第166話 賭博場







 縛り上げた準構成員の兵士達には、俺の部隊には手を出すなと強く言い聞かせてから解放してやった。

 俺の部隊とはもちろん第一ワルキューレ小隊だ。

 そこでやっと俺が誰だか理解した兵士が現れた。


「ワルキューレ小隊って、あの“魔を狩る者”のいる部隊だぞ……」


 兵士の一人がそうつぶやくと、視線が俺に集中する。

 その表情は恐怖と後悔の念に包まれていた。


 これで今後は逆らうような事はしないと思うが、身バレしてしまったのは良くない。

 変な噂が広まって憲兵の介入があっても困る。

 兵士達には「誰にも話すな」と十分脅しを入れてから解放した。


 こいつらは少なくとも、軍法会議に掛けられてもおかしくないような事もやってきているだろうから、隊内で騒ぎが大きくなるようなことはしないだろう。

 ただ、ブルーノ・ファミリーに報告される恐れはある。

 俺がファミリーに通告される分には一向に構わないのだが、エッポとヒゲはそれは困るようだ。

 どっちにしろ、いずれ知られることでもある。

 それで何度も俺に自分達を守ってくれとうるさい。

 正直、俺の知った事じゃない。


 だが、定期的に金が入ってくるのは悪くないんだよなあ。

 引き際さえ間違わなければ大丈夫だろう。


「ああ、わかった、わかった。俺の配下にいれば安全だ」


 面倒臭くなってそう言ってやったら「助かった……」と心底に安堵あんどしていた。


「エッポ、それじゃあその賭博場とばくじょうへ俺達を案内しろ」


 そう言って、ミイニャ伍長、ラムラ伍長、サリサ伍長の三人を引き連れて賭博場とばくじょうへと向かった。


 店から歩いて五分ほどの所にそれはあった。

 路地裏の小さな倉庫の地下だ。

 中に入ると幾つかのカンテラが、部屋の中を薄暗く照らしていた。


 テーブルとイスがいくつも乱雑に置いてあり、テーブルの上にはカードやサイコロなどが置かれていた。

 カード賭博とばくやサイコロ賭博とばくは特に違法でもない。

 だから一見するとよくある普通の賭博場とばくじょうだ。

 一応はバーカウンターもあり、酒も提供しているようだ。

 さすがに昼間からはやっていないようで、部屋には誰も居ない。

 さらに部屋の奥へ行くと幾つか小部屋があり、その部屋の一つに俺達は入って行く。

 するとその部屋では誰かがソファーで居眠りをしていた。


「おい、チコ、起きなさいっ」


 エッポがそう怒鳴ると、チコと呼ばれた青年が飛び起きた。


「う、うぇ? は、はぁい?」


 寝ぼけ顔で変な返事をするチコと呼ばれた青年。

 良く見ると左手のひじから先が義手だ。

 十代後半くらいだろうか。

 左手の負傷で軍隊を除隊したってところか。 


 再びエッポが怒鳴る。


「チコ、サンチョはどこ行ったのです!」


 チコ以外にもう一人サンチョという中年男がいるらしいが、そいつがここの賭博場とばくじょうを任されている男だという。

 ここの構成員はそのサンチョとチコの二人で、あと何人かの準構成員がいるらしい。

 

 チコと呼ばれた青年は目を覚ますと、俺達を見てさらにエッポの無くなった右手首を見て、考えを巡らし混乱している様子だ。

 そこで俺は自己紹介した。


「俺が新しいボスだ。この少女三人は俺の配下の者だ。忘れるな」


 ドスを利かせた俺の自己紹介にチコはビビっている様子。

 最初が肝心だからな。


 そこでエッポがチコに言った。


「チコ、新しいボスに闘技場を案内しなさい」


 闘技場だと?


 俺達はさらにその闘技場があるという階下、地下二階へと案内された。

 

 暗い階段を降りて行くと、頑丈そうな金属製の扉があり、その扉を抜けるとそこに闘技場があった。

 それほど広くはない。

 金属製の柵で囲われた直径五メートルほどの広さの円形闘技場だ。

 客席は段差があり、やや見下ろす形で観戦できる作りだ。

 客もそれほど人数が入れるようには見えない。

 それでも百人は入れるだろうか。


 円形闘技場の地面には染みが多数ある。

 恐らく流血の跡だろう。

 引きずったような血の跡が、金属柵の出入り口へと続いている。


 ここは賭博とばく闘技場らしい。


 闘技場は貴族しか運営できない決まりがある。

 それにこの戦争が続く世の中、ほとんどの自治区で闘技場は禁止されている。

 戦える者がいるなら戦場へ送れということだ。


 つまりここは『地下世界の闘技場』だ。

 もちろん客は勝敗に金を賭ける。

 だからここはやみ賭博場とばくじょうでもある。


 裏に脱出用の通路もあって、役人が突入してきても直ぐに裏路地へと逃げられるという。

 

 ここまで説明を受けてから、少し後悔の念が浮かんできた。

 金が儲かると安易な気持ちで引き受けたんだが、下手したら「俺達も軍法会議送りとなるんじゃね」っていう心配だ。


 そこでエッポから少し距離をとって、少女三人と小声で話し合ってみた。


「安易に俺が仕切ると言っちまったんだがな。もし憲兵にバレたら間違いなく俺達は軍法会議行きだ。だからここは見なかったことにして立ち去るっていう道もある。そこでだ、お前ら三人の意見を聞いておきたい」


 すると最初に口を開いたのはミイニャ伍長だった。


「もう無理ってくらいしぼり取って毎日お腹いっぱい食べるに決まってるにゃ」


 元ストリートチルドレンというだけあって、金と食べ物に関してはがめついな。

 そしてラムラ伍長の意見。


「うーん、軍法会議は嫌だけど、お金はやっぱり欲しい。だからボルフ隊長に従うってことで」


 うん、正直な意見だとは思うが、それだとほぼ俺に丸投げだな。

 最後にサリサ伍長の意見。


「え、何、私も言うの?」


 ミイニャ伍長でさえ意見してるのに、こいつは何も言わない気だったのかよ。


「当り前だ。後からとやかく言われたくないからな。で、サリサ伍長はどうしたい?」


 するとサリサ伍長は「う~ん」と考え始め、しばらくしてから何か思いついたのか、うさ耳をピンと立てて言った。


「どーでもいいやっ」


 そのウサ耳を引っこ抜いてやろうかっ!








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