第156話 名誉戦傷除隊






 


 リザードマン部隊とオーク部隊の戦いは、結果からいうと双方痛み分けといったところだが、言い方を変えるならばどちらも壊滅状態。

 お互いが引くに引けずに泥沼の戦いになったらしい。

 リザードマン族には悪いが、俺達にとっては好都合な結果となった訳だ。


 そして俺達がブレインを倒した事によって、親玉を失った魔族部隊はチリヂリに敗走した。

 その後の戦場跡では気絶していたゴブリン兵やオーク兵を発見したので、捕虜としてかなりの数を捕まえた。

 これらは鉱山砦へ戦時労働捕虜として送る。


 ただ、戦いの跡に残された仕事は大変だ。

 戦利品の回収や死骸の処理にロックヒルの建物修理、そして負傷兵の救護と大忙しだ。


 特に負傷兵は優先的に当たらなくてはいけない。

 そのおかげなのか結局、我々部隊に死者は出なかった。

 これも大量に用意できたポーションのおかげというか、それを用意できるようになったペルル男爵の金の力というべきか。

 その出所は鉱山砦な訳で、俺達は幸運に恵まれていると言える。


 しかしながら、重傷者は多数出た。

 命はなんとか取り留めたが、退役を逃れられないほどの負傷の少女もいた。

 タルヤ准尉の小隊の少女が八名、俺の小隊の少女が四名がそれだ。

 タルヤ准尉の小隊の重傷者は、自分の傷に落ち込みながらも死なずに退役出来ることに安堵あんどしていた。

 しかし俺の小隊の少女四人は退役を嫌がった。


 戦いの翌日、その重傷者の四人の少女が俺も元へ来た。


 四人の少女は何度も「まだ戦えます」と口をそろえて言ってくる。

 中には涙を流して訴える少女もいた。


 だが、片腕を失った少女、片足が潰された少女らが、どうして戦場で戦えるというのだ。

 下手をしたらその少女をかばう為に、同じ小隊の少女が命を落とすかもしれない。

 そんな事、あってはならない。

 となれば、彼女らの道は退役しかない。

 それは俺だって悔しいが、ここはえて厳しい言葉を投げかけてあきらめてもらう。


「その身体で何が出来る。それに戦闘になったら貴様たちを守る手間が掛かるんだぞ?」


 こんな言葉をかけなければいけない自分が嫌でしょうがない。

 すると手首から先を失った少女が反論する。


「自分の命くらい自分で守ります。特別扱いしないでください。クロスボウも一人でちゃんと装填して撃てます」


 そう言って器用に片腕と足でボルトを装填し、手首のない腕でクロスボウを支えて発射して見せる。


「どうです、他の者の助けなど要りません」


 彼女だけでなく、他の三人の重傷者も真剣な顔で俺に訴える。

 気持ちは凄くわかる。

 俺が逆の立場でも同じ行動に出るだろう。

 彼女らにとって小隊は家族だ。

 口減らしで家から追い出されて軍隊に入り、やっと自分の居場所を見つけたんだろう。

 そこを追い出されても行くところなどないのかもしれない。


 だが、そんな少女らに俺はとどめの言葉を放った。


「なら、その身体でお前たちは“戦友”を守れるのか?」


 すると少女らは言葉に詰まる。

 本当はこんな言葉を言いたくはなかったが、これは俺に課せられた義務でもある。


 攻撃に自分が参加するのと、自分以外の戦友を守るのとでは大きく違う。

 今の身体では自分の身は守れても、隣にいる戦友の命まで守れない。

 それくらいは、戦場で戦って来た彼女達ならば直ぐにわかる事だ。


 少女らは一言も返す言葉が見つからず、ただ地面を見つめて肩を震わしている。

 中にはその場に崩れるようにへたり込む少女もいる。

 共通しているのは、少女らの目からは涙が止めどなくこぼれ落ちているという事。


「以上だ、下がれ……」


 その言葉でやっと四人の少女はその場から去って行く。


 そして翌日には小隊の仲間に見送られて、ロックヒルを発った。

 もちろん涙の別れである。

 第一ワルキューレ小隊の少女ら全員が大号泣だった。

 入隊したばかりのホッホ曹長までもが泣いている。

 

 最後にお別れの少女達四人が俺の前に整列し、一斉に「今までありがとうございました!」と見事な敬礼をしてお別れをしたのだが、その時はさすがに俺もウルっときた。

 

「ああ、ボルフにゃん、泣きそうにゃ!」


 張り倒してやろうか!


 そして戦いが終わって三日ほど経った頃、やっと援軍が到着した。

 サンバー伯爵の連合軍が一個大隊とそれに追従する補給部隊だ。


 正直、今更感はあるのだが、折角来てくれたのだから戦場の後片付けはお願いする。

 その大隊はしばらくはこの地へ駐留するという。


 そこで増援に来てくれた大隊長と話をしたんだが、たいそう驚いていた。

 これだけの戦闘で味方の死者がいないことについてだ。


「待て、話が良く見えてこないんだがな。敵が撤退して行ったのは理解した。しかしだな、なんで味方に死者がいないんだ。そんな訳ないだろう、二個小隊で迎え撃ったんじゃないのか、ボルフ小隊長?」


 大隊長はそんな事を言ってくる。


「いや、間違いじゃありません。負傷者は多数出ましたが、死者は出ていません。重傷者はすでに鉱山砦へ向かわせたんで、ここにはいませんが」


「え~と、するとなんだ。たったの二個の少女クロスボウ小隊が、今この周辺に散らばっている敵魔族兵を倒したというのか。巨人族やグリフォンの死体もあるんだぞ。それも敵の総大将を倒して部隊を敗走させたと?」


「はい、そうです。しかし先ほども説明した通り、リザードマン部隊の三百匹ほどが混戦していましたが。おおむね大隊長の言った通りです」


 確かに死者数がゼロは珍しいからな。

 驚くのも無理はないか。

 でも驚き過ぎだろうに。


 「何かの間違いではないか」と何度も聞かれたが、戦場を見てみれば敵の死骸しかないから一目瞭然だ。

 ヒル・ジャイアントにゴブリンシャーマンに攻城兵器、そして異形の魔物である“イポス”とかいう化け物。

 魔族のそんな死骸が戦場のあちこちに転がっている。

 しかしヒューマンの死骸はない。


 長く兵士をやっている俺でも、この規模の戦いで味方に死者が出ないのは確かに聞いた事が無いか。

 そして大隊長が最後にポロッと言い捨てて行っのが、俺を横目で見ながら「悪魔の所業だな」と言う言葉だった。


 増援に来た大隊はこの近くに数日間駐留するという。

 その間、戦場の後片付けや建物の修理を手伝ってくれるそうだ。


 それは助かるんだが、例によって増援部隊は男兵士ばかりである。

 これもいつもの事だが、男兵士の少女らを見る目がイヤらしい。


 中には俺の噂を知っている兵士もいて、少女らには近寄って来ないんだが、そうでない兵士も結構いる。

 新兵なのかもしれないな。


 そして早くも二日目に事件は起こった。


 ロックヒルの防壁内部に人だかりが出来ている。

 人ごみをき分けて行くと、その中心にはメイケをかばうように立つラムラ伍長がいた。


 相対して立つのは若い男兵士。

 その若い兵士が両方のてのひらを上に向けて肩をすくめて言った。


「おいおい、何もしてないって。ちょっと一緒に食事しようって誘っただけだって」


 するとラムラ伍長が鋭い眼つきで反論する。


「はあ? この子の尻を撫でただろう、とぼけてんじゃないよ!」


 メイケはラムラ伍長の後ろに隠れて縮こまっている。

 俺はその若い兵士をぶちのめそうと前へ出ようとしたんだが、俺が出るより前にラムラ伍長が相手に殴り掛かった。

 こうなったら止められない。

 止める気もないが。


 

 



 







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