第154話 召喚魔法









 俺は敵の本陣の手前で鉢植えのマンドレイクを引き抜いた。


 少女らは耳を押さえるのに必死だが、御者のタルヤ准尉は片手で片耳をふさぎ、片手で手綱を掴み、もう片方の耳は俺が手でふさいでやる。

 これでなんとか獣車はゆっくりだが前に進める。


 本陣で防御に当たっていたゴブリン兵が、次々に苦しそうに倒れていく。

 そして一際目立つ、豪華ごうかな天幕のある場所へと行き着いた。

 天幕の中には間違いなくブレインがいるんだろう。


 そこで一旦マンドレイクを植木鉢に戻す。

 ここでマンドレイクに死なれる訳にはいかないからな。

 この後も活躍してもらうつもりだ。


 そこで俺達を真っ先に出迎えたのは、ブレインの親衛隊らしきゴブリン兵が八匹だ。

 その豪華な天幕の中から飛び出して来た。


 赤く染めた革鎧に身を包み、丸盾に短めの槍を手に持っている。

 しかしゴブリンが親衛隊とは、本陣の戦力は大したことないな。


 だが、よくよく考えたらマンドレイクの絶叫に耐えぬいたゴブリン兵ということになる。

 それを考えたらゴブリンの親衛隊の八匹は、それに耐えてここにいることになり、さすが親衛隊に選ばれただけの事はあるのかもしれない。

 とは言っても、所詮はゴブリン。

 俺にとってはその程度。

 相手にするだけ時間の無駄だ。

 一気に天幕の中へ突入したい。


 俺は少女らに手に持った鉢植えを手ぶりで指し示す。

 『引っこ抜くぞ』という合図だ。

 すると少女らは、耳栓の上からギュッと手で耳を押さえて歯を食いしばる。


 そこで俺はマンドレイクを引き抜いた。


「ギャアア……アア……ァァ……」


 あ、叫び声が弱々しい。


 ビビッて後ずさりしていた親衛隊が拍子抜けした顔をしている。


「おい、ひよってんじゃねえ。がんばれよ!」


 俺の応援もむなしく、マンドレイクはぐったりとして動かなくなった。


 少女らが俺を見る。

 くそ、結局こうなるのかよ。


 俺は耳栓みみせんをその場に叩き捨てると、獣車から飛び降りて剣を引き抜く。

 俺に習って耳栓みみせんを外した少女らが戦闘態勢に入った。


 ミイニャ伍長とラムラ伍長も獣車から降りて接近戦闘の用意だ。

 メイケは獣車の荷台でクロスボウを構え、それをタルヤ准尉が剣を抜いて守る。


 ただメイケのボルトは毒ボルトの二本以外は練習用ボルトだ。

 役に立つのか?


 そしてゴブリン親衛隊が奇声を上げたことにより戦闘は始まった。


「ギギャアアア」


 親衛隊が四匹ずつ左右に二手に分かれて行く。

 そして中央に見える天幕の中から奴が現れた。


「ブレイン!」


 俺が叫ぶと、メイケが直ぐに反応してボルトを放った。

 もちろんメイケの狙った標的は敵の大将のブレイン・シャーマンだ。


 しかし放ったボルトは「カツン」と見えない障壁にはばまれた。

 放ったのが練習用のボルトだった事もあるが、毒ボルトでも障壁の貫通は無理だったであろう。

 それは前に襲撃した時と同じだ。

 でもその障壁も一回の攻撃で消えるはず。


 俺が仕留める!


 俺は吸血剣を引き抜き、左右に分かれた親衛隊の真ん中を走る。

 そして走り出して気が付いた。


 ブレインが杖をこちらに向けて、何やらブツブツとつぶやいている。


 「詠唱か!」

 

 気が付いた時は手遅れだった。


 ブレインのもつ杖から黒いコウモリのような生き物が何十匹も飛び出した。

 そのコウモリが俺目掛けて突撃して来る。


 俺は慌てて立ち止まってコウモリを剣で迎撃する。

 剣を振ればものの一撃でコウモリは煙となって消える。

 だが、数が多すぎる。

 

 あっという間にコウモリは俺に激突して行く。

 その度に身体に傷が付け加えられてる。


 コウモリはあっという間に俺を通り過ぎて行くと、直ぐに煙となって消えてしまう。


 残された俺の体中には無数の傷が刻まれており、その出血で体中が鮮血に染まっている。


 身体が熱い。


 そして少し遅れて、焼ける様な痛みが俺の全身を襲ってきた。

 

「ぐああああああっ」


 思わず声が出てしまうほどだった。

 それを見てメイケが叫ぶ。


「ボルフ隊長!」


「なんだ、メイケも大きい声出せるじゃねえか……」


 そこまで口にして、気が遠くなった。

 視界がグニャリとゆがむ。


 目の前に地面が近づく。


 俺は倒れるのか。


 足で踏ん張ろうとするが力が全く入らない。


 そのまま顔面から地面へと倒れ込んだ。


 激しく倒れ込んだが痛みさえ感じない。


 だがかろうじて目と耳は死んでいないし、少しなら体も動く。

 ただ起き上がれない。


 なんとか首をひねって向きを変えると、少女達の姿が見えてきた。


 ミイニャ伍長が俺を守る様に左側の親衛隊のゴブリン兵と戦っている。

 だが四匹相手ではつらそうだ。


 右側ではラムラ伍長が四匹の親衛隊のゴブリン兵相手に戦っているが、やはりだいぶ苦戦している。

 それにミイニャ伍長、ラムラ伍長ともに傷を受けている。

 見た感じ軽傷とは思うが、このままだといずれ重いダメージを喰らう。

 

 獣車を見ると、荷台の上で必死にクロスボウの装填をしているメイケが見える。

 タルヤ准尉が見えない――


 ――居た。

 カブトムシをワゴン車から外そうとしている。

 何をしたいのか?


 だが、その間にもブレインは新たな詠唱を進めている。

 そしてしばらくすると、詠唱が終わったのか杖を前方にかざす。

 すると地面に大きなサークルが浮かび上がる。


 そこでタルヤ准尉が叫ぶ。


「うっわ、魔法陣……って召喚魔法じゃん!」


 その魔法陣の中にライオンとガチョウを合わせたような生物が出現した。

 頭と後ろ脚はガチョウなのだが身体がライオンという異形の魔物。


「イポス……」


 そうタルヤ准尉がつぶやいた。


 良くわからないがキマイラみたいなものか。

 そのイポスとかいう魔物は、体長五メートルという大きさで威圧感があり、その存在自体が不気味に映り、さすがに少女らは気味悪がって尻込みしている。


 それが隙となってしまったようだ。

 ラムラ伍長にゴブリン兵の槍が伸びた。

 槍の切っ先はラムラ伍長の脇腹の辺りに突き刺さる。

 

「っつ、痛いんだよ!」


 ラムラ伍長は苦悶くもんの表情のまま、槍を突き刺したゴブリン兵の片腕を斬り飛ばす。


「ギギャッ」


 悲鳴を上げて槍から手を放すゴブリン兵。


 ラムラ伍長は片手で刺さった槍を横腹から引き抜くと、その場に片膝を突いてしまう。


「悔しいね、しくじっちゃったよ……」


 それとほぼ同時にミイニャ伍長が足を斬られた。


「痛いにゃ~~~!」


 そう言って曲刀の槍を振り回せば、ゴブリン兵の首が飛んだ。

 だがミイニャ伍長もそこでガクっと片膝を突いてしまう。


 ミイニャ伍長とラムラ伍長がお互いをチラ見して言った。


「ミイニャ、あんたもまだまだ鍛錬たんれんが足りないね」


「ラムラこそ、まだまだタンメンが足りないにゃ」


 そう言ってお互いに笑い合う。

 一見和やかな雰囲気だが、二人とも出血が止まっていない。

 早急に止血しないといけない。

 だが今は戦闘中だ。


 マズい、このままだとあいつらが死んじまう。

 そんな事させるか……


 俺は力を振り絞って体を動かそうとするが、自分の意思に反して動かないどころか感覚さえない。

 

『魔剣よ、俺に力をくれ』


 そう念じた。


 するとわずかに右腕が動くようになり、右手の感覚も復活してきた。

 剣を持つ右手だ。

 吸血剣を握っている感触がよみがえってきたのだ。


 俺は吸血剣を握る右手に力を込める。

 

 持ち上がる。

 大丈夫だ、剣を持ち上げることは出来る。

 だがこれではまだ足りない。


 地面に現れた魔法陣が消えていき、イポスとかいう魔物がゆっくりと動き始めた。

 イポスの歩みは左方向へ向いている。


 ミイニャ伍長か!

 

 イポスがライオンの前脚を振りかざす。

 まるで刃物のような爪だ。

 あの爪を振り下ろされたら命が無い。


 くそ、間に合わない!


 そこへ一本のボルトがイポスを襲った。


 メイケの毒ボルトだ。

 二本しかない毒ボルトを使ったようだ。


 毒ボルトはイポスのライオンの胴体の胸に突き刺さっている。


 イポスの動きが止まった。

 その代わりに視線は後方にいるメイケに移った。


 慌ててメイケはクロスボウの再装填を試みる。


 そこへ大きく跳躍ちょうやくしたイポスが、メイケの目の前に四本の脚で着地した。

 まるで毒が効いている様には見えない。


 そこで俺は動くようになった右手の吸血剣を自分の左腕に突き刺した。


『俺の新鮮な血だ、好きなだけ飲め』


 吸血剣が震える。


 吸血剣から感情が溢(あふ)れだす。


 憎悪そうお殺意さついさげすみ、屈辱くつじょくとあらゆる負の感情が次々と俺の中へと入ってくる。

 俺はその負の感情に支配されない様に必死にあらがう。

 

 ここへきてまだ俺を支配しようとするのか。

 だがな、いつまでたっても俺は俺でしかありえない。


 血を吸われているにも関わらず、俺の身体に力がみなぎる。


 だがそれも遅かった。

 イポスの爪がメイケに振り下ろされたのだ。


 




 







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