第149話 攻城塔を迎え撃て







 夜明けとともに再び本格的な攻撃が始まった。


 石塔とほぼ同じ高さに組まれたやぐらがこちらに向かって来ている。

 やぐらは後方に隠していたらしく、それを夜中の内にここまで移動して来たようだ。


 そのやぐらは攻城塔という攻城兵器で全部で二基ある。

 やぐらに車輪を付けたような、動く建物といった感じだ。

 そのやぐらに兵を登らせて、石塔の屋上に乗り移る作戦だろう。

 

 近づけまいとしてバリスタやクロスボウで応戦するが、矢避け用に革が張り巡らされていて、そこに隠れたゴブリン兵は見えづらく狙いにくい。

 さらに要所要所には板が張られていて、そこに隠れながら空いた隙間から石弓を撃ってくる。


 直ぐに火の着いたボルトや火炎弾をぶつけてみたが、燃えることは燃えるのだが、燃え尽きる前にこちらにたどり着きそうな勢いだ。

 特に張り巡らした革が燃えづらい作りらしく、火の回りが遅い。

 そこで二基あるうちの一基に的を絞ることにした。


「右側の攻城塔に攻撃を集中しろ!」


 攻撃を集中したおかげか、右側の攻城塔が勢い良く燃え始めた。

 本格的に火が付けば後は放って置いても片が付く。

 火が付いた攻城塔はロックヒルにたどり着く前に移動を停止、それを牽引していた魔物やゴブリン兵が逃げ出した。

 

 残るもう一基を叩けば……


 しかし善戦虚しく、もう一基の攻城塔は破壊された正面門を抜けて最接近。

 目の前に大きな塔が迫る。


 屋上に集められた少女らの悲痛な声が周囲に響く。


 攻城塔は石塔に接岸した後、恐らく渡し板を石塔の屋上に掛け、それを伝って乗り込んで来るつもりだ。

 接近を許したらマズいと分かっているが、どうにもならない。

 屋上で迎え撃つしかない。


 石塔の屋上はそう広くはない。

 クロスボウで応戦するには場所を空けて人員を絞らなくてはいけない。

 それと接近戦要員も選抜しないといけない。


 俺はクロスボウ要員として10名残し、あらかじめ伝えておいた接近戦要員6名を集めた。

 それ以外は階下へ下がらせた。

 負傷兵が出たらすぐに交代して、常にこの人数は保つつもりだ。

 接近戦要員はロー伍長、ミイニャ伍長、ラムラ伍長、ホッホ曹長の四名、そしてクロスボウ要員の護衛としてホッホ曹長の連れて来た護衛少女二人だ。


「迎え撃つ! 全員準備しろ!」


 俺の腹底から響かせる声と同時に、攻城塔の上部に立て掛けてあった渡し板がバタンと倒された。

 これで攻城塔と石塔は橋でつながってしまった。

 倒された渡し板を伝って一気に敵兵が乗り移って来る。


 予想外だったのはそれがゴブリン兵ではなく、ホブゴブリン兵だったことだ。


 内心「しまった」という感情が脳裏をよぎる。

 こいつらの剣の力量でホブゴブリン兵は厳しい。

 だが今更どうにもならない、全て俺が排除するしかない。


 くそ、やってやるよ!


 渡し板を勇ましくホブゴブリン兵がメイスを振り上げ、雄叫びを上げながら走り寄る。


「撃て!」


 俺の合図で一斉にクロスボウのボルトがそのホブゴブリン兵を襲う。


 そこへ音を立てて突き刺さるボルト。


 走り寄って来たホブゴブリン兵が呻き声を上げて地上に落下する。


 だが敵はひるむどころではない。


 後続にいた別のホブゴブリン兵が二匹、身体に刺さったボルトを押さえながら足が止まる。

 

 さらに後続のホブゴブリン兵が、足の止まったその二匹を足で地上へ突き落した。

 

 通り道が出来たとばかりに、次々に渡し板を渡って屋上に乗り込んで来る。


 不幸中の幸いなのは、攻城塔の上には多くのホブゴブリン兵を乗せられないようだ。

 生き残ったホブゴブリン兵は四匹、それ以外はゴブリン兵ばかり。

 ただ、身軽なゴブリン兵は地上から梯子はしごを使って攻城塔に登って来る。

 そして次々に渡し板を使って石塔屋上に乗り移る。


 このままでは屋上はゴブリン兵で一杯になってしまうのだが、攻城塔は今なお燃えつつある。

 石塔の階下の狭間はざまからは、しっかりと火を放っているからだ。


 こうなれば俺達はここを死守して、攻城塔が燃え尽きる時間を稼がないといけない。


「ホッホ曹長は兜に青い飾りのついた奴を頼む。ロー伍長は黄色い羽根飾りの奴だ」


 二人は小さく返事を返す。

 それを横目で確認すると俺はさらに続ける。


「ミイニャ伍長とラムラ伍長はゴブリン兵を一掃しろ。残ったホブゴブリン二匹は俺が引き受ける。良し、行けっ!」


 ホッホ曹長とロー伍長が直ぐ敵に歩み寄る。

 ラムラ伍長とミイニャ伍長はそれぞれ、屋上の端へ回り込んでいく。


 自然と俺の前には敵のホブゴブリン兵二匹が対峙した。


「さあ、来いよ」


 そう言って剣を引き抜くと、吸血剣が大きく躍動やくどうする。


 いつもの様に憎悪ぞうおねたみ、嫌悪けんおうらみ、と言ったあらゆる負の感情が俺の中に流れ込む。


「どうやら今日も調子良さそうだな」


 目の前の二匹のホブゴブリン兵の視線が吸血剣に集まっている。


 その二匹はメイスと盾を構えたまま動かない。


 解かるのか?

 

 この剣が何か知っているのか?


 俺が一歩前へ出る。


「ウゴアアア!」


 突如ホブゴブリン兵の一匹が叫びながら俺に襲い掛かって来た。


 振り上げたメイスを叩きつける様に振り下ろす。


 俺は身体をわずかにずらす。


 メイスが横を通り過ぎる。


 ドスンと地響きが聞こえた。


 石畳みをホブゴブリンのメイスが削っていた。

 

 視線を動かす。


 ホブゴブリンがニヤリとした。


 俺も笑い返す。


 これで挨拶はすんだな。


 俺はガラ空きになったホブゴブリン兵の肩口に剣を軽く振り下ろした。


 鮮血が舞う。


 ――吸血剣も笑っている。


 すぐさまもう一匹のホブゴブリン兵が俺におどりかかって来る。


 ホブゴブリン兵の肩口に刺さった剣を力一杯引き抜く。


 その勢いのまま身体を回転させる。


 回転を利用して剣を横なぎに振るう。

 

 剣を持つ手に確かな手ごたえを感じる。


 視界にホブゴブリンの首が飛び込んで来る。


 目をカッと見開いたままだ。


 そして鮮血を巻きながら石畳の上に首がグシャっ落ちる。


 同時に首がない胴体がゆっくりと崩れ落ちた。


 剣の切れ味が良くなっている?


 ここまであっという間だった。

 戦っている気がしない。


 物足りないな。


 ――血が足りない。


 あまり好ましくはないが、吸血剣と意見が一致した。


 隣を見れば少女らも奮闘している。


 ホッホ曹長とロー伍長は同じくらいの剣術レベルだろうか。


 二人ともホブゴブリン兵とは中々良い戦いをしている。

 ホブゴブリン兵と一人で渡り合えるならば、剣士としては合格以上だ。

 これなら歩兵としてもやっていけるレベル。


 ただ、ホッホ曹長はまだ道場の剣術の域を出ていない。

 戦場での戦い方を学んでほしい。


 まあ、危ない場面があれば俺がフォローする。


 ミイニャ伍長もゴブリン兵相手なら無双状態。


 ミイニャ伍長が曲刀の槍を「ふにゃあ」と振るえば、ゴブリン兵ごときなど吹っ飛ばされて、悲鳴を上げて地上へと落下して行く。


「タイプーンアタックにゃ!」


 そう言って変ポースをとる。

 そういうのいらないから、それに“タイフーン”の間違いだろ。

 それにな、人差し指と中指を目に当てるそのポーズ、どこで覚えて来るんだってゆうか、誰に見せてるんだよ。


 俺を見るな!


 ラムラ伍長の剣鉈けんなたも中々どうして、調子よくゴブリン兵を青い炎で燃やしていく。

 剣鉈けんなたを両手持ちして戦っているのだが、ラムラ伍長に合っているようだ。

 剣鉈けんなたは重い武器で、女性が片手では扱い切れない。

 だが両手でその武器の重量を生かした攻撃を繰り出せるようになれば、それは強力な武器となる。


 ラムラ伍長はまるで竜巻のように回転して、その刃を盾ごとゴブリン兵にぶつけて吹っ飛ばした。

 ギリギリ屋上からの落下に耐えたゴブリン兵だったが、持っていた盾が青い炎に包まれて、「ギギャッ」と叫んで盾から手を放す。


 そこへ詰め寄ったラムラ伍長が言った。


「よくぞ“竜巻斬り”を耐えたな。でもこれで終わりだね」


 そう言ってゴブリン兵を足蹴にして落下させて再び口を開く。


「次はどいつだ!」


 あ、こいつもちょっと調子乗ってやがるな……


 周囲を見わたせば、屋上に敵兵の姿はない。


 梯子はしごを上って来たゴブリン兵は、渡し板を渡る途中で次々にクロスボウに撃たれている。

 そのゴブリン兵すべてにボルトを命中させているから、こちらに乗り移って来る敵がいないのだ。

 きっとこれはボルトが無くなるまで続くだろう。

 

 あれ、そうなると接近戦要員の役割がないな。


 と思っていた時、強い殺気を感じた。


 それは上空から来た。







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