第164話 大乱闘







 扉を開けて店内へと入って来たのはミイニャ伍長だった。

 それだけではない。

 ミイニャ伍長に続いて入って来たのは、サリサ伍長とラムラ伍長の同期の下士官組だ。


「うわっ、ボルフにゃん?」

「私達の方が早く出たのに」

「なんでここにいるの?」


 一瞬だけでも少女三人に意識を持っていかれたのがまずかった。

 兵士の一人が俺に体当たりをかます。


 そのくらいじゃ何ともないんだが、体当たりして来た兵士を床に沈めた隙に、細身の男がスルリと俺から抜け出して、兵士達の後方へと行ってしまう。

 

 くそ、油断した!


 そこで兵士の中の一人が笑い出す。


「ふははは、知り合いに女がいるとはな。しかもわざわざここへ連れて来るとは、御馳走様ごちそうさまだな。俺はその浅黒い肌の女をもらうぜ」


 兵士の一人がそんなことを言う。

 浅黒い肌の女とはラムラ伍長のことだ。

 それに対してラムラ伍長が返答した。


「ねえねえ、今の言った奴はどいつ?」


「俺が言ったんだが気が早いな、もう少し待ってろ。後で可愛がってやるからよ」


 ラムラ伍長はその男をにらんで言った。


「あんた、無事に帰れると思うなよ」


「おお、怖い怖い」


 そこで兵士達の後方から声が掛かる。

 細身の男だ。


「その男だけは生かして帰すな、殺しなさい!」


「了解、女はどうします?」


「お前らの好きにして構いません」


 その命令に別の兵士が嬉しそうに言う。


「へへへへ、いいねいいね。俺は猫女をもらうぜえ」


 そして兵士達は躊躇ちゅうちょせずに腰の剣を抜き放つ。

 少女らを見た途端にやる気満々といった感じだ。

 軍法会議は怖くないのか、バレない自信があるのか、はたまた軍法会議を回避する手立てがあるのか、いずれにせと兵士達に戸惑いはないようだ。

 その前に俺達が逃げるって事を考えないのかね、こいつらは。


 そこでラムラ伍長。


「喧嘩っていうか剣抜いてますよね。ぶちのめして良いですよね、隊長?」


 さらにサリサ伍長。


「うっわぁ、嫌なタイミングで入って来ちゃったみたい」


 そしてミイニャ伍長。


「しょうがないにゃ、全滅させて有り金全部もらうにゃ」


 待て待て、だから逃げる選択はないのか?


 俺が止めるよりも早くラムラ伍長が前に出た。

 そういえばラムラ伍長は格闘戦が得意だったな。


 ラムラ伍長は数歩だけ間合いを詰めたかと思ったらクルっと回転。

 回し蹴りだ。


 その回し蹴りはラムラ伍長ご指名の男の側頭部へと入った。

 男の身体がグニャリと曲がり、白目をむいて頭から床に突っ込んだ。

 男は床に倒れてピクリともしなくなった。


 他の兵士達が唖然あぜんとして動けなくなってしまったようだ。


「なかなか良い蹴りだな、ラムラ伍長」


 俺がそう言うと「次は私にゃ!」とミイニャ伍長が跳躍ちょうやくした。

 しかし跳んだ方向が兵士達ではなく壁方向だ。

 と思ったら、ミイニャ伍長は壁を脚で蹴って、その反動で兵士の一人を横から攻撃した。

 標的は「猫女」と言った兵士だ。


「三角猫パンチにゃ!」


 三角蹴りは聞いた事あるんだが。


 だがそんなパンチでも、身体能力の高いミイニャ伍長がやったら物凄い速さだ。

 猫パンチが男の右頬みぎほほにメリ込んで吹っ飛ばす。

 その兵士は顔を変形させながら錐揉きりもみし、テーブルとイスを巻き添えにして人形の様に床に転がった。


 あっという間のことで静まる兵士達。

 しかし細身の男の「グズグズするな、やってしまいなさい!」の声で、兵士達は動き出す。


「女にやられてんじゃねえぞ、こっちの方が人数は多いんだ。やっちまえ!」


 そこで俺は少女らに言った。


「なるべく殺すなよ、一応こいつらも兵士だからな」


 するとサリサ伍長が返答。


「なるべくですよね、なるべく」


 そう言ってサリサ伍長は腰の小剣を抜いた。


 ラムラ伍長とミイニャ伍長はあまり心配してないんだがな、サリサ伍長は格闘も剣術も大したことないんだよな。

 ここに居ちゃいけない少女だと思うんだが。


 だが意外。

 サリサ伍長は店内のテーブルやイスの間をジグザグに走る走る。

 野に放たれたウサギの如く走り回る。


 そうか、逃げ回るのは得意なのか。


 そしてサリサ伍長は手に握った小剣を兵士の足へと伸ばす。

 足を斬って動けなくする作戦か。

 中々やるじゃねえか、サリサ伍長のくせにな!


 しかし、そこまでだった。

 攻撃に出た途端に、速攻でサリサ伍長は捕まった。


「うわっ、放せって、こいつ~!」


「ふへへへ、つ~かまえ~ったっと。ふへっ、ふへっ、ふへっ」


「いや~、ど、どこ触ってんの。キモイ、キモイから~」


 サリサ伍長は直立状態にされて、兵士に後ろからがっちりと腕を回されている。

 その兵士は手でサリサ伍長の身体をモゾモゾ撫でまわしながら言った。


「ふへへへ、どうだウサ耳?」


 あれなら逆に、サリサ伍長の命に別状はなさそうだな。

 他の兵士を先にぶっ潰すか。


 だがそこでサリサ伍長から俺に名指しで声が掛かった。


「ゴラァッ、ボルフっ。私と目が合ってるのに、なんで助けに来ないっ」


 ったく、面倒臭い奴だな~


 取りあえず目の前にいる兵士の剣を持つ手首をつかんで引き寄せる。

 そして目の前まで来た兵士の顔に膝蹴ひざげりを喰らわせた。

 鼻がへし折れる感触が伝わる。

 

 そして手が空いたところでサリサ伍長のところへと行く。

 すると男はまだサリサ伍長に夢中で俺に気が付かない。

 男はウサ耳を触り始めている。

 だが男がウサ耳へ手をやると、サリサ伍長の胴体が抑えきれなくなる。

 これ幸いにと、サリサ伍長が反撃に出た。

 

「いつまで触ってんだよ、この変態がっっ!」


 そう言ってサリサ伍長のひじが男の腹に喰い込んだ。


「ゴフッ」


 さらにサリサ伍長は振り返ると、腹を押さえる男の股間を蹴り上げる。


「こんのお~!」


「おうふっ」


 男は股間を押さえてその場にうずくまる。


 なんだサリサ伍長、一人でやれるじゃねえか。


 サリサ伍長が床に落とした小剣を再び握ると俺を一睨ひとにらみして言った。


「あとで覚えてなさいよ」


 俺は聞こえなかったフリをして、他の兵士へと向かう。


 何だか思ってたほど手ごわい相手ではなかったみたいだな。

 ほぼワンパンで兵士達は床に沈んでいく。

 二発入れると瀕死になりそうで、そこはこらえた。


 気が付けば兵士達はあっちこっちでいつくばっている。

 立っているのは細身の男だけだ。

 ほとんどの兵士は俺が倒したが、ミイニャ伍長とラムラ伍長も何人か倒している。

 サリサ伍長は逃げ回っていただけだ……


 細身の男が倒れている兵士を起こそうとしながら怒鳴っている。


「おい、お前ら。だらしないですよ、早く立って戦いなさい!」


 一人で騒ぐ細身の男の前に俺は立った。

 さてと。


「おい、お前。散々偉そうなこと言ってたな。だけどな、もう命令する奴はいないぞ。さあて、どうするつもりだ」


 すると細身の男はそれでもまだ威勢を張る。


「貴様、私に手を出すと組織が黙っていませんよ!」


「組織なんてどーでも良い。好きにしろ。言いたいことはそれだけか?」


「待て、それならこうしよう。金を出します。店の事務所の金庫に金があるんですよ。それで手打ちっていうのはどうです」


 うーむ、こいつ、信頼できないんだよな。

 まあ、金庫の中を見るだけ見てみるか。








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