第131話 漁場






「出発じゃ!」


 ロー伍長の号令の下、第一ワルキューレ小隊は夜明け前にはロックヒルを出発した。

 二頭立ての馬車が全部で三台とカブトムシの獣車が一台だ。

 それぞれの荷台に少女らは分乗している。

 カブトムシが引く荷車には分隊の荷物が積まれており、さらにカートに乗せた二連装バリスタも牽引けんいんしている。


 俺は一人だけ乗馬で先頭を進んだ。

 灰色川へは3、4時間ほどの道のりとなる。


 俺は小隊長になったということで馬の所持が許され、ユーロンが使っていた馬を所持している。

 暗い灰色の体毛でどことなく暗い感じの馬だ。

 リューホの馬も第一ワルキューレ小隊に貰えたんだが、それは伝令用にロックヒルに置いてある。

 そっちの馬は足が速く伝令向きだろう。


 しかし今更だが、まさか平民の俺が小隊を持つことになって、乗馬して行軍できるようになるとはな。

 平民とは言っても、恰好だけは士官に近い。

 士官との違いはかぶとに装飾がないこと。

 装飾付きはお貴族様の特権だそうだ。

 ただ戦場では目立って狙われるし邪魔になるからと、装飾を着けない貴族もいるからややこしい。

 だから戦場で俺を見かけた貴族が、俺を貴族と勘違いする事もあり得る。

 それでだましたとか言われるのは困る。

 

 



 行軍を始めて二時間もすると、地平線と空の境の辺りが赤く染まってきた。

 夜明けが近い。


 そしてしばらくすると、陽の光で辺りが薄っすらと明るくなってきた。


 馬車からは完全装備の少女兵らが次々に降りていく。

 乗り物は見張りの少女兵数人と一緒にすべて森の中へと隠し、ここからは徒歩で進行する。


 灰色川はもう目の前。


 森を抜けると名前の通りの灰色に染まった川が見えて来た。

 川は一番幅のある場所でも二十メートルほどで、それ以外に枝分かれした幅数メートルの川が本流に合流したり離れたりを繰り返している。

 だから岩がゴロゴロしている河川敷の幅は広い。

 河川敷は幅百メートル以上はあるだろうか。


 昼間にこの人数で河川敷に出れば、間違いなく建設地にいるゴブリン兵に気が付かれる。


 だが問題ない。


 まずは人力で引っ張って来たバリスタの設置作業を始める。

 その頃になると陽は完全に昇り、俺達の姿は丸見えだ。

 対岸のゴブリン兵が騒ぎ出したのが見える。


 そしてしばらくすると、ゴブリン小隊が川の浅瀬を渡り始めた。

 建設部隊は後方へ撤退して行くらしい。


 そしてゴブリン小隊が、河川敷から川の本流を渡り始めたところで攻撃を開始した。


「撃て!」


 クロスボウの一斉射撃だ。

 斉射は最初だけで、それ以降は自由射撃に切り替えた。


 ゴブリン小隊はというと浅瀬とはいえ、川の流れに足を取られて歩くのがやっとの状態。

 しかし前方からはクロスボウ攻撃、進むに進めず背中を見せての後退も出来ず、右往左往し始めた。


 川の浅瀬はこの辺りだとここだけだけだから、ここを抑えてしまえばこちらに渡って来れない。

 そのかわりこちらも渡れない。

 

「バリスタ発射用意!」


 俺の合図に少女らがバリスタの準備に取り掛かる。

 俺は続けて指示を出す。


「火弾を装填!」


 飛ばすのは油の入ったごく小さな壺で、火を着けて放てば着弾の衝撃で火の着いた油を周囲に撒き散らす。

 狙うは建設資材だ。

 とはいっても、百メートル以上の距離がある。

 そう簡単に命中はしないし、命中して火を着けたとしても消されれば終わり。

 だから狙いはあくまでも敵にプレッシャーを与えること。


「放て~」


 初弾は全然届かず河川敷に着弾。

 敵ゴブリンも応戦で石弓で小石を飛ばしてくるが、この距離だとそう簡単には当たらない。

 ましてやこの距離だと、小石がどこまで飛んでいるかを確認できない。

 そうなると敵は狙う事なんて出来やしない。

 結果当たらない。


 それにこちらには矢避けの盾、つまり『矢盾』がある。

 これを地面に立てて置くだけでかなり防げる。


 完全に一方的な攻撃になった。


 しかしバリスタは二連装とはいえ一基しかない。

 となると命中を得るまで時間が掛かった。

 そして十回ほど放ってやっと命中と言える結果を得られる。


 敵の資材置き場に火が付いたのだ。


 そこで避難していた建設部隊のゴブリンが慌てて水や砂をかけて消火を始める。

 残念ながら火は直ぐに消し止められてしまった。

 建設部隊の数が百はいるから、その辺の作業は頭数の多さで早い。


「よおし、バリスタと見張りは交代制にするぞ。他はそうだな、休憩にするか」


 俺達はここに陣取って、敵の射程外から嫌がらせをして敵が動くのを待つだけだ。

 奴らは監視砦の建設に多くの木材を使っているのだが、その木材の仕入れ場所が俺達のいる側の森なのだ。

 向こう岸にある森は遠く、川を渡ったこちら側から材木を仕入れた方が早い。

 だから俺達がここにいる限り、奴らは建設を進められない。

 敵を直接撃退できないが、少なくとも砦の建設は防げる。


 少女らは休憩と言われてその辺の岩に座ってくつろぎ始めた。

 そこでミイニャ伍長から声が掛かる。


「ボルフにゃん……隊長、川で魚獲っちゃ駄目にゃ?」


 さすがに川まで行くと石弓の有効射程に入ってしまう。

 ゴブリン共が河川敷の岩場まで来て陣取って、俺達を監視し始めているからな。


 だがこのままだと敵も動かないしな。

 ならばちょっとだけ挑発ちょうはつしてみるか。


「ミイニャ伍長、漁の許可をやるが、敵も馬鹿じゃない。攻撃して来るから十分注意すること、いいな」

 

「わかったにゃっ!」


 ミイニャ伍長は嬉しそうに自分の分隊へと戻って行った。


 そして、矢盾を担いでミイニャ分隊は漁場へと向かった。

 漁場も直ぐ近くにあり、そこだけは川が一本に合流して幅が広い。

 しかも深い。


 ミイニャ分隊がその漁場へと移動して行くと、対岸でもゴブリン部隊がそれを追うように川沿いを移動して行く。

 そして漁場の近くまで行くと、ミイニャ分隊の少女らが矢盾で防ぎながら川へと近づいて行く。

 もちろんゴブリン兵がそれを黙って見ているはずもない。


 石弓の攻撃が始まった。


 小石が矢盾にコンコンと打ち付ける。

 ゴブリン兵は石弓を撃ちながら川へと近づく。

 

 こっちは投射武器がメインの部隊だぞ。

 ワルキューレ中隊の中でも一番の古参の小隊だぞ。

 俺が一から育てたこの少女クロスボウ小隊、こいつらの腕前を思い知らせてやろうか。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る