第168話 的当て屋
俺はひたすら平常心に努め、エールで濡れネズミとなったおばちゃんは見ない様にする。
そして俺は用心棒の男に、その
「下っ端はすっこんでろ」
すると一瞬で怒りが頂点に達した用心棒の男が、湯気が出るんじゃないかと思うほど顔を真っ赤に染め、腰に差した短めの棍棒を抜いた。
「この野郎、黙って聞いてりゃあ!」
用心棒の男が棍棒を上段に振りかぶる。
だが、動作が遅い。
あまりに遅い。
この用心棒の男は大したことない小物のようだ。
小物ほど良く吠えるっていうしな。
まあそれでも良い。
俺はこいつに怒りをぶちまけた。
「うるせ~んだよっ。金払ってまでババアの相手させられる俺の気持ちが、お前に解るか~~~~っ!!」
一閃
用心棒の棍棒がババアの
もちろん棍棒を握る手首も一緒にだ。
「う、う、う、うへええええええっ!」
変な悲鳴を上げて脂肪の塊のおばちゃんが慌てふためく。
そしてワタワタとソファーを乗り越えて床に転落する。
転落した床で腰を抜かしたのか、顔面蒼白で固まってしまった。
用心棒の男はというと、無くなった自分の手首がまだ理解できていないようで、「手が、手が」と言いながら噴き出す鮮血を近くにあったジョッキで必死に受け止めようとしている。
そのタイミングで魔剣が俺に訴える。
――あのジョッキを奪え
魔剣様はジョッキに溜まった血を一気に飲み干したいようだ。
考え方がミイニャ伍長とあまり変わらないよな。
欲望に対して真直ぐだ。
だが残念ながら魔剣はここまでだ。
俺はあっさりと剣を
魔剣から『おいおいおい!』という突っ込みが聞こえたような気もするし、聞こえなかったような気もする。
手首を落とされた用心棒が使い物にならなくなると、マスターと呼ばれた禿げたおっさんが慌ててカウンター下から剣を取り出した。
刃渡り四十センチほどの小剣だ。
室内で使う武器としては良い選択だ。
だがこいつ程度は素手で十分。
この
禿げたおっさんは俺に対峙すると、意外とキモは座っているみたいだ。
目は死んでいない。
そして禿げたおっさんは小剣を腰だめに構える。
この構えは捨て身の攻撃だろう。
体ごと突っ込んで全体重を剣に集中させる手法だ。
攻撃に全力を持っていく代わりに、自分の防御は無視の殺法でもある。
禿げたおっさんが気合とともに突っ込んで来る。
「でええええいい!」
だが所詮は素人。
俺が片脚を前に出す。
すると禿げたおっさんは勝手に顔面から俺の足裏に突っ込んで来た。
そして「ぐひゃ」と変な声を発してその場に崩れ落ちる。
それだけで勝負はついた。
床で「ううう……」と唸る禿げたおっさんには、
改めて室内を見まわす。
他には誰もいないようだ。
そこで未だにジョッキに自分の血を受け止めようとあがく用心棒に目をやる。
こいつ、放って置いたら死ぬな。
俺が持っていたポーションを取り出して、おばちゃんに投げ渡して言った。
「これでそいつを止血してやれ」
おばちゃんは首を縦に何度も振ると、用心棒の男の治療に入った。
俺は黙って店から出て行こうとすると、恐る恐るおばちゃんが声を掛けてきた。
「あ、あんたきっと命を狙われるよ」
その言葉に俺は足を止める。
「もしかして組織にか」
そう返答すると、おばちゃんはなおも話を続ける。
「そうだよ。知ってるんなら説明はいらないね。この店はあんたみたいなチンピラが手を出せる店じゃないんだよ」
そうか、この店もマフィアの息が掛かっているってのか。
それはそれで腹が立つ。
「なら店の名前を変えろ。“バルキリー酒場”だと。ふざけるにもほどがある。きっと“ワルキューレ酒場”の真似なんだろうが、そんな似た名前でこんな内容の営業しやがったら、俺は何度でもここを叩き潰しに来るぞ。分かったな」
「あんた、ワルキューレ酒場の関係者なのかい……まあ、一応は伝えるけどね、組織がそれで納得するはずはないからね。見た所、あんたもそのスジの者なんだろ。それくらい分かるでしょ」
どのスジだよ。
俺は真っ当な職業軍人だぞ。
「まあいい、看板だけは叩き潰して行くからな」
そう言って店を出た。
もちろん看板は叩き潰してやった。
しかし折角の休暇なのについてない。
この流れで次の店へ行っても、きっと何かのトラブルに巻き込まれる気がする。
今日はきっとそんな日だ。
こんな日は酒でも買って早々にロックヒルに戻るか。
そうだ、留守番しているサリサ伍長達にお
あいつロックヒルでの留守番はどうしたんだ。
「あの野郎~、とっ捕まえてやるっ」
俺はサリサ伍長が行きそうな店を片っ端から
すると店が立ち並ぶ通りで人だかりがあるのが見える。
近くまで行くと『的当て屋』と書かれた看板の店で何か揉め事のようだ。
「おっさん、汚い商売してるんじゃないよ!」
聞き覚えのある声がした。
「何だと、小娘が偉そうな口を叩いてんじゃねえぞ。商売の邪魔だ、さっさと帰りやがれ!」
「にゃあ、ラムラっち。こんな店燃やしちゃうにゃ!」
言葉に『にゃ』がつく奴が居るっぽい。
最早確定ではないか。
人だかりを掻き分けて俺は前に出た。
すると店の主人っぽい
その少女とはラムラ伍長、サリサ伍長、ミイニャ伍長の三人だ。
「サリサ伍長、見つけたぞ!」
そう叫びながら店の中へと突入した。
最初に気が付いたのはラムラ伍長だ。
「え、隊長?」
その声で残る二人も驚いた表情で俺を見る。
俺は場の空気を読まずに怒鳴り声を上げる。
「サリサ伍長、お前留守番はどうした!」
するとサリサ伍長。
「え、今更? ええと、マクロン伍長が代わってくれるって言うんで……」
「俺の許可なしにそんな事が許される訳ないだろ!」
しかしサリサ伍長は引き下がらない。
「だって、ホッホ曹長が良いっていったもん!」
「何、ホッホ曹長がか……」
あいつめ、勝手な事を!
だけど確かにホッホ曹長には説明してなかったんだよな。
それに部下といえどもお貴族様だしな。
そこで店の主らしきおっさんが口を挟んできた。
「なあおい、内輪揉めは他でやって貰えるかなあ。それに兵隊みたいだな。それならよお、とにかく金を置いて立ち去って貰えるか?」
「そうか、それは悪かったな。邪魔したな。おい、お前ら、ここから立ち去るぞ」
少女達に声を掛けて立ち去ろうとするのだが、そこへ店のおっさんが引き留める。
「おいおいおいおい、修理の金を払えっての。金だよ、金」
俺は帰り掛けた足を止めて、振り返る。
「何の金だ?」
すると店主の男は眉間にしわを寄せて言った。
「この有様を見てみろや。商売になんねえだろ。弁償しろってことだよ、弁償」
店内を見れば『的当て屋』というのは、握りこぶしほどの球を投げて的に当てるゲームらしい。
それらしい的や球が置いてあるのだが、台の板の一部が壊れている。
店主の話を信じるなら、恐らく少女の誰かが壊したんだろう。
俺が三人を見るとラムラ伍長が直ぐに説明をする。
話によると、この的当て屋に三人で入ったのだが、当たりの的には何か細工がされているらしく、何度当てても三人で同時に当てても倒れないらしい。
それで「重りが仕込んであるだろう」と指摘したことから口喧嘩になったらしい。
そこでラムラ伍長がキレてテーブルを壊したという流れだ。
「おい、店主。的に重りは仕込んでないんだよな?」
俺は改めて確認の言葉を投げかけた。
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