第167話 街中に災害級魔物を見た












 俺は三人の少女に説明する。


「ならば、取りあえずこいつらを管理して、危なくなったら知らぬ存ぜぬで手を引く、ってことにする。それで良いか?」


 俺の提案に三人の少女は大きくうなずいた。

 というわけで、たった今から俺は小規模なマフィアのボスになった。

 とは言っても地下闘技場が主な収入源らしいのだが、その闘技場も出場選手が乏しく、思ったような利益を生まないらしい。

 選手不足から、出場者のほとんどが戦闘奴隷や魔族なのだとか。

 人族も滅多に出ないという。


 しかし大した金額ではないにしろ、黙っていても俺のふところに金が入ってくるというのは心地が良い。

 金庫に入っていた銀貨三百枚も俺のものだしな。

 マジック・ワンドも手に入れたし、俺にとって良い流れになってきたかな。

 ああ、少女達三人にも分け前を幾らか上げないといけないか。

 

 俺達がエッポの店から出たタイミングで、サリサ、ラムラ、ミイニャの三人に分け前の銀貨五十枚をそれぞれ渡した。

 大喜びの三人。


「こんなに貰って良いんですか!」

「マジ、マジで貰えるの!?」

「これは食べまくりにゃっ」


「ああ、貰っとけ。だが他言無用だ。隊の仲間にも絶対に言うなよ。バレたらお前らの取り分がなくなるからな」


 少女三人は「うんうん」と大きくうなずきつつも大はしゃぎだ。

 そして買い物すると言い残し、直ぐに街中へと消えて行った。

 

 特別休暇明けの点呼に遅刻しなければ良いんだが。


 俺はというと、とんだ邪魔が入ったので飲み直そうかと思って、別の飲み屋を探しに街の中を練り歩く。

 そして見つけたのが『バルキリー酒場』という看板だった。

 ワルキューレ酒場ではなく、バルキリー酒場という名称。

 これは真似されたのか?

 評判の良い店はすぐに真似されるとは聞いたが、この店もそう言う事なのか。

 もしかしたらロミー中尉が新しく店を展開したのかもしれない。

 それがまだ俺の耳に入ってないだけかもしれない。

 少し興味が湧いたのでその『バルキリー酒場』なる店へと足を踏み入れた。


 中に入ると窓がひとつもなく薄暗い店内。

 カウンターに五、六人座れる席と、四人ほどが座れるソファー付きのテーブル席が二つあるだけのこじんまりとした店だった。


 俺が店内へと入って行ったのだが、従業員の男が気だるそうに酒を飲みながら、ソファーにだらしなく座っていた。

 身なりは綺麗きれいな恰好だが、だらしなく座っていると真っ当な人には見えなくなる。

 しかも従業員が酒を飲んでいるとか、おかしいだろう。

 

「おい、この店はやってないのか。やってないなら他へ行くが……」


 俺が声を掛けてやっと気が付いたようで、男が立ち上がるとそれらしい接客をしてきた。


「おっと、これはいらっしゃい。店はやってますよ。お一人様ですね、どうぞこちらへお座りください」


 そう言って案内されたのがソファー付きのテーブル席だ。

 一人で来たのにテーブル席なのかと思いつつも、ソファーへと腰を下ろす。

 腰が一気に沈み込んでちょっと驚く。

 

「取りあえずエールを頼む」


 俺がそう言うと「かしこまりました」とカウンターの裏へと行く男。

 男は四十代といったところか、腹がだいぶ出ていて頭が禿げ上がった中年だ。

 昼間でもやっているのは好感が持てるのだが、こうも客がいなくちゃ商売が成り立たないんじゃないかとさえ思う。

 しばらくすると木のジョッキに注がれたエールが姿を現す。

 だがそれを持って来たのは禿げ上がったおっさんではなく、ある種の魔物だった。


「は~い、お待た~」


 見た目は五十代、腹が三段にたわんでいる獣人おばちゃんが出現したのだ。

 こいつは魔物ですと言われたら普通に信じてしまうほどの災害級ランク。

 夜に街道であったら即座に斬り捨てるレベル。


 体中に、そして顔にまで張り付いた脂肪。

 その脂肪だらけの顔の中で、無駄に赤く塗り上げた唇が不気味に笑う。


 だが声だけは別人のように可愛らしい。

 少女のような幼い声。

 何者だ、こいつ?


「いらっしゃ~い。はい、エールね」


 そう言ってテーブルの上にドンとジョッキを置くと、何故か俺の隣に「どっこいしょっ」と座って来やがった。

 その反動でソファーが波打ち、俺の身体が数十センチ跳ねる。


「お、おい、あんた従業員だろ。なんで俺の隣に座るんだ」


 真っ当な俺の指摘におばちゃんは平然と答える。


「細かいこと言わないの~、まったくもう~。そうそう、私も乾杯するわね~」


 化け物おばちゃんは、さも当たり前のように自分も乾杯すると言ってきた。

 俺は呆れ気味に「勝手にしろ」と言い放つ。

 するとおばちゃん。


「マスター、私にもエールよろしく~」


 なぜかわからないが、言葉ひとつひとつにイラっとくる。

 偏見かもしれないが隣にいるだけで無性に腹が立つ。

 もしかしたら魔物の精神攻撃なのか。


 はっきり言って酒が不味くなる。

 是非一人で静かに飲ませてほしい。

 もう我慢の限界。


「悪いが一人で静かに飲みたい。席を移って貰えるか」


 俺がそう言うと「なあに~、もしかして照れ屋さんなの~」となおも居座る災害級魔物。

 

 俺の一番苦手なパターンだな、これは。

 ならば長居は無用。


「会計頼む」


 店を出るに限る。


 すると中年男の禿マスターが会計を伝えて来た。


「お会計は銀貨五十枚でございます」


 嫌な予感はしたんだが、ボッタクリ確定だ。

 俺は出来るだけ感情を抑え込んで反論した。


「銀貨五枚の間違いじゃないのか」

 

 仮に銀貨五枚でも高い。


「いいえ、銀貨五十枚です」


 エッポの店で手に入れた金があるから、銀貨五十枚ぐらいは持っているんだが、素直にそれを払ったら負けのような気がする。


「おい、おっさん。こういうのはボッタクリって言うんだぞ」


「はいはい、何とでも言って下さいよ。金さえ貰えればこっちは問題ないですよ。払えないっていうなら体で、つまり奴隷落ちですからね」


 そう言うカラクリか。

 奴隷落ちすればそれを売った金が手に入る。

 俺くらいの年齢の男は高く売れるからな。

 なんとか怒りを抑え込んで言葉を絞り出す。


「おい、責任者をここへ連れてこい」


「しょうがないですねえ」


 そう言って禿げたおっさんが、店の奥へと誰かを呼びに行った。

 しばらくして出て来たのが顔中傷だらけの大男だった。

 頭頂部が禿げ、頭の側面しか髪の毛が無い中年男。

 退役軍人って感じだ。

 こいつは恐らく用心棒だな。


「なんかトラブルですかい」


 用心棒の男がそう言いながら店に出て来た。

 俺はそいつに向かって言った。


「俺は責任者を呼べと言ったんだが」


 禿げ上がったおっさんは、俺の言い分を無視して用心棒の男を手招きし、こちらに指を差して「あいつだ」と小声で言った。

 すると用心棒の男がノッシノッシと俺のいるテーブルの前に来ると、ドスの利いた声を俺に浴びせる。


「金を払わないとかいうのはお前か?」


 それに対して俺は警告する。


「俺は責任者を呼べと言ったんだが、お前は単なる用心棒だろ。邪魔するなら俺もそれ相応の態度をとるぞ」


「てめえ、舐めた口を利くんじゃねえよ!」


 用心棒の男が怒りをあらわにしてテーブルを蹴飛ばした。

 テーブルの上に乗っていたジョッキが空中に飛び上がり、中身のエールを巻き散らす。


 その中身のエールがおばちゃんに降り注ぎ、エールまみれとなった。


「ああ~、もう~。私を濡らしてどうしたいの~~、えっちなんだから~」


 世の男達の為にも、この魔物、斬り倒してやろうか!











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