第148話 籠城







 ウォーワゴン一基を破壊しているうちにも、オーク部隊とゴブリン部隊は前進して来ていた。

 そして残ったウォーワゴンのカタパルトからは、油の入ったかめが繰り返し投射されていく。

 そのすべてが正面門に集中だ。

 ちょっとまずい状況。


 ロックヒルの周囲には防壁が張り巡らされていて、そのさらに周囲には人の腰くらいの深さのなだらかな溝が掘られている。

 そうすることにより、防壁に近づいていくと斜めに掘られた溝が敵をはばむ。

 特に攻城兵器などは、ある程度平らな場所での使用を想定している。

 だから攻城兵器を使用するには、溝を平らにする必要があるのだ。


 ただ、その溝も正面門にはない。

 溝があると人の行き来が出来ないからだ。

 跳ね橋も考えたのだが、手間が掛かることから正面門のところだけ溝を掘らない形にした。

 

 だから敵も正面門の突破を狙っているのだろう。


 油の入ったかめをいくつも撃ち込まれて火を着けられると、徐々に耐火性の扉も燃え始めた。

 これだと突破されるのも時間の問題だな。

 そこへゴブリン兵とオーク兵が門めがけて接近してきた。


 ゴブリン兵が炎でもろくなった門を打ち破ろうと、取っ手の付いた丸太を運び込もうとしている。


 それを阻止しようとクロスボウのボルトが風を切り、ゴブリン兵へと撃ち込まれていく。

 しかし倒れても直ぐに新たなゴブリン兵が交代して、その速度はおとろえない。

 既に正面に少女らを集めて抵抗はしているのだが、それでも敵の勢いは衰えてくれない。

 これは予想よりも早く正面門は落とされそうだ。


 そして遂にゴブリンの丸太部隊が正面門の扉に、その丸太を打ち付け始めた。

 そこで俺は新たな命令を出す。


「総員、石塔に退去しろ!」


 伝令の少女兵が俺の命令を伝えに走り出す。

 その表情は恐怖で青ざめている。


 それより第二ワルキューレ小隊、タルヤ准尉の小隊の少女兵はもっとビビっている。

 彼女らの中には敵の待ち伏せに遭って、多数の死者を出した戦いを経験している者が多い。

 そのつらい経験がよみがえってくるのか、戦闘に参加出来ずに縮こまっている少女が目立つ。


 ただ、中には勇敢ゆうかんにクロスボウを敵に向ける少女も多数いる。

 だがクロスボウの腕は未熟。

 クロスボウの装填速度は遅く、第一ワルキューレ小隊の少女らの様に多くのボルトを撃てない。

 だから物陰に隠れている時間が長いため、敵に姿をさらす時間も少なく、それが功を奏したのか負傷者は出ているが死傷者は今のところ出ていない。

 

 死者が出たら第二ワルキューレ小隊は崩壊しそうなので、待避命令を早めに出したのだ。

 まあ、第一ワルキューレ小隊の方で死者が出たら、崩壊というよりも俺が大変な事になりそうだがな。


 本来ならば門のところで粘って、敵の数を減らしたかったのだが、退避優先で事を進めた。


 石塔の中には戦闘続行に必要な物質は揃っているし、何よりも石で造られているから頑丈だ。

 さすがに百人近くが中に入ると狭いのだが、そんなこと言ってる場合じゃない。

 さらにそこへ馬や使役魔物のカブトムシも入れてしまった。

 馬やカブトムシがむざむざ殺されるのを黙って見ているのを少女らが良しとしなかったからだ。


 全員が石塔に入ったところで石塔の正面扉を閉める合図を出す。


 扉は木製だが上層部分は石造りなため、火を着けられても上から水を掛けて消火すれば長時間持つ。

 その間に味方の増援がきっと来る、来なきゃ困る。


 石塔の出入り口の重い扉を数人で閉めながら、最後に入って来たマクロン伍長が全員が中に入ったのを確認して声を上げた。


「扉を閉じま~す」


 こうして俺達は袋のネズミとなった。


 ここで負傷兵の救護とボルトの残数をチェック。

 石塔にある狭間はざまに兵を配置、屋上の兵の配置と、狭い石塔内で少女らが行き来する。

 これが結構凄い光景だ。

 少女ばかりがこの狭い中にギュウギュウ詰め状態。

 俺みたいな身体がでかい奴が装備を着けたまま移動しようものなら、嫌でもお互いの身体が触れる。

 いや違うな、密着する。


 第一ワルキューレ小隊の少女は慣れたもんで、「ボルフ隊長、ちょっと失礼しますね~、変なとこ触んないでくださいよ~」とか言ってごく普通にすれ違うのだが、第二ワルキューレ小隊の少女らは違う。

 なんせ女しかいない小隊なのだから、男に対しての抵抗が物凄い。

 十代の少女らと言えば男女の関係にシビアな年齢。


 変な目で俺を見る少女もいるし、目を合わせない様にする少女もいるしで、一概に表現は難しいのだが、明らかに疎外そがい感は感じる。


 それで第二ワルキューレ小隊の少女とすれ違う場合、顔を真っ赤に染めて「ひ~」とか「うえっ」とか「マジ~」とか言いながら、露骨に嫌な顔されたりにらまれたりしながらすれ違わないといけない。

 これが貴族の隊長だとまた違うんだが、生憎あいにく俺は平民隊長だ。

 それも貧民。

 どうしても扱いが雑にされる。

 これが男兵士ばかりだと、逆に俺を恐れて勝手に道が出来るんだが。


 階段を登って行くと、アカサが上から降りて来た。

 さっきから俺の行く先々でアカサとすれ違う気がするのだが、気のせいだろうか。


「おい、アカサ。もうちょっと端に寄れ」


「な~に照れてんですか~、よいしょっ、あっ……」


「おい、アカサ! うっとおしい。体を擦り着けてくるな!」


 俺がそう叫んだ途端、いつの間に現れたのか、電光石火でアカサの後頭部を「バチーン」と引っ叩くマクロン伍長。

 そのまま襟首えりくびを掴んで、「いや~」と叫ぶアカサを下の階まで引きずって行った。




 そして間もなくした頃、遂に正面門が突破された。

 炎によってもらくなった正面門の扉は、敵の丸太によって破壊されてしまった。


 敵兵が一気に流れ込む。


「良く狙って確実に倒せ。ボルトを無駄にするな!」


 ここまでくると少女らにも悲壮ひそう感が出てくる。

 ロックヒルを取り囲んでいた防壁が破られたのだ。

 俺の中では想定済みだったんだが、少女らにとってはかなりショックだったようだ。

 だからと言って逃げる場所などない。

 完全に囲まれている。


 しかし陽が沈んだ頃になると、そこで敵の攻撃が止まった。


 防壁の外周で敵兵が野営の準備を始めているのが見える。

 防壁の影で休んでいるらしく、良くは見えないが彼らも休憩は取るようだ。

 

 ただし、俺達を休ませないようにと、時々攻撃を仕掛けて来るのは変わらない。

 でも位置的にこちらは敵を見下ろす形となって攻撃は有利だ。

 間違いなく、敵兵の死傷者数は増えていく。

 俺達も負傷兵は増えているが、戦いの準備段階で多めのポーションは確保している。

 そのおかげで死者は一人もいないし、負傷兵も数日あれば回復できる者もいる。


 まだやれる、そう思っていた。


 




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