少女クロスボウ部隊

第155話 戦場に残されたもの

　メイケは目を閉じて、クロスボウを頭の上に掲げて防御する。

　少しでも威力を減らそうとしたのだろうが、それも焼け石の水であろう。

　あの巨体から繰り出す力は、そんな物じゃ防げない。

　ただ、イポスの振り下ろした爪はメイケには届かなかった。

　と言うのも、爪を振り下ろす寸前、イポスの身体が急に空中に飛び上がったからだ。

　それは使役獣のカブトムシの仕業だった。

　タルヤ准尉はこれを狙っていたようだ。

　カブトムシはその大きな角でイポスを空中へ跳ね飛ばした。

　同時にタルヤ准尉が叫ぶ。

「さっさと魔界へ戻れ！」

　だが、その程度で消えるほど軟弱な魔物ではないようだ。

　くるっと回転して数メートル先に見事に着地した。

　そしてイポスはガチョウの首を捻（ひね）って見せると、猛烈な速度でダッシュした。

　獣車ごと吹っ飛ばす気か！

　何かが激しくぶつかり合う衝撃。

　俺の目の前には驚いた表情を見せるイポスが居た。

　イポスとぶつかり合ったのは俺の持つ吸血剣。

　イポスが獣車を吹き飛ばす前に、その間に俺が割り込んだのだ。

「イポスとか言ったな。ちょっと休ませてもらったがもう大丈夫だ。左手は使えないがお前程度なら問題ない。それからデカ頭――」

　俺は後方にいるブレインを横目で見て、奴を確認して話を続ける。

「――そこで待ってろ。直ぐにこいつを倒してそこへ行く」

　俺は再びイポスを視界内に戻すと、吸血剣で受け止めた爪を押し飛ばす。

　どこにそんな力があるのかと、自分でも驚くほどイポスは吹っ飛んだ。

『貴様、人間ではないな』

　突然そう語りかけて来たのはガチョウの頭、イポスである。

「お前、魔物のくせにしゃべれるのか？」

　だが俺の問いには答えない。

『やはり、人間なのか？　どうやってそんな力を手に入れたのだ……』

「なあに、つべこべ言ってる。何を言っても貴様はここで死ぬっ」

『笑わせる。人間がその程度の力でこの私を倒せるとでも？』

　俺は剣を振りかざしてイポスに接近。

　力任せに剣を振るう。

　避けられる。

　見た目以上の身体能力らしい。

「その巨体の割に中々早い動きだな。だが、お前の動きはムラが多い。剣聖はもっと早く、緻密（ちみつ）な動きだったぞ」

　そう言って俺は吸血剣を上段から振り下ろす。

　今度は最低限の動きでの剣戟（けんげき）。

　イポスはそれも避けてみせた。

　くそ、これも避けるのか。

　ならば流水剣術の型はどうだ。

　俺は立ち止まり下段に構える。

『貴様、確かに人間にしては良い動きだとは思う。だがな、私は――』

　俺は下段の構えから斬り上げる。

『――むうっ』

　避けられるがそれは想定済み。

　上段の位置まで来た剣を今度は振り下ろす。

　この時の手首の返しがポイントだ。

　その時、吸血剣が突然深紅の色に揺（ゆ）らめき出し、剣スジが異様な流れを見せる。

『何っ、デーモン・ソードか！』

　その陽炎（かげろう）の様に形作る剣身がイポスを襲う。

　イポスが前脚の爪で吸血剣を振り払おうと試みる。

　しかし吸血剣はゆらりとその爪を躱（かわ）すと、そのままイポスの胸を切り裂いた。

　確かな手ごたえ。

　吸血剣からは何かを吸収する感覚が伝わったのだが、いつもの血を吸う感覚とは違う。

　何かを吸収する感覚だがいつもとは明らかに違う。

　が、それが何かまでは解からない。

　俺はそのまま回転しながら横なぎに一閃（いっせん）。

『ぐわっ……』

　するとガチョウの首がクルクルと回転しながら宙を舞っているのが見えた。

　イポスの首を刎（は）ねたのだ。

　その瞬間、ドス黒い何かが吸血剣に流れ込む。

　それは人にあらざる者を形作る何か。

　そして剣がこれまで以上に躍動（やくどう）した。

　呆気に取られて見ている親衛隊のゴブリン兵と少女達。

　少しの間を置いて俺は口を開く。

「おい、ラムラ伍長とミイニャ伍長の治療をしてやれ」

　俺の言葉にやっと我に返った少女達。

　メイケとタルヤ准尉が二人の治療にあたる。

　しばらくするとイポスは、干からびたミイラの様な身体を残して朽ち果てた。

　俺はと言うと、残ったゴブリン親衛隊を一睨（ひとにら）み。

　だいぶビビッているが、そこは親衛隊だ。

　残ったゴブリン共が全員で俺に向かって来た。

　ブレインは再び詠唱を始めている。

　面倒臭いな。

　俺はゴブリン兵が使っていた短めの槍を拾い上げ、おもむろにブレイン目掛けて投げつけた。

「グギャアッ」

　叫び声を上げるブレイン。

　ブレインの足の甲を俺が投げた槍が貫通しており、それは深く地面にまで食い込んでしまい、ブレインはその場から動けなくなってしまっている。

　持っていた杖も数メートル先へと飛んでいる。

　これで逃げられないな。

　ついでに言えば詠唱も阻害してやった。

「さてと、今度はお前らの番だ」

　そう言って俺は片膝を突いて吸血剣を地面すれすれに振り抜いた。

　あっという間に左側にいた親衛隊のゴブリン共の足首が切り離された。

　悲鳴を上げながら地面に転がるゴブリン達。

　次いで斬りかかって来た右側のゴブリン親衛隊の槍を避けながら、吸血剣を次々に振り下ろしていく。

　ものの数秒で親衛隊ゴブリンは戦闘不能だ。

　俺は身体の向きを変えると、苦しそうにもがくブレインへと近づいて行く。

　ブレインは必死に離れた所にある杖に手を伸ばしているが、どう考えても手は届かない。

　俺がその手を踏みつけると小さく悲鳴を上げるブレイン。

「グギャ」

「おい、やっと会えたな」

　そう言って笑いかける。

　しかし近くで見ると本当に醜（みにく）い。

　ゴブリン種族なんだろうが、異様に頭だけがでかく、下半身は逆に貧弱だ。

　ブレインは俺を悔しそうな表情で見つめる。

「さて、ここで貴様をどうするかが問題だ。おっとその前に言葉が解らないか」

　すると驚いたことに返答があった。

「オマエ、アクマ　タオシタ。ヤハリ　オマエ　グラッグ　マチガイナイ」

　何を言ってるんだ、こいつ？

　そんな話をしていると、怪我の治療を終えた四人の少女がやって来た。

　そしてタルヤ准尉が何やら言ってきた。

「ね、ね、お宝のありかを尋問しちゃおうよ。ね、いいでしょ。私やるからさあ～。誰も見てないし～」

　お前がやったら尋問じゃなくて拷問になるだろ。

　だが人族語がわかるブレインは、タルヤ准尉の言葉を一早く理解してしまった。

「タカラ　オシエル。ゴウモン　ダメダ　タノム」

　するとタルヤ准尉は驚いた様子で答える。

「なんだ、こいつ人族語が通じるんだね～。それなら拷問しちゃっても良いよね？」

　もう尋問じゃなくて拷問って言っちゃってるし！

「おい、殺されたくなかったらそのタカラとやらの場所を教えろ！」

　俺がドスの利いた声で脅すと、あっさりとしゃべった。

　天幕の中の箱の中だそうだ。

「な～んだ、それならしゃべらなくても見つけられたよね。ならこいつさ、もういらないよね？　ね、ね、おねがいだから～、私に頂戴？」

　そんなことを言うタルヤ准尉だが、彼女の言うところの“もういらないよね”は、“拷問しても良いよね”という意味に他ならない。

　そのことがバレてしまったのかブレインが突如動き出し、俺に向かって右手に持ったキラリと光る何かを振りかざす。

　細長いブレードの短剣だ。

　どうやら隠し持っていたらしい。

　しかしブレインが短剣を振り下ろすよりも早く、メイケのクロスボウからボルトが放たれた。

　もちろん最後の一本の毒ボルトである。

　毒ボルトは振りかざした右手に命中。

「ギギャアアアアアアアア！」

　物凄い悲鳴を上げて短剣を地面に落とすと、その場でのたうち回り出すブレイン。

「あ～あ、折角の捕虜だったのになあ～～」

　それを見ながら悔しがるタルヤ准尉。

　毒ボルトを受けたら助からない。

　なんせ、解毒薬を持って来てないからな。

「ダズゲデ　グレ　グ、グ、グルジイ……」

「フン、お前は苦しんで死ね。その毒はお前が俺達を毒殺しようとした毒だ。解毒薬があるなら自分でどうにかしろ」

　そうは言ってみたが、ブレインには聞こえていないらしい。

　しばらくするとブレインは、口から泡を噴き出しながら徐々に動かなくなっていった。

　それを見届けたところで、俺の足の力がガクっと突然抜けた。

　そして崩れる様にその場にうずくまってしまった。

　そう言えば体中に傷を負っていたんだった。

「ボルフ隊長！」

「出血、止血しなきゃ」

「ポーション！」

「取りあえず舐めて消毒にゃ」

　俺をザラザラする舌で舐め回すドラネコ。

　慌てて引き離そうとするメイケ。

「……あっ、あっ、そ、そんな……ダ、ダメ……イヤっ」

　必死で止めるメイケなのだが、何故か色っぽい声に聞こえる。

　その後俺はワゴン車に積まれて、再びカブトムシの牽引でボロボロになったロックヒルへと運ばれて行った。

　ガタガタ揺れるワゴン車の上で、俺は全身にポーションを塗られた……

　その途中、生き残りのリザードマンやら魔族軍の残党が結構な数いたんだが、特に何をされるという事もなく通り過ぎた。

　あんなに勇猛だったオーク兵でさえ、そのすぐ横を通り過ぎても見向きもしない。

　亡霊の様にただひたすら森の奥へと歩いて行く。

　そして戦場に残ったのは、おびただしい数の魔族の亡骸と、むせかえるような戦場の臭いだった。