第158話 悪魔に支配されるということ









 思わず俺もキョロキョロしてしまうが、どう見ても俺に視線が集まっているよな。

 まあ良い、早いとこ片づけちまうか。


 しかし、俺が前へ進むと男共は後ろへ下がる。

 こいつら、おびえているな。

 でも変だ、何か変だ。

 いつもの“魔を狩る者”としての俺を恐れる者達の反応と違う。


 そこでラムラ伍長が震える声で俺に言った。


「ボ、ボ、ボルフ隊長、何か身体から出てます……」


 身体から出てる?

 何を言ってるんだと思い、自分の腕の辺りを見てみると、確かに何か煙というか炎みたいなのが立ち昇っている。

 良く言えばオーラか。


 ただ、そのオーラはドス黒い。

 俺が魔法を行使する時のオーラに似ているが、ちょっとそれとは種類が違う。

 シャドウアローやシャドウソードも黒いオーラを発するが、こんなにハッキリとドス黒くはない。


 輝く様な光のオーラならば恰好かっこう良かったんだが、これだとまるで邪悪な炎に満ちている様にしか見えない。

 

 うん、喧嘩する相手から邪悪なオーラが出ていたらそりゃビビるか。


 しかし、その原因に俺は覚えは……もしかして、あれか?


 俺は腰に視線を落とす。


 やはりそうか。


 腰に吊った魔剣だ。


 吸血剣からドス黒いオーラが出て、俺の全身を包んでいる。


 なんてこった。

 喧嘩程度で吸血剣が反応しやがったのか。

 しかし、いつもの様な負の感情は流れ込んでこない。

 

 さて、困ったな。

 この状況でどう対処したら良いものか。


 俺が次の行動に困惑している時、ふと相手の男共の中の一人に違和感を感じて目が留まる。

 その一人だけは何かが他の男達と違っている。

 それが何かは分からないが、その男が危険だと感じる。


――あの男を殺せ


 遂に吸血剣が訴えかけてきた。

 だが味方兵士を殺せって言われてもな。


 それとほぼ同時に、その危険な男が叫びながら突っ込んで来た。

 それくらいは大した問題でもないんだが、ただそいつは剣を抜いていた。

 それに狂ったように笑っていやがる!


「うははははは!」


 大振りに振り上げたショートソードを俺の頭目掛けて振り下ろす。


 俺を殺す気じゃねえか!


 だが遅い。


 虫がとまれるくらい遅い。


 俺は左脚を軸にして体を回転させる。


 するとショートソードが俺の目の前の空を斬る。


 男は突っ込んだ勢いのまま、俺の横を通り過ぎて行く。

 

 そこで俺はひょいと片足を出した。

 すると男はつまづいて顔面から地面へと突っ込む。


「ぐふうっ」


 男はそれでも戦意を喪失していないらしく、なおも起き上がって来ようと顔を上げる。

 顔中血だらけだな。

  

 ならばと、起き上げかけたそいつの後頭部を踏みつけた。

 すると再び男は「ぐぎゃっ」と地面の中へ顔を突っ込む。


 そこで吸血剣が激しく俺に訴えかけて来る。


――そいつを殺せ


 いや、殺せるはずがないだろ。

 そう思ったんだが、吸血剣から伝わる感情に俺は迷う。


――そいつは魂を支配されかけている


 魂を支配ってどういう事だ?


――今そいつを殺さないと、後々困ることになる


 俺は再び地面に顔を埋めた男を見る。

 地面でジタバタする姿は、普通にいきがってる若造にしか見えない。


 俺がその男の後頭部からゆっくりと足を外すと、そいつは首を回して俺をにらむ。

 その目は常軌じょうきいっしていた。

 狂気の目と言っても良い。

 俺は慌ててそいつの頭に足を戻して、再び動きが取れない様にした。


 これを見たら確かに吸血剣の言う通りかもしれないと思えてきた。

 だが支配されるとは、誰に支配されるっていうのだろうか。

 その答えを吸血剣が答える。


――悪魔だ


 悪魔に支配って意味が分からない。

 そもそも悪魔って実在するのか?


 その続きを聞こうと思った矢先だった。

 男共の上官が現れた。

 それはまだ若い青年士官で階級は少尉。

 青年といってもまだ十代だろう。

 もしかしたら少年といっても良いくらいの年齢かも知れない。

 服装が真新しいところを見ると、今回の遠征が初めての実戦かもしれない。


「何をさぼってる。ちゃんと仕事しろ、仕事」


 若い青年士官だが、さすがお貴族様だ。

 一言で皆が散って行く。

 それに見た目と違って意外としっかりしているのかもしれない。


 こうしてその少年の登場でこの乱闘事件は収束を迎えた。

 俺はその青年少尉に今回の経緯を説明し、未だ地面に顔を埋める男を連行してもらった。

 上官へ剣を向けたのだ、それは重罪である。

 俺が貴族だったら即刻死罪となるが、俺は平民だから死罪にはならないかもしれない。

 死罪にならないとなるとあの男はいずれ、悪魔に魂を支配されてしまうってことなのか。

 そうなると吸血剣がさっき俺に伝えたように『今そいつを殺さないと、後々困ることになる』が実現してしまう。

 もうどうにもならないが。


 集まっていた兵達がそれぞれの持ち場へと散って行った後、俺がその場で考え事をしているとラムラ伍長とメイケが声を掛けて来た。


「ボルフ隊長、さっきはありがとうございました」

「……ありがとうござい、ます」


「なあに、部下が困っていたんだから当たり前だ。それに男共にからまれるのはいつものことだからな」

 

「あの、それは良いんですけど、さっきのあの黒い煙みたいなのは……」


 うーん、どう返答したら良いんだか。


「ああ、あれか。ええっと、あれは魔法、そうそう、俺の魔法だ。魔法でビビらそうと思っただけだ」


 苦しい言い訳だが、俺の魔法は確かにドス黒いオーラが出るからな。

 この言い訳なら筋は通るはず。

 魔剣に変な噂が掛かれば、下手すれば王宮に返還とかになってしまう。

 それは困る。


 その話はなんとかその場で誤魔化せたと思う。

 納得したのかは不明だが、少女らは作業に戻って行った。


 そこで改めて魔剣に問う。


『悪魔に魂を支配とはどういうことだ?』










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