第153話 スクリーム







 リザードマン三百匹の部隊は中々心強い。

 人族の味方になってくれる訳じゃないだろうが、御神魚の為に魔族軍と戦ってくれている。

 リザードマン族は魔族の部類には入らないというのが人族の一般的な考え。

 敵対種族でもないが友好種族でもない。

 状況によりけりで敵にもなるし、味方にもなるってところか。

 ならばちょっと悪いが我々の生き残りの為に利用させてもらう。


 魔族軍はリザードマン部隊と石塔の俺達との二方向と戦わないといけなくなった訳だ。


 しかもリザードマン部隊は魔族軍の側面から攻撃を仕掛けた形となり、場合によっては魔族軍は二分されてしまう危険をはらむ。

 そうなると俺達が今戦っている魔族部隊は、リザードマン部隊と俺達に挟まれて孤立する。


 これは一気に形勢逆転打だな。

 

 俺達は目の前にいる敵を蹴散けちらせば良いという事だ。

 そこで俺はマクロン伍長に命令した。


「マクロン伍長、“アレ”を使う時がきたぞ!」


 するとマクロン伍長があくどい表情で二タリと笑う。


 怖え……


 ああ、一番まともだったマクロン伍長までが壊れていく。

 これは戦争の狂気だな。


 そしてその笑顔のまま周囲に大声で叫び始めた。


「スクリーム戦の用意、繰り返します。これよりスクリーム戦を行います。みんな、耐スクリームの準備を急いで!」


 マクロン伍長の命令を他の下士官達もオーム返しで繰り返す。


「スクリーム戦用意っ」

「耐スクリーム装備よ、皆急いで準備」

「耐スクリーム戦の装備なのじゃ~」

「アイスクリ~ムの準備するにゃっ」


 そしてマクロン伍長が俺の所に来て鉢植えを手渡し、親指を立てて「準備完了」の合図を見せる。

 

 そこで俺は受け取った鉢植えの草をむんずとつかむと、一気に根っこごと引き抜いた。


「ギヤアアアアアアアアァァァ」


 鉢植えから引っこ抜いた草の根っこ部分が悲鳴を上げた。

 それは脳を揺さぶられるほどの絶叫。

 これぞ我が部隊が誇る『スクリーム戦』だ。

 まともに聞いてしまったら発狂するか失神してしまう威力がある絶叫。

 少なくても行動不能におちいり、場合によっては死にいたる。


 植物系魔物のマンドレイクである。


 今やペルル男爵領の鉱山砦だけが栽培できる特産品で、非常に高価で売れる品物だ。

 だからと言って数多く採れるわけでもないから、使う場面もここぞという時だけだ。

 それが今という訳だ。


 マンドレイクの絶叫は近くにいたゴブリン兵を片っ端から昏倒こんとうさせた。

 死に至ってしまったゴブリン兵も相当数いるかと思われる。

 オーク兵も多数が失神しているが、それでも中には耳をふさいで耐えている個体もいる。

 仮に意識があったとしても、しゃがみこんでなにも出来ない状態だ。

 そいつらにしたら戦闘どころではない。

 

 俺はというと、耳栓みみせんはしているが耳をふさがなくてもなんとか耐えられる。

 少女らは俺の事を「何で大丈夫なの?」と不思議がるが、俺からしたら何でこれくらいの悲鳴が耐えられないのかと思う。

 サリサ伍長が「悪魔の所業……」とか言っていたから拳骨を喰らわせた。


 吸血剣に向かって『お前は大丈夫なのか』と語りかける。


――問題ない、いいから早く血を吸わせろ


 と返ってきた。


 もはや会話も出来るレベルになってしまった。


 少女達はと言うと、耳栓みみせんをした上にさらに両手で耳をふさいでやっと耐えている。

 だから武器を手に持てない。

 なので俺が一人で片手にマンドレイク、もう片方の手で植木鉢を抱えて敵陣を練り歩く役だ。

 だが時々土の中に植え戻さないと、マンドレイクは死んでしまう。

 取扱いが大変だが、そのデメリットをメリットが大きく上回る。


 そして俺は戦場を練り歩きながら目ぼしい敵兵にとどめを刺していく。

 まあ、吸血剣は大喜びだがな。


 そこでふと気が付いてしまった。


 敵兵のほとんどがは耳栓みみせんを持っている事に。

 つまり魔族軍は俺達のマンドレイクを使った作戦に対して、あらかじめ対策を講じていたことになる。

 ただ結果として耳栓みみせんをする暇がなかったか、耳栓みみせんくらいじゃ対策不足だったという訳だ。

 

 現に耳栓みみせんをしている魔族もいれば、間に合わなかったのか地面に耳栓みみせんを落としたまま横たわる魔族もいる。

 

 だが、石塔から離れると耳栓みみせんをしている魔族兵が多くなり、苦しみながらも意識を保ってる個体も見られるようになった。

 とは言っても両手を耳から離す事は出来ないようで、歩く事もままならない状態だ。

 そんな奴らは俺の敵ではない。


 そんな中でもマンドレイクを土に戻した隙を狙って行動に出る魔族兵もいる。

 大抵の者はホッとして倒れ込むか、その隙を利用して逃げ出していくのだが、そのオーク兵は違った。

 

 シミターを振りかざして俺に襲い掛かかって来た。


「ほほ~、中々骨のある魔族兵もいるんだな……」


 そう言って再び土の中からマンドレイクを引き抜いた。


「ギャアアアアアアアアア」


「ハウアアアアア~~~!」


 マンドレイクとオーク兵の絶叫が大地に響く。

 オークの叫び声は、耳栓みみせんをしていても分かるほどだ。


 俺が吸血剣を振るうと、マンドレイクの叫び声だけしか聞こえなくなった。


 ロックヒルの周辺の木々は全て切り倒して見通しが良くなっている為、マンドレイクの叫び声も良く周囲に響き渡る。

 気が付いたらリザードマンの部隊までが、苦しそうに地面をのたうち回っている。


 あ、ヤバいかも。

 敵の敵は味方、つまりリザードマン族は味方だ。

 味方をやっちまった。

 ちょっとリザードマン部隊に近すぎたか。


 だけどここを通り過ぎれば、敵の本陣へ行けるんだがな。

 

「えええい、押し通る!」


 俺は小走りでの移動に切り替えた。

 この辺りでマンドレイクの様子に変化が表れ始めた。

 なんかぐったりしてきた感がある。

 叫び声が弱まってきた気もする。


 そうだった、マンドレイクは地面から引き抜くと長くはもたないのだ。

 それで休憩とばかりに何度も鉢植えの土に戻してはいるが、それにも限度がある。

 あと少しで魔族の本陣、ブレイン・シャーマンのところへ行けるのに!


 これは鉢植えに戻す時間を増やさないといけないな。

 俺はマンドレイクを戻したまま移動を開始した。

 この辺の魔族はリザードマン族が押さえているから、俺を相手にする暇はないだろう。


 しばらく進んでいると、後方から何かが近寄って来る


 地面の振動でそれを悟った。


 振り返ると一台の獣車がこちらに向かって激走して来る。

 その獣車は俺の横で止まる。


 見れば使役獣のカブトムシでワゴン車を牽引して来たらしい。

 カブトムシには耳は無いから、マンドレイクも利かないってことのようだ。

 そのワゴン車には御者としてタルヤ准尉、荷台にはメイケとラムラ伍長とミイニャ伍長が乗っている。


 獣車は俺の近くで停車し、御者のタルヤ准尉が俺に荷台に乗れと指さす。

 戦いが始まってからはひっそりとしていたタルヤ准尉だが、ここへきて遂に動き出したのか。

 ちょっと怖い。


 でもさすがお貴族様といったところか。

 使役獣のカブトムシも扱えるとはな。


 耳栓みみせんで聞こえはしないだろうが一応「すまない」と一言、それから俺も荷台に飛び乗った。


 俺が乗った途端、再びカブトムシは激走した。

 とは言っても所詮は使役獣のカブトムシ。

 馬ほど速くは走れないが、それでも人が走るよりも速いし持久力も高い。


 ガタガタ揺れる荷台の上で、メイケがボルトを取り出して俺に見せる。

 それはブレインの暗殺の時の毒ボルト。

 全部使い切っていなかったようだ。

 見ると残りは二本だ。

 これでブレインを仕留めるってことか。


 獣車は魔族兵を蹂躙じゅうりんしつつ森へと到達した。


 そして目の前には魔族軍の本陣が見える。


 ブレイン・シャーマンはもう目の前だ。









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る