第163話 一杯のエールのために









 店内の兵士達が次々と椅子から立ち上がり、俺に鋭い視線を浴びせる。

 さて、こいつらを叩きのめしてやろうかという時、店の奥の方からいかつい体格の男が二人出現する。

 そして少し遅れて身ぎれいな細身の中年男が現れた。

 体格の良い男二人は、細身の男の両サイドにガードするようにさっと移動する。


 三人とも30代前半くらいだろうか兵士姿ではなく私服だ。

 という事は軍属って感じでもないから、闇金で兵役を逃れたような奴らか。


 その男達の登場で立ち上がった兵士達の勢いが止まる。


 兵士たちの動きを見ると、細身の男がこいつらの親玉らしいな。

 ただ堅気かたぎの者じゃない。

 雰囲気からいってギャングやマフィアの幹部だろう。

 スラムで育った俺にはそれを感じ取れる。


 細身の男がゆっくりと俺に向かって歩いて来る。

 途中、床で苦しんでいる歯が欠けた男を一瞥いちべつすると、そいつの顔面に蹴りを入れて言った。


「情けない男ですね。目障りです、片付けなさい」


 細身の男がそう言うとボディーガードの内の一人が、気を失ったその男の脇を抱えて店の奥へと連れて行った。

 そして細身の男が俺に視線を移して再び口を開く。


「中々の腕っぷしですな。三人の現役兵士相手にその余裕とは恐れ入りました。しかしですね、息巻いてるのも今だけですよ。周りを見てみなさい。この兵士達は私の息の掛かった者達です。私の一声であなた程度はあっという間に床にはいいつくばって命乞いをする羽目になりますよ。さあ、どうしますかな」


 いいね~、そう言うセルフは久しぶりに聞くよ。

 完全にマフィアだな、こいつ。

 それなら遠慮はいらないか。


「そうか、嬉しい事言ってくれるな。だけどな、いつくばって命乞いするのはお前だと思うぞ」


 すぐに俺の言った言葉の意味を理解できなかったらしく、キョトンとする細身の男。

 まさかこの状況でそんなことを言われるとは思っていなかったんだろう。


「え、えっと、この状況の意味が解かっていますか。それとも単なる馬鹿なのですか、お前は?」


 兵士の一人が入り口の扉をそっと閉じたのが見えた。

 やる気の様だ。

 それならキッカケを作ってやる。


「つべこべ言ってねえで、さっさと片をつけようぜ。俺は早いとこエールを飲みたいんでな」


 それを聞いた細身の男の表情が露骨に変わった。

 顔を真っ赤にして怒り心頭って感じでプルプル震えてやがる。

 そして叫ぶように言った。


「この馬鹿が二度とデカい口を叩けない様にしなさい!」


 兵士の男共が声を張り上げながら一斉に駆け寄って来た。

 だが味方である兵士相手に命を取る訳にはいかない。

 下手したら軍法会議に引っ張り出されちまう。


 しかし素手だと時間が掛かる。

 まあ良い。

 わざわざ向こうから扉をは閉めてくれたんだし、ゆっくり伸び伸びやらしてもらうか。


「ここからは訓練の時間だ。きっちり訓練してやる!」


 そう口にして俺は走りだした。

 細身の男に向かって!


 ボディーガードの男が直ぐに細身の男の前に割って入る。


 俺はその男の手前の椅子を踏み台にして飛び上がる。


 ボディーガードの男は一瞬だけ面食らった表情を見せるが、直ぐに両腕を顔の前にクロスさせて防御態勢を取った。


 だが俺のひざはお構いなしに防御の腕の上からそのまま激突し、なおもボディーガードの男を後方へ吹っ飛ばした。

 男は後頭部を床にへ激しく打ちつけ、一回転して壁にぶつかり止まる。

 ああなったらしばらくは起き上がれないだろう。


 そこで店の奥へ行っていたもう一人のボディーガードの男が表に出て来た。

 そしてカウンター越しに俺をにらみつけるや、カウンターテーブルに片手を着くとそれを飛び越えようとジャンプする。


 そこで俺は近くにあったジョッキに手を伸ばし、カウンターテーブルの上を滑らせる。

 するとテーブルに着いた男の手にジョッキが激しく激突。

 「うわっ」と言って見事に手を滑らせ、空中でクルっと回転してそのまま床に顔面から落下した。

 グシャっと嫌な音が店内に響く。

 しばらく男のうめき声が聞こえていたが、それも直ぐに静かになる。

 

 そうなると俺の直ぐ目の前には細身の男がただ一人。


「き、貴様……うおっ」


 俺はそいつの後方へするりと回り込むと、片腕を後ろ手にねじり上げた。


「痛たたたたっ」


 細身の男が苦悶くもんの表情を見せたところで、俺は兵士達に向かって叫んだ。


「動くな!」


 そこで兵士達の足がピタリと止まった。


「親玉を人質にとったぞ。さあ、どうする。素人兵ども?」


 多勢に無勢なら敵の親玉を狙うのは定石だろ?

 特にこういった上下関係がハッキリしてる奴らには効果てきめんだ。

 細身の男が自分の今の立場を理解していないのか、まだ威勢いせいを張る。


「貴様、こんなことしてタダで――」


 細身の男の腕をさらに捻り上げてみた。


「――痛だだだだだ! 分かりました、私の負けです。頼みます、手を緩めてください~」

 

「まずはそいつらをどうにかしろ、話はそれからだ」


 さすがに十人の兵士相手に素手の戦闘はキツイ。


 すると細身の男が「お前ら、下がれ!」と怒鳴りつける。

 その言葉に兵士達は素直に部屋のすみに下がって行く。


 それを確認してから俺は指示を出す。


「よし、まずはエールからだ。おい、おっさん、隠れてないでエールをよこせ!」


 俺が怒鳴りつけると、カウンターの下に隠れていた髭のおっさんがすごすごと現れて、新しい木製ジョッキにエールを注ぎ始めた。

 そして並々と注がれたエールジョッキを俺のところへと持って来る。


「そこに置け」


 カウンターの上にジョッキを置かせると、俺は片手をジョッキへと伸ばす。

 そして一気にエールを飲み干した。


「カ~ッ、やっぱうめえ」


 本当はゆっくりと飲みたいところだが、ここは早いとこ店から離れた方がよさそうだ。

 さすがに表に出てまで乱闘騒ぎはしないだろう。

 昼間だしな。


 俺は細身の男を盾にしながら出入口の扉へと向かう。


 俺がかんぬきを外して扉の取っ手をつかもうとした時だった。

 外から店内へと何者かが入って来た。


「この店は開いてるみたいにゃ。ここにするにゃ」


 そして扉が勢いよく開かれた。








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