第157話 稽古
周囲で見物する何人かが、剣を抜こうとしたのを俺は大声で制止する。
「これは一対一の素手での喧嘩、誰も手を出すな!」
俺の恰好は士官である小隊長。
男共もさすがにビシっと言う事を聞いてくれる。
通常は小隊長と言ったらお貴族様だからな。
すげーな、小隊長の威力。
俺の声で一瞬だけ喧嘩が止まるが、直ぐに殴り合いは再開した。
一気に周囲が盛り上がり始める。
男兵士のギャラリーは、初めは笑って見ていた。
素手の喧嘩ならば、男が女に負けるはずがないと思ったんだろう。
だが、そんな事はない。
ラムラ伍長は元々格闘技が得意だ。
入隊前からの特技で、男にも負けたことないって言ってたしな。
ラムラ伍長の最初の一撃は
「ぐっ」
男の身体がくの字に曲がったところへ、ラムラ伍長の
「ぐっ」
男はそのまま仰向けで倒れる。
普通ならばこれで決着は着いただろうが、腕力で男と女の差が出た。
その若い男兵士は口から血を流しながらも起き上がる。
そして手の甲で血を
「てめえ、女だと思って手加減してりゃあな!」
そう言いながら男はラムラ伍長の胸倉を片手で掴みかかり、もう片方の手で彼女の顔面を殴ろうと拳を振りかぶった。
するとどうだろう。
ラムラ伍長は男の手首を軽く摘まみ上げる様に
すると男の身体が手首を残し、浮き上がる様にくるっと回転した。
そして「うわっ」と声を発したかと思うと、背中から地面に激突させられた。
「ぐふっ!」
今度は腕力によってではなく、自分の全体重を背中に浴びせられた形。
男はしかめっ面な表情を見せて、投げたラムラ伍長の顔を
「くそ、舐めた真似しやがって……ぐほっ」
だがラムラ伍長の攻撃はそれで終わりではなかった。
ラムラ伍長は投げた後も男の手首を放してはいない。
そのままグググっと男の手首を絞り上げた。
すると男は「痛たたたたっ」と言いながら地面の上を勝手に転がり、今度は手首を後ろ手に取られたままうつ伏せの状態となった。
そこでラムラ伍長は男に尋ねた。
「降参するか?」
すると男。
「ふ、ふざけ――痛ててて、折れる、折れる!」
ラムラ伍長がさらに手首を絞り上げる。
「どうだ、降参してメイケに謝るか?」
「分かった、俺の負けだ――痛てててて」
ラムラ伍長は手首を返すと、男は再び地面を転がって仰向けになる。
そこでラムラ伍長は再び男に言った。
「ほら、あの子、メイケに謝れ」
男は渋々ながらメイケ方へ首を向けて謝罪の言葉を言った。
「す、すまん。尻、撫でて悪かったよ……」
男がそう言っているのだが、メイケはどう反応していいか解らないのか、その場でオロオロするばかりだった。
すると少女らの中から足を踏み鳴らす音が聞こえてきた。
それはあっという間に少女らに広まる。
少女クロスボウ部隊、恒例の足ダンだ。
しかしこの場合の足ダンはどういう意味なんだろうか?
「ゆるしてやれ」って意味なのか?
それとも「ぶち殺せ」ってことなのか?
足ダンは一層激しくなり、それを知らない男共は何事かとキョロキョロする。
そしてその足ダンの意味はメイケの行動で判明した。
メイケは無言で軽く
そして――
「おうふっ!!!?」
――男の股間を踏みつけた。
少女達からは「おお~」と言う
すると男達の中から野次が飛び出す。
「おいおい、だらしねえぞ!」
「女に負けてんじゃねえよ」
「そうだ、そうだ」
すると周囲の人だかりが股間を押さえて苦しがる男を境に、二つに分かれて行く。
片や少女クロスボウ部隊、片や男兵士。
今ここにいる人数的にちょうど10対10ってところか。
一触即発といった様相だな。
少女達の中でまともに接近戦を出来るものは少ない。
なんたってクロスボウ部隊だから、接近戦の訓練などほとんどしてない。
対して相手の男共は軽装歩兵部隊、どう考えても不利だろう。
ここは俺の出番かなと一歩踏み出したところで、またしても横槍が入る。
別の男兵士の集団が現れたのだ。
それも十人はいる。
となると力量だけじゃなく、20対10と人数の上でも完全に少女達の分が悪い。
しかし、新たに現れた十人の男兵士は何故か少女達の列の方へ入った。
呆気にとられる少女達。
その少女達の中へ入った男兵士の一人が声を上げた。
「俺達はワルキューレ酒場の嬢ちゃん達に付くぜ!」
今、ワルキューレ酒場って言ったよな。
もしかして酒場の客か?
メイケが何か思い出したかのようにつぶやく。
「……あ、お久しぶり、です……助かり、ます」
どうやら常連客達だった人らしいな。
他の少女らも「久しぶり~」とか言っている。
これで人数的にも同数だ。
だが、これ以上ここで騒ぎを起こすのはマズい。
「さて、そろそろ皆、修理作業に戻って貰えるか」
俺が中央に割って入った。
ここでお開きにしようと考えての発言だ。
我ながら士官らしくなったなと思う。
だが若い男兵士達の興奮は収まらないらしく、「どけジジイ」とか「おっさんはすっこんでろ」とか言う言葉が聞こえてきてしまった。
ちょっとだけキレそうになった。
そこで少女達の列にいる男兵士から声が掛かった。
「ボルフ隊長、あいつらに新参者に稽古をつけてやってくださいよ!」
大人数同士で大暴れはマズいが、俺一人で多人数相手なら『稽古』ってことで誤魔化せるか。
よし、久しぶりに若造達に礼儀を教えてやるか。
「よおし、決めた。今からお前らに格闘の稽古をつけてやる。全員でかかってこい」
すると男達は俺の恰好を見ながら後ずさる。
そうか、俺が貴族だと思ってるのか。
「ああそうだ、初めに言っとくが俺は平民だから遠慮しなくて良いぞ。ほら、階級章も尉官じゃなくて兵曹長だろ」
そう言うと男達はお互いに顔を見合わせた後、「やってやらあ!」といっていきなり殴りかかって来た。
俺が平民と分かるとこれだ。
まあ望むところだ。
「おっさんが恰好つけてんじゃねえよ!」
まだ入隊したばかりらしい少年だ。
だが“おっさん”はダメだろ。
「俺はまだ二十代だ、殺すぞ、ゴラッ!」
そう言ってそいつの顔面に拳をめり込ませる。
少年の拳も俺の頬に入るが、痛くもかゆくもない。
そこで新参者共の顔色が変わった。
「お、ビビってやがるな」と思っていたんだが、少女達や常連さん達の顔色まで変わる。
さらに周囲にいるギャラリーの俺を見る表情が激変した。
何があった?
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