第162話 酒場










 まあパンなどどうでも良い。

 酒さえ飲めれば構わない。

 そう思って酒場を探すと、昼間からやっている店が直ぐに見つかった。

 『辺境のエッポの店』とかいう店名で、食事処と酒場の兼業のようだ。


 早速その酒場の入り口に立つと、店内は兵士達でごった返していた。

 普通に武器を携帯したままのフル装備で酒を飲んでいる。

 それが許されるとは、さすが辺境の地だな。

 しかし飲んでいる兵士達は見るからにガラが悪い。

 前に来た時の守備隊とは大違いだな。


 俺も剣は携帯しているが鎧は着ていない。

 一見すれば旅人っぽい恰好か。

 兵士以外も何人か客はいるが、どう見てもまっとうな仕事の客には見えないんだが。

 

 一歩店内へと踏み入れる。

 特に変な目で見られるわけでもないな、それならここで飲んでも問題ないだろう。


 中に入ると店内は酒の匂いと男共の汗臭い空気が充満していた。

 散々嗅ぎなれたこの臭いも、久しぶりにぐと嫌なものである。

 すっかり少女達の匂いに慣れてしまった俺にとっては、この男臭さは拷問に近い。

 だが、今の俺にとっては酒の欲求の方が上回る。

 早足で店内へと入り、比較的空いているカウンターの端っこに割り込む。


「おい、すまんがエールを一杯頼む」


 俺がそう言うと、カウンターの中にいたおっさんがジロリと俺を見据える。

 ひげを生やした人相の悪い中年のおっさんだ。

 明らかに店員なんだろうが、客に対してその目は何だと言いたい。

 反応が薄いのでもう一度注文すると、やっと言葉を口にする。


「エール一杯なら銅貨15枚、先払いだ」


 おっさんはぶっきらぼうに答えた。

 接客もくそもない。

 さすがに酒にまでは配給切符は請求してこないようだ。

 ただ、値段は思った以上に高い。

 エール一杯で銅貨15枚、つまり銀貨1.5枚分ってことだ。

 値段は少し高いがエールは飲みたい。

 渋々と金をカウンターの上に出すと、面倒臭そうにおっさんが樽からエールを木製のジョッキに注ぎ始めた。


 これでなんとかエールは飲めそうだ。

 俺の目の前にドンとエールが入ったジョッキが置かれる。


 置かれるや否や、俺はそのエールを一気に飲み干す。

 

「カァ~~、うめえ!」


 久しぶりに飲むエールだ。

 そりゃあ旨く感じる。

 ここ最近は酒と言えば薄いワインしか飲んでいない。

 ロックヒルじゃまともな酒を飲もうにも手に入らないからな。


 飲み干したジョッキをカウンターにドンと置き、エールのお替りを注文する。

 もちろんカウンターに金を並べた。


 するとひげのおっさんは「ちっ」と舌打ちしてから、ゆっくりとした動作で新たにエールをジョッキに注ぎ始めた。

 態度はすこぶる悪いがエールは旨い。


 二敗目のエールを味わって飲んでいると、近くにいた兵士の一団の一人がフラフラとした足歩取りで俺の方にやって来る。

 嫌な予感がするんだが。


「おいおい、見かけねえ野郎じゃねえか……ひっく」


 酔っ払いか。

 俺はその若い男を無視する。

 関わったら面倒臭いパターンだからだ。

 だがそれがいけなかったらしい。


「おーい、なに無視してやがんだよ。お前だよ、お前!」


 やはり俺に絡んで来るのかよ。

 一応は返答した。

 

「俺はゆっくりと酒を飲みたいだけだ。俺に関わらないでもらえると助かるんだがな」


 俺にしてはかなり丁寧な物言いだったんだが、酔っ払いには通じない。


「はあ、生意気な野郎だな~、ヒック」


「俺の事は放って置いて仲間の所へ戻れ」


 俺はそう言って再びジョッキのエールに口を付けた。

 そこへ男が手を伸ばす。

 その手は俺のジョッキを引っ掴み強引に奪い取ると、そのジョッキを逆さまにして、床に中身をぶちまけやがった。


「俺の、俺のエールが……」


「あらららら、こりゃあ、ざまあねえな。ひゃはははは」


 笑いながら男が空になったジョッキを床に転がす。


 我慢の限界だ。


 俺が男の方に向きを変える。

 すると男は「な、なんだよ」と言いながらわずかにたじろぐ。


「なんだじゃねえだろ……俺は静かにエールを味わいたいだけなんだがな」


 俺が一歩男に近づくと、少しビビりながらも男は威勢を張る。


「だ、だったら、どうするんだよ!」


 俺は床に転がっている空のジョッキを拾い上げる。

 男は不思議そうに俺の行動を見ている。

 そして俺はそのジョッキで男の顔面を殴りつけた。


「ぎゃああああああ」


 木製のジョッキが砕け、一瞬で男の顔面が血で染まる。

 床に男の“前歯”らしいものが転がり落ちた。


 騒がしかった店内が一瞬で静まり、視線が俺に集中する。


――剣を抜け!


 吸血剣が俺に訴える。


――生かしておくな!


 うるさい、少し黙ってろ!


「さてと、こういうのも久しぶりだな。ワクワクして来たぞ。こういう時は男に仲間がいて乱闘になるんだよな」


 俺がそうつぶやくと、男が元居たテーブルの男三人が立ち上がる。

 とりあえず全部で三人か。

 店内を見まわすと、今の所はこの喧嘩けんかに参戦しそうな野郎はいない。

 ここにいる全員で掛かって来られるとさすがにキツイが、この三人だけならいける。


 この店にいる兵士らは装備がそれぞれ違うから、恐らく部隊もバラバラだ。

 もし同じ部隊の兵士だったら、間違いなく協力して俺を袋叩きにしようとするだろう。

 今の所は三対一だな。

 どっちにしろ多勢に無勢。


 テーブルの三人の男の中でリーダーっぽい野郎、階級章は伍長か。

 そいつの前まで歩み寄る。


 するとその伍長が凄い表情で拳を振り上げる。

 が、俺の方が速い。


「ぐあっ」


 鼻血を巻き散らしながら仰向けに倒れる。


 残った二人の男は慌てて俺に向かって来る。


「て、てめえ!」


 見た感じ新兵ではないようだ。

 そこそこの戦いを経験していそうだ。

 だが俺はさらに上を行く。


 残った一人の鳩尾みぞおちに蹴りを入れて、もう一人のアゴを掌底しょうていで下から突き上げた。


 なおも俺は戦闘態勢を崩さないのだが、倒れた兵士達は立ち上がって来ない。

 たったの一撃ずつで三人は床で悶絶もんぜつして立ち上がれないらしい。


「なんだ、大した事なかったか」


 思わず出た俺のその一言がいけなかったらしい。


 店内の兵士達が次々に立ち上がる。

 逆に私服の男達は店内から出て行った。


 おっと、兵士全員を敵にしちまったか。

 ちょっとピンチか。


――剣を抜け


 相変わらずうるさい魔剣だ。


 立ち上がった兵士の数を数えると……九人、いや十人いるか。


 あまり騒ぎがデカくなると、憲兵あたりが駆けつけて来る。

 それはよそ者の俺にとっては都合が悪い。

 

 つまりヤバい状況ってことだ。









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る