第150話 グリフォン再び








 殺気を感じて上空を見れば、今まさに急降下して来る魔物が目に入った。


「グリフォン!」


 そう叫ぶので精一杯だった。


 俺は直ぐに石畳みに伏せたが、それは本当にギリギリだった。

 グリフォンは俺に狙いを定めたようで、伏せた俺の背中に迫る殺気を感じる。

 

 グリフォンの爪が俺の右肩の革鎧を吹っ飛ばして、その下の皮膚をも削る。


 肩鎧部分が無かったら致命傷だったかもしれない。

 幸いに傷はそれほど深くはなさそうだ。


 近接戦闘に気がいってて、完全に上空は盲点だった。

 グリフォンが狙っていたのは俺のようで、狙いが少女だったら爪で引き裂かれていただろう。


 あれは前に撃ち漏らしたグリフォンだ。

 腰にミイニャが斬りつけた傷があった、奴に間違いない。


 しかしその攻撃で、あっと言う間にクロスボウ少女らはパニック状態に陥った。

 俺は混乱状況を打破するべく声を張る。


「ラムラ伍長とホッホ曹長はバリスタを用意、ロー伍長とミイニャ伍長はゴブリン兵を任せたぞ!」


 さらにクロスボウの少女隊にも声を掛ける。


ひるむな! 起き上がって発射準備。目標はグリフォン!」


 俺の怒声でパニック状態から抜け出したクロスボウの少女達。

 そこへ伝令少女が階段を駆け上がって来て言った。


「扉が、扉が突破されそうです!」


 一階の出入り口扉だ。

 上と下と空と三か所からの攻めだ。

 だが、今ここを俺が離れる訳にはいかない。

 グリフォンをこのまま放って置けはしない。

 だから返答は決まっている。


「マクロン伍長に伝えろ。いざとなったら“アレ”の使用を許可すると」


 それを聞いて伝令少女が再び階段を走って降りて行く。


 俺は大きく深呼吸をする。


 大丈夫だ。


 俺は落ち着いている。


 吸血剣を見る。


 吸血剣からも見られている気がする。


 剣から感情が伝わる。


 何がおかしい?


 吸血剣が笑っているのだ。


 すると何故か俺も笑いが顔から漏れる。


 周囲を見わたせば、バリスタが間に合いそうもないのが分かるが、必死に発射の為の準備はしている。

 攻城塔から乗り込んで来る敵兵は、すべてゴブリン兵のようで問題なさそうだ。

 渡られる前に、渡し板の上で全て叩き落としている。


 クロスボウの発射準備は出来ているようで、少女らは上空のグリフォンを狙っている。


「クロスボウ部隊は自由射撃しろ」


 俺はそう言い残して上空を見上げる。


 丁度グリフォンが急降下してくるところだ。


 クロスボウがボルトを次々に放っていく。


 何本かのボルトが刺さっているとは思うが、あまり効いていなさそうに見える。

 グリフォンは平然と降下を続けて迫り来る。


 俺は右手で剣を構えた。

 左手には手斧を持つ、いつものスタイル。


 グリフォンが視界一杯に迫る。

 

 やはり狙いは俺らしい。


 突き刺さったボルトまではっきりと確認できる距離。


 グリフォンの鋭い爪がキラリと光った気がした。


 手斧を投げつける。


 右のカギ爪で弾かれた。


 左のカギ爪が俺に迫る。


 吸血剣を突き出す。


 カギ爪とぶつかり嫌な音を立てる。


 グリフォンは再び上昇して行く。


 攻撃は防いだが体重差が俺の身体を石畳に打ち付けた。


 その時、背中を強打。

 肺の中の空気を「ガハッ」と一気に吐き出す。


 息が出来ない。

 

 だが今はそれどころじゃない。


 苦しみに耐えながらも俺は起き上がって、次の攻撃に備える。

 だがこの状態で奴を倒すイメージが思い浮かばない。


 剣がグリフォンの身体に届かないと言うのが大きい。

 剣が届く前にカギ爪が来る。

 

 ここでやっと呼吸が出来た。

 俺は深呼吸する。


 俺はここで使う事を決断した。

 印を組み、詠唱を始める。

 『シャドウソード』の魔法だ。


 今のこの魔法ならば剣が巨大になる。

 それならグリフォンの身体に剣が届くはずだ。

 

 グリフォンが迫って来る。


 詠唱は完了。


「シャドウソード!」


 あれ?

 

 発動しない!


 俺は慌ててその場に伏せる。


 右腕に激痛が走り、風圧を残してグリフォンは上昇する。


 また右手を狙われた。

 恐らくこの吸血剣を狙っているんだろう。

 奴にはこれが危険な剣と分かるようだ。


 俺が起き上がると右腕の鎧が引き裂かれ、そこから鮮血がしたたり始めた。


 左手で傷口を押さえるが、その程度じゃ出血は止まらない。


 血が右腕を伝って吸血剣の刃の部分へと伝ったその時。


 ゴゴゴゴゴ……


 驚くほどに剣が震えた。


 魔剣から恍惚こうこつの感情が伝わって来る。


 ――最高の美酒


 俺の血が美酒だと?


 剣を通じて俺に力がみなぎってくる。

 そこで違和感を感じて手にしている剣に視線を落とす。


 吸血剣の刀身の色が変わっている。

 深いくれないの色、まるで血の色だ。


 グリフォンが迫って来るのを感じる。

 今までの感覚とは違う。


 なんだこれは。


 吸血剣を通して感じるような感覚だが負の感情ではない。

 敵が迫って来る感覚がハッキリと伝わる。

 それと敵にこの剣を突き入れたい感情も。


「ははははは、いいぞ、いいぞ。やってやる」


 俺が感情を声に出すと、少女らの視線が俺に集中する。

 俺は気にせずに剣先を上空のグリフォンに向ける。


「お前は俺が倒す」


 少女の一人が「始まったよ」とか言ってるがスルーだ。


 聞こえたのか分からないが、グリフォンは俺とほぼ同じ高さまで高度を下げると、そのまま今度は真横から襲い掛かって来た。


 俺は吸血剣を下段に構える。


 前に剣聖と戦った時に見た流水剣術の構えだ。


 ホッホ曹長が驚いた様子で俺を見ている。

 護衛少女の二人も同様だ。

 彼女らは剣聖道場の元門下生だから当然か。


 そして下段に構えた赤く染まった吸血剣が、陽炎のように揺らぎ始めた。







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