動しないのか……


 ちなみに斬ったのは俺じゃない、床に座っている先生と呼ばれる男だ。


 そいつは座ったまま店主のおっさんを斬り捨てたのだ。

 そして剣を鞘に納めながら言った。


「近くでわめきやがって、治療の邪魔なんだよな」


 こいつ、どっちの味方なんだ。

 俺は男に向かって言う。


「そのおっさんは雇い主、っていうか味方だったんじゃないのか?」


 すると先生と呼ばれている男が、かったるそうに立ち上がって返答した。


「そうだが、ちょっと目障りだったんでな。それにな、これで貰った金を返さないで済んだ」


 変わった奴だ。

 しかしこれでもう抵抗する奴はいない。

 これで一件落着かと思ったら、少女達がチンピラ達から何かを集めているのが目に入る。


「ほら、早く出しな」

「はいそこ、ポケットの中も出す」

「お金隠してるにゃ。ジャンプするにゃ、その場でジャンプにゃ!」


 財布を集めていやがる。

 これじゃギャングと変わらないじゃねえか。

 やる気を出させるために俺が言ったことだが、財布どころ金目の物の全てを奪い取る気らしい。

 だけど俺達から金をしぼり取ろうとしたこいつらの自業自得じごうじとくだな。

 盗られる側の気持ちがこれで分かっただろう。


 そこで俺は組織について気になっていることを先生と呼ばれる男に聞いてみた。

 するとここの倉庫や店はブルーノ・ファミリーの縄張りらしい。

 なんだ、エッポの店の地下闘技場と同じファミリーか。

 だがこの男は組織の人間ではなく、用心棒として雇われているだけだという。

 それなら都合が良い。


「よし、ここの店は俺の支配下に置く」


 先生と呼ばれている男は驚いた様子で俺に忠告してくる。


「俺としては別に構わないが、組織が黙ってないぞ」


「なあに、さっきもエッポの店を乗っ取ったばかりだしな。そこはここと同じブルーノ・ファミリーとかいうマフィアだったんだが、今じゃ俺の支配下だ。少しくらい俺の配下の店が増えたところで変わりはしない」


「お前、エッポの店も襲ったのかよ……」


 襲ったとか人聞きが悪い。

 向こうから手を出したんだぞ。

 だから返り討ちにしただけのことだ。


「ああ、そうだ。お前、名前は?」


 先生と呼ばれた男が名乗る。


「ヤン・マシーンだ」


 苗字があるのか!


「まさか、貴族なのか……」


「没落貴族だ。一応まだ家名は残っているってだけだ。そのうちマシーン家はなくなるよ。そしたら俺も平民だ」


 うわあ、また貴族相手とか扱いづらいなあ。

 しかも裏社会の貴族ときた。

 この街はあっちもこっちも組織の配下なんだな。

 ということは、こいつらはもしかして的当て屋以外にも何かやってそうだな。

 聞いてみるか。


「ここがブルーノ・ファミリーの店ってのは分かったが、この倉庫は的当て屋にしては広すぎるよな。他に何かやってるんだろ」


 すると俺の予想通りだった。


「ああ、輸送をやってる。ブルーノ・ファミリーがこの街の半分の輸送事業を占めている」


 半分もか、それは凄いな。

 それに輸送なんていうまともな仕事をやってるとはちょっと驚きだ。

 まあ敵地に近い辺境のこの地での輸送業なんて、まともな奴はやらないか。


 だけどそうなると、この辺一帯がブルーノ・ファミリーの縄張りってことになるのか。

 そうなるとさっきの酒場もそうなのか。

 ちょっと聞いてみるか。


「もしかしてバルキリーっていう名の酒場も配下の店なのか?」


「ああ、それもブルーノ・ファミリー、うちの管轄の店だ」


 やっぱりそうか。

 この店の近くだからそんな気がした。


「それならマシーン、ここはお前が仕切れ。俺が新しい雇い主だ。それから今までファミリーに上納してた金は俺に回せ。問題あるか?」


 まさか問題あるとか言わないと思うが、一応は聞いておいた。


「いや、問題ないが、ここは俺が仕切っても良いのか?」


「問題ない。そこにいるチンピラ達もお前の言う事は聞きそうだからな。困ったことがあったらエッポの店に連絡して話し合って決めろ。俺への連絡はロックヒル宛に伝書カラスを使え」


「分かった。だが俺はエッポの店の事は知らないし、エッポという男にあった事もないがいいのか」


「構わない。俺が話を通しておく。そうだ、ひとつだけ確認しておくが、魔族に武器の横流しとかはしてないよな?」


 こんな辺境の街での輸送業だ。

 アルホ子爵がやっていた武器横流しに関係している可能性がある。


「それか。以前に何回か武器密輸をやったみたいだが、俺が雇われる前の話だからな」


「それは魔族相手か?」


「俺はそこまで詳しくは知らないな」


「それについて出来るだけ調べておいてくれるか」


「了解した」


 前にロミー中尉が言っていた。

 魔族への武器横流しは、アルホ子爵だけでなく、他にも暗躍あんやくしている貴族がいると。

 俺はそいつらを許すわけにはいかない。

 そいつらが横流しした武器で散々な目にあってるからな。


 こうして裏社会とのつながりを得たからには、その貴族を探り出してやる。

 ついでにロックヒルの運営費も捻出したい。


 俺達はこうしてマシーン達と別れると直ぐにエッポの店に立ち寄り、改めて新しい縄張りの説明をした。

 そして再び街の中へと立った。


「おい、そろそろ宿を見つけないと寝る所がなくなるぞ」


 それを聞いたラムラ伍長がハッとした様子で言った。


「そうだった。皆急ごう。それとヘブンズランドに来たからには“最果てパイ”を食べないと、ほら急ぐよっ」


 宿より喰うことかよ!


 変な名前のパイが少女達のお目当てらしい。

 どうせ変わった名前を付けただけの普通のミートパイか何かだと思うがな。

 田舎者は直ぐに商人の思惑にはまるよな。


 さて、俺はどうするかな。

 ロックランドに帰るつもりが、この分だと陽が暮れる。

 しょうがない、宿を探すか。


 しかし、宿を探すがどこも一杯だった。

 宿泊する人のほとんどが商人らしい。

 元々少ない宿数らしく、空いている宿といったら素泊まりの雑魚寝の宿だ。

 安いが衛生面や治安面は最低レベルだ。

 そこに泊まっている客は、進行中の街造りをしている作業員達の様だ。

 その中に入っていくのも気が引ける。


 かと言って街中での野営は禁止となっている為、その辺で夜を明かすことも出来ない。

 それであぶれた商人は街の外で馬車泊している。

 俺も外で野営すれば良いのだが、折角ここまで来たのにそれも味気ない。

 結局考えた末、俺は雑魚寝の安宿へと足を向けた。


 するとそこでまた揉め事に遭遇してしまった。










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