第161話 休暇











 落ち着いてきたところで、第一ワルキューレ小隊の下士官以上を集めた会議をおこなった。

 今回の戦闘の反省点などを話した後、最後にはご褒美話を切り出した。


「今回の戦闘、多数の負傷者を出しつつも、第一ワルキューレ小隊の名に恥じぬ戦いであったと思う。よくやった。それでだ。我が小隊に特別休暇を下さるとペルル男爵がおっしゃっている。ただ『そんなもんいらん。私は稼ぐよ』という奴はここに残るのも良しだ。サリサ伍長以外に残る奴はいるか?」


 ロックヒル防衛線と名付けられた今回の戦いで、この周辺にいた敵勢力が一気に後退したらしい。

 その功績はもちろん我々ワルキューレ部隊によるものである。

 そこでペルル男爵から特別褒賞として、第一と第二ワルキューレ小隊に特別休暇が与えられることが決まった。

 ただし全員いないのはまずいから、連絡兵として何人かロックヒルに残せとの命令だ。

 そこで白羽の矢が立ったのがおしゃべりサリサ伍長。

 もちろん“熊の剣”という変な噂を広めてくれた罰である。


 だが、サリサ伍長は猛反発。


「ボルフ隊長っ、何で私が残ることになってるんすか! 私も特別休暇取りますって!!」


「ダ・メ・だ。却下」


「い~や~だ~」


 サリサ伍長は足をダンダンしながら駄々をこねる。

 それでも俺は今回の決定を曲げることはない。


「お前、俺との約束を破っただろ。その罰だと思え」


 するとサリサ伍長は銀貨二枚を出してなおも懇願こんがんする。


「これ、これ返すから~。お~ね~が~い~」


 なんか腹立つんだけど。

 土の中にメリ込むほどの力で張り倒したいんだが。


「なあ、そもそも俺が渡したのは大銀貨で二枚、その銀貨なら二十枚必要なんだがな」


 するとサリサ伍長は慌てて銀貨一枚を足して合計三枚にして言った。


「今はこれしかないから~、勘弁してくださいよ~~。お~ね~が~い~だ~か~ら~」


 やっぱりイラっとする。

 それも物凄くイラっときた。

 俺は無意識に腰の魔剣を抜いていた。

 そしてその切っ先はサリサ伍長の鼻先にある。


 突然サリサ伍長の言葉が止んで、辺りに静けさが訪れた。

 魔剣からはドス黒い炎の様なオーラが湧き出している。


「ひっ」


 小さくサリサ伍長が悲鳴を漏らし、地面に尻をつく。


 そこで魔剣がささやく。


――のどに剣を突き刺せ!


――目玉をエグれ!


 そこで我に返る。

 

 危ない、意識を持っていかれるところだった。

 本当に油断できない。

 勢いで斬りそうになった。


 サリサ伍長を見れば、女の子座りで目には涙を浮かべて俺を凝視している。


 ヤバい、やり過ぎた。


 慌てて剣を収めて謝罪の言葉をかける。


「すまん、ちょっとやり過ぎた」


 俺は座り込んだサリサ伍長を起き上がらそうと手を伸ばす。

 その途端、泣き出した。


「うえっ、うえっ、うわあ~~ん」


 女の必殺技を発動させやがった。

 泣かれると一気に形勢逆転だ。

 周囲の俺を見る目が冷たい。

 完全に俺が悪者である。


 そこで助け舟、マクロン伍長が仲裁に入った。


「ボルフ隊長、この子、私に借金して革鎧を注文してまして、臨時収入があったとこでその返済の一部として大銀貨二枚もらったんです。そうだとは知らずにすいません。これお返しします」


 そう言ってマクロン伍長が大銀貨二枚を俺の目の前に出した。


 助け船でも何でもねえ、これだと益々俺は悪者に見えるじゃねえか。

 だがここで立場上俺が怒りだす訳にもいかん。


「そういうことなら良い、それは取っておけ。だがサリサ伍長の居残りは変わらんからな。以上、解散!」


 解散したのだが、サリサ伍長の分隊メンバーも一緒に残ると言ってサリサ伍長の周りに集まっている。

 意外と分隊員には好かれているようで安心した。

 まあ、これで居残りはサリサ分隊に決定だな。


 特別休暇と言ってもそう遠くへ行く時間はない。

 二日間しかないからな。


 二日間だけだと、鉱山砦かヘブンズランドくらいしか行けない。

 ヘブンズランドへは新しく街道が出来たおかげで、馬車ならば半日ほどで行けるようになったからだ。

 そこで少女達は行き先をヘブンズランドに決めたらしい。

 それにヘブンズランドは最近急速に街化が進んで、色々な店が多く出来ているらしいからだ。

 俺もやることが無いのでヘブンズランドへ行ってみることにした。


 俺は馬に跨ると、ヘブンズランドへの裏道を進んだ。

 この辺りはまだ野良魔物が出る危険性もあるから、最低限の武器は携帯する。

 もちろん吸血剣も持って行く。

 だが軍服は着て行かない。

 折角の休暇だから私服だ。


 結局、何事もなくヘブンズランドへと到着した。

 

 俺は馬車も通れないような道を来たから、少女達よりも早い到着だ。

 そこでヘブンズランドの周囲に野営する部隊に驚く。

 以前の守備隊レベルの数ではない。

 ロックヒルが襲撃に遭ったから増援を配置して警戒しているのか。

 それに見たこともない紋章旗を掲げる部隊もいる。

 援軍といったところか。


 しかし見ていると、続々と後続の部隊が合流しているようにも見える。

 これはもしかしたら攻勢を控えているのかもしれない。

 ただ、直ぐに行動に起こす感じではない。

 ならばゆっくり休暇を味わうか。


 防壁にある門をくぐり、ヘブンズランドの街へと入って行く。


 中へ入ると以前とはすっかり様変わりしていて、思わず声を漏らした。


「おお、街だ」


 真新しい建物や商店が立ち並び、パンを焼く匂いが漂っていた。

 沢山の人が行きかい、ここから半日のところで戦いが繰り広げられていたとは思えない盛況ぶりだ。

 久しぶりに見る人々がいとなむ風景だ。

 ただ、行き交う人のほとんどは見慣れない兵士ばかりである。

 街の住人もいるが兵士の数の方が多い。


 門の近くで馬を預けることにした。

 それだけで銀貨が二枚も飛ぶ。

 馬用の飼葉と水を付けるとさらに銀貨一枚を請求された。

 合計で銀貨三枚、ぼったくり価格もいいとこだがこの街ではそれが普通っぽい。

 あきらめて支払う。


 街へと足を踏み入れると、先ほどから漂うパンを焼く匂いが俺を誘う。

 俺は匂いに釣られてフラフラとパン屋らしき店に入って行った。

 店に入ってまず目に飛び込んできたのは、焼き立てであろうか薄っすら湯気を上げているパンだ。

 戦闘糧食のパンとは大違いな、ふっくらと柔らかそうなパンが陳列台の上に並んでいる。

 実に美味そうである。

 早速購入しようと店員に金額を聞いてみた。


「このパンを買いたいんだが、いくらだ」


 すると店番らしいエプロンを付けた少年が言った。


「見慣れない顔だけど、おじさん配給切符は持ってるの?」


 配給切符だと?


「いや、この街の者じゃないんでそんなもの持ってはいない。それがないと買えないのか?」


「無くても売ることは出来るけど、ちょっと高いよ」


 配給切符がないと買えるが値段が高いらしい。

 それだけ聞くと値段を聞くのが怖い。

 だが……


「い、いくらだ」


「銀貨三枚」


 高い!

 べらぼうに高い!

 普通のパンの十倍近い値段。


「おいおい、いくらなんでもそれは吹っ掛け過ぎだろう」


「いやなら他行きなよ。どこ行っても同じだと思うけどね」


 少年の様子から嘘は言ってないようだ。

 よく考えればここヘブンズランドは辺境の街。

 この近辺に街などないし、材料の輸送を考えれば値段は高くなるし、これだけの兵士が居れば品薄にもなるか。


 俺は諦めて店を出た。

 別にパンがどうしても喰いたい訳じゃないからな。

 












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