第152話 扉の前での攻防







 


「は、初めから、お前らに選択の余地などあるわけないだろ。さあ、かかって来い!」


 俺の挑発の言葉が通じないようで、相変わらずオーク兵はジリジリと態勢を整えている。

 脅し文句だろうくらいは通じているとは思うのだが。


 一応だが、マクロン伍長には一睨ひとにらみかましておいた。


 俺は石塔の出入り口から数歩出たところで剣を構える。

 ここに居れば後ろに回り込まれる事はないし、石塔の上の味方からの援護も貰える。

 悪くない位置取りのはず。


 オーク兵が俺を半円状に囲み始めた。


 この態勢から言って同時に襲い掛かって来る感じか。


『吸血剣よ、俺に力をくれ』


 そう願って右腕の血を刀身に垂らす。


 ――聞き入れてやる。


 そう聞こえた途端、再び剣がらぎ始めた。

 まるで深紅の色をした陽炎かげろうの様に。


 オーク兵の一人が叫んだ。


「ハウッカ、ウアハ!」

 

 それを合図に俺を取り囲む輪がせばめられていく。

 特にその中の六匹のオーク兵が先頭で、盾を構えながら迫り来る。

 恐らくこの六匹のオーク兵は精鋭なんだろう。


 ならば先に倒す。


 吸血剣が震える。


 俺は片膝を着き剣を地面すれすれに大きく振るった。


“水面斬り”


 赤いらぎが地面を這うように半円状に走り抜けた。


 六匹のオーク兵から悲鳴が上がる。


 次の瞬間、オーク兵六匹が足首を押さえて倒れ込む。


 水面斬りは盾持ち兵士には効果的な攻撃だ。

 オーク兵が今持っている丸盾で足元までカバーするには、しゃがんで地面に盾を着けなければいけない。

 咄嗟とっさにそこまで出来る兵士などそうはいない。

 しかも陽炎かげろうの様に迫る斬撃の間合いなど、そう簡単に避けられるほどの強者は中々いないだろうし、盾持ちの兵士は基本的に避けずに盾での防御をする。

 ちなみにこれは流水剣術の流派との戦いで盗んだ技だ。


 六匹のオーク兵の切れた足首から噴出する鮮血が、俺の手に持つ吸血剣へと吸い込まれていく。


 恐ろしい光景なんだと思う。

 何も知らない奴がこれを見たら、俺が悪魔に見えてもおかしくないだろう。

 空中を鮮血がただよい剣に吸い込まれていく光景、誰がそれを理解できるのだろうか。


 ここにいる少女達は、俺がどういう人間かしっているからこそ冷静でいられる。

 俺が魔剣を持っていることを知っているからこそ平然としていられる。


「うわああっ、みんなあれを見るにゃ。ボルフにゃんが血を集めてるにゃあ。悪魔にゃ、キモイ悪魔にゃ」


 お前も張り倒してやろうか!


 屋上からミイニャ伍長が下をのぞいていた。

 しかし、しっかり者のマクロン伍長が階下の窓からミイニャ伍長に指摘する。


「ミイニャ伍長っ、ボルフ“小隊長”でしょっ、ちゃんと言いなさい!」


 そこかよっ!


 小隊長を悪魔呼ばわりする下士官ってどうなのよ。

 だが、今はそれどころじゃない。


 オーク兵どもは、先頭の強者が一瞬で六匹も戦闘不能にされたことで、警戒を強めたようだ。

 俺を囲んだ半円状の輪が一向にせばまらない。

 逆に俺が一歩前へ歩を進めると、奴らは一歩後ずさりする。

 完全にこの場の空気を俺が掌握しょうあくした。


 戦いの場では、その場の空気を掌握しょうあく出来た方が戦いを有利に進められるというのは定石だ。

 これで俺達の有利な方向へ、戦いの流れを向けさせてやる。


 戦況の把握はあくをするために視線をゆっくりと巡らすと、やや後方に赤い羽根の飾りを付けたオーク兵が目に留まる。


 あいつが指揮官か。


 俺は剣の切っ先をその指揮官らしいオーク兵に向けた。


 するとその指揮官らしきオーク兵が牙をき出しにしてほくそ笑み、他のオーク兵をき分けて俺の前へと歩み出て来る。

 革鎧にリング状の金属を張り付けた、リングメイルアーマーだ。

 頭には金属製の兜、その兜に大きな赤い羽根飾りが付いている。

 武器は反身そりみの剣、人族で言うところのシミターのようだ。

 間違いなくこいつは指揮官クラス。


 そのオーク指揮官は俺の前まで来ると、立ち止まって言った。


「グラッグ……ウラヤハ、オウオ、ハハルッハ」


 意味不明。

 

 しかし『グラッグ』という言葉は聞き取れた。

 確か敵軍の中での俺の呼び名、つまり“地上の悪魔”って意味のはず。

 ということは、俺の事を知っているってことだ。

 敵に俺の名がかなり深く知れ渡っちまったか。


 フフフ……悪い気はしない。


 オークの指揮官は、俺が剣で指し示したことで一騎打ちをいどまれたと思っているらしい。

 おもむろにシミターを抜いた。

 ならば……


 俺は剣を頭上に真っすぐに挙げて止める。

 そして軽く笑みをこぼしてから剣を振り下ろして叫んだ。


「やれ!」


 俺の合図で狭間はざまや屋上で、今か今かとクロスボウを構えていた少女達が一斉にボルトを放った。


 ドスドスドスっと音を立ててリングメイルアーマーを貫くボルトの数々。

 弓で難しい鎧でも、クロスボウなら射貫いぬける。

 

 信じられないという表情で自分に突き刺さったボルトを見るオーク指揮官。

 しかし戦意は消失していないようで、なおもシミターを俺に向けてくる。


 そこで俺がそいつの目の前まで歩み寄ると、オーク指揮官は力尽きたのかガックリと両膝を地面に着いた。


 騒ぎ出す周囲のオーク兵ども。


 俺はオーク指揮官の顔面を足の裏でおもいっきり蹴飛ばして言った。


「残念だったな。俺はこういう人間だ。だから悪魔と呼ばれる」


 周囲にいた何十匹ものオーク兵どもが奇声を上げて俺に殺到する。

 しかしクロスボウの第二射がそれを阻止した。


 今度は狭間はざま、屋上のクロスボウ兵に加えて、入り口から少女達が何人も外に出て来てクロスボウを構えた。


 二射目を放つと、撃った少女兵は直ぐに装填済みのクロスボウ兵と入れ替わり、新たな敵兵に狙いを定める。


 マクロン伍長が指揮をっているようだ。

 お嬢さんだったマクロン伍長も、今や立派な下士官となったな。

 俺は嬉しいぞ。


 このまま周囲の敵を一層してやろうと思ったんだが、そう簡単にさせてはくれない。

 破壊された正面門からは次々に敵が入って来る。

 とてもじゃないが対応しきれない。

 

 そう言えば、敵の総数は千匹以上だったか。


 今や俺の目の前にはオーク兵とゴブリン兵、そしてホブゴブリン兵までが殺到している。

 しかし逃げ道などない。

 石塔の扉は既に破壊されているからだ。


 俺は目の前の敵におどりかかった。

 そしてひたすら目の前の敵を斬り捨てていく。

 

 まるで終わりのない戦いだ。

 

「ボルフ隊長、ボルト残数が底を着きそうです」


 そんな悲痛な言葉が発したのはマクロン伍長である。

 

「予備のボルトも使え!」


 俺はそう返答したんだが、予備のボルトというのはやじりが付いていないボルトの事。

 先端の木の部分をとがらしただけの練習用のボルトだ。

 だが今となっては無いよりもまし。

 使うしかない。


 そうなると一気に戦力が落ちたも同然。

 貫通力の劣るボルトと分かると敵は、意をかいさずに前進して来る。


 練習用のボルトは敵兵の盾にも刺さらずに、命中した途端に折れてしまう。

 素肌に命中しないと意味がなさそうだ。


「石塔内へ後退!」


 入り口の狭い場所での戦闘に持ち込むつもりだが、この状況だと数で押される。

 かと言って俺一人で持ちこたえるとしても長くは無理だ。

 俺の体力もそんなに持たない。

 これは少女らにも近接戦闘をしてもらう事になりそうだ。

 

 そこで俺の後ろから声が掛かる。

 俺は剣を振りながら聞き耳を立てる。


「ボルフ隊長、屋上から報告です。森の中からリザードマンの部隊が出現して、ゴブリン部隊と交戦中とのことです。その数約三百匹です!」


 屋上からの伝令内容をマクロン伍長が言ってくれたようだ。

 しかしリザードマンが人族に手を貸すだと?


 しかし俺は少し考えてから、答えに行きつく。

 

 そうか、リザードマン達は巨大魚を喰ったのはゴブリンだと思っているからか。

 









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