第165話 マフィア






「そうだ、お前、名前を教えろ」


 俺の質問に意外にも細身の男は素直すなおに答えた。


「あ、はい。エッポです。店の名前と一緒です」


 そう言えばこの店“辺境のエッポの店”って言うんだったな。

 こいつの店ってことか。

 

「よしエッポ、金庫へ案内しろ」


 ミイニャ伍長達には店内で転がっている兵士達を見張ってもらい、俺はエッポの先導で店内のさらに奥へと入って行った。


 カウンターの裏に扉があり、その扉から奥に入って行くと、倉庫や従業員室の他に造りの良い扉が見えてきた。

 そこがエッポの私室らしくその室内に金庫があるという。

 中に入るとこじんまりとした小部屋と言った感じ。

 机と椅子と棚があるだけの殺風景な部屋だ。


「金庫はどこにあるんだ?」


「はい、ここです……」


 そう言うと、エッポは壁に飾ってる絵をずらす。

 すると壁に埋め込まれた小さな扉が出てきた。

 それが金庫なんだろう。 

 思ったより小さいな。


「お前が開けろ。変な真似はするな」


 金庫の中に小型の武器を隠し持っていたとしても、どうせこいつの腕前では俺を倒せないとは思うが。


「この場に及んで変な真似なんかしませんよ」


 そんな事を言いながら、エッポが自分の首に掛けていたネックレスを引っ張りだす。

 するとネックレスの先には一本のカギがついていた。

 そのカギを使って金庫を開けるらしい。


 横目で俺をチラチラと見ながら金庫を開け始めるエッポ。

 俺は剣の柄にさえ手を触れていない余裕ぶりだ。

 そして直ぐに金庫は開けられた。

 

 しかし、そこでエッポが気味の悪い笑い声を発する。


「ふひひひひ、これで形勢逆転ですねえ」


 そして振り向いたエッポの手には、見慣れない棒の様な物がにぎられていた。


「おい、エッポ。それは何だ」


「魔道具ですよ、魔道具。これがあれば、お前ごときにおくれなど取りませんから。ふひひひひ」


 20㎝程の長さの棒なんだが、その先っぽには魔石が取りつけられている。

 恐らくマジック・ワンド、何らかの魔法が呪符されたワンドだ。


 そのマジック・ワンド、呪符されている魔法と使用回数によっては確かに脅威きょういとなる。


 また凄い物を持ち出しやがったな。

 まあ良い。


「そうか、魔道具なのか。それは予想以上の収穫だ。礼を言うぞ」


「何を言ってやがります――」


 エッポが言い終わらないうちに、マジック・ワンドを持つ右手首がボトリと床に落ちた。


「――うがあああああっ」


 斬られた手首を左手で押さえて悲鳴を上げるエッポ。

 

「お前は馬鹿だな。そんなにたいそうな魔道具があるなら、不意打ちしてなんぼだろ。間を置く意味が分からん」


 そう言った俺の手には鞘から抜いた吸血剣が握られていた。

 いつものようにドス黒い炎のようなオーラが刀身から湧き出ている。


「ぐぐぐ、いつの間に抜いたのです……それに、それは魔法の呪符、いえ、魔剣ですね……ぐぐ」


 手首を斬り落されたばかりだというのに、こいつもう冷静さを取り戻しやがったのか。

 さすが部下を束ねる地位にいるマフィアってところなのか。

 だが余裕があるのは俺の方だ。

 さらに脅しのこもった言葉を投げかける。


「次はその首が飛ぶぞ?」


「ぐううう、待ってください、もう抵抗などできませんし、しませんよ。金庫の中はすべて持って行って構いません……ただ、この手の止血をしてもよろしいか?」


「良いだろう。なら止血しながら答えろ。そのワンドには何が呪符されている」


 エッポは棚からポーションを取り出して、傷口の治療をしながら答える。


「パラライゼーションですよ。確かあと一回か二回は使えると思いますが、使い捨てですので充填は出来ません」


 麻痺まひ系の魔法呪符か。

 戦闘で使ってみないと効果がどの程度か分からないが残り一回、二回じゃあな。

 まあ、一応は貰っておくか。


「では金庫の中身はなんだ」


 俺の質問に首を傾げるエッポ。


「ご自分で見ないので?」


「エッポ、お前の事だ。まだ罠があるかもしれんからな」


「用心深いんですね。この店の権利書と上納金として銀貨が三百枚分ほど入ってますよ」


「上納金?」


「我々の組織の本部に差し出す金ですよ。こんなチンケな店ですが、ちゃんと上納金は払っているんですよ。その組織の金に手を付けたら間違いなく命を狙われますよ。組織は相手が軍人だろうが関係ないですからね。当然汚い手も使ってきますよ。それでもその金に手を付けるんですかね」


 俺は笑って答えてやった。


「ふふふふ、それがどうした。出来て間もない辺境の街のチンピラの寄せ集めに、俺が恐れると思うか。そんなもん怖い訳ないだろ」


 するとエッポが逆に神妙な表情になっておびえだす。


「本当にその金に手を付けるのですか。そうなると私もただじゃ済まされない。殺される、どこに隠れても見つかって殺される。そ、それは嫌だ。頼みます、助けて下さい。私をあなた様の庇護下ひごかに置いてください」


 結局自分の命か。

 それに調子良すぎだろ、こいつ。


「おい、お前はさっきまで俺の命を狙ってたんだぞ。調子良すぎじゃねえのか?」


 そのタイミングで、部屋にミイニャ伍長が入ってきた。


「ボルフにゃん、全員をロープで縛ったにゃ。財布も全員分回収したにゃ~」


「ミイニャ伍長、だから“ボルフにゃん”はよせって言ってるだろ。“ボルフ隊長”もしくは“ボルフ小隊長”、“ボルフ兵曹長”と呼べって何回言ったら分かるんだ」


「ふにゃ、ボ、ボルフ……にゃん……隊長。これでいいにゃ?」


「……」


 その会話を聞いてエッポの表情が豹変ひょうへんした。


「まさか、まさかとは思いますが、ボルフ隊長ってあの“魔を狩る者”のボルフ軍曹じゃないですよね」


 今は軍曹じゃなくて兵曹長だがな。

 細かいところは良いだろう。


「ああ、そんな風に呼ばれることもある」


 俺がそう言うと扉の外で『そんな風に呼ばれることもある、だって。恰好付け過ぎ。くっくっくっくっく』と笑い声が聞こえてきた。

 そこで俺は扉を勢いよく開けた。


 そこには笑いを必死に堪えるウサ耳がしゃがんでいた。


「おい、立ち聞きは良くないな」


 そう言ってウサ耳をむんずとつかみ持ち上げる。

 

「痛い、痛い!」


「なあサリサ伍長、張り倒されたいのか?」


「ごめんなさい、ごめんなさい。ウサ耳は持つところじゃないから~」


 そこで話の途中だったことを思いだし、片手にウサギをぶら下げながらエッポに向き直る。

 その表情は恐怖そのものだった。


「本当に“魔を狩る者”だったんですね。これは大変失礼しました。この私め、一生付いていきます。だから、だからどうかお助け下さい!」


 懇願こんがんされちまったか。

 一応説明はするか。


「そう言われてもな。俺は現役の軍人だ。今日はたまたま休暇でこの街へ来てるだけだしな。お前を守る事なんて出来ないと思うがな」


「いいえ、“魔を狩る者”がバックに居れば組織もそう簡単に手出しできません。親分、どうかお願いします!」


 親分って言い方はやめろ!


 するとミイニャ伍長は話を理解しているのか分からんが「やってやるにゃ!」と声を上げている。


「俺がそれを引き受けた場合、俺に何のメリットがあるんだ」


「はい、上納金は親分に納めます。もちろんこの店なら飲み放題に喰い放題でもタダです」


 悪くないか。


「よし、引き受けても良いが条件がある。“親分”って呼ぶのはやめろ」


 キョトンとするエッポ。


「では“ボス”とお呼び致します」


 うーん、そんなとこか、

 こんな奴らに名前で呼ばれても困るし、ましてや階級で呼ばれても困るしな。


「ああ、それで良い」


 話はまとまり店内へと出て行き、縛り上げた奴らを解放し、俺の目の前に整列させた。

 そしてエッポが新しいボスである俺を紹介。

 カウンターにいたひげおやじはバーテンダーで、普段はこいつが店をやり繰りしているらしい。

 名前をヒーゲンだったか。

 この際もう『ヒゲ』で良いじゃねえか。


 兵士達の話を聞くと、以前いた守備隊はもういないらしい。

 彼らはここにいる駐屯部隊で、どっかの子爵と男爵の配下の合同部隊とのことだ。

 一応はサンバー伯爵の息のかかった貴族ではあるとのことだが、俺達には関係ないか。


 しかしヘブンズランドが街らしくなったと思ったら、こうも早くマフィアが暗躍あんやくするとはな。

 どこにでもそういう奴らはいるってことだ。

 それでこいつらの組織についても色々と聞いた。


 規模はそれほど大きくもないらしい。

 大ボスはブルーノという男で“ブルーノ・ファミリー”というマフィアだそうだ。

 正式なメンバーは数十人で、エッポさえも誰がメンバーなのか全員を把握はあくしていないとのことだ。

 そうしないと一人が捕まったら芋づる式に全員が捕まるからだそうだ。

 メンバーを把握はあくしているのは、幹部以上の連中だけだという。


 ここにいる兵士達は準構成員で、ここにいる正式なファミリーはヒゲとエッポだけだという。

 正式メンバーといえども構成員の一人にすぎない。

 エッポは構成員の中でも複数店舗を任されるほどの、少しだけ権力がある存在なんだとか。

 でも幹部ではないという。

 よく解からんな。

 

「ああ、そんな組織の仕組みとかはどうでも良い。この店以外に何かやってるのか」


 俺がそう聞くと、賭博場とばくを開いているという返事だった。








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