第129話 灰色川と監視塔






 ロー伍長は眼を見開いて言った。


「おい、お主、今言ったことは冗談じゃろ?」


「冗談に決まってるだろ、ムキになるな」


「いや、違うのじゃ。そう言うことを言ってるんじゃないのじゃ。魔剣が血を吸うってところなのじゃ!」


 ロー伍長の態度が急変したな。

 マズい事言ったかな、俺。


「おいおい、何興奮してるんだよ。血を吸ったのをチラッと見た気がしたってだけだから」


「お主、何もわかっておらんのじゃ。血を吸う魔剣というのはこの世にひとつしかないのじゃ」


 まあ、王様から頂いたものですからね、珍しい剣でも別に驚きませんよ。


「だからどうしたって俺は言いたいんだがな」


「良く聞くんじゃぞ、ボルフ兵曹長。血を吸う魔剣、通称“吸血剣”と言われておる魔剣じゃ。今から500年前に遺跡から発見された剣と言われている。詳しくは私も知らぬ。問題はその魔剣の持ち主の末路じゃ」


 何か嫌な予感がしてきた。


「末路ってことは、変な死に方でもしたのか?」


「そうじゃ。記録によるとじゃな、温和だった持ち主の性格が急に荒くなって、殺戮さつりくを繰り返すようになったと記されているのじゃ。最後はそれを勇者が始末したと書いてあるのじゃ」


 完全に悪者じゃないか。

 しかも勇者に殺されたとか悪役でしかない。


「そうか……それでその剣はどうなったんだ」


「それがのう、その魔剣は行方が分からなくなっておってのう。それで今では吸血剣なんて本当は実在してなかったんじゃないかと思われてるのじゃ。なんせ記録が個人の記録書にしか書かれておらぬ、王都の公式記録書にさえ載っていないのじゃからのう」


「ちょっと待ってくれよ。この魔剣は王様から貰ったんだぞ。記録がない訳ないだろ」


「いや、違うのじゃ、ボルフ兵曹長。王からうけたまわった剣だからこそ記録がないのじゃ。貴族にとって魔剣は邪なるものとされておる。となれば王族が魔剣を保管していたという記録があってはマズいのじゃ。それで記録がなかったのじゃろう」


 そういうことか。


「それじゃあ、この魔剣が本当に伝説の“吸血剣”だというのか?」


「可能性はあると思うのじゃが、はっきりは解からん。噂によると王族は多数の魔剣を隠し持っておるらしいからのう。記録ない魔剣など腐るほどあると思うのじゃ。だからそれが吸血剣かもしれんが、そうじゃないかもしれん」


「そうか。それなら深く考えてもしょうがなさそうだ。もしも俺がおかしくなったらロー伍長、その魔剣で俺を止めてくれ」


「ああ、承知したのじゃ。遠慮なく斬らしてもらうのじゃ。それから、そろそろその剣のさやを作ったらどうなのじゃ」


「もう注文をしているよ。出来たら送ってもらえるように頼んである」


 そう言って魔剣を夕日に掲げながら俺は確信した。

 ロー伍長が言った剣とあまりに特徴が一致しすぎている。

 なんとなくだが俺には分かる、この剣は伝説の“吸血剣”だ。

 

 ロー伍長がその俺を見てつぶやいた。


「やはり、お主も魔剣に魅入られたのじゃ。想像した通りなのじゃ」


 そして「ひゃっひゃっひゃ」とイヤらしい笑いを夕日に響かせるのだった。




  *  *  *




 ロックヒル前哨基地の完成。


 遂にこの日が来た。


 頑丈な門も作られ石造りの中央監視塔が建ち、四つある見張り塔すべてにバリスタの設置。

 中央監視塔にはさらに大きめの二連装式バリスタを設置した。


 グリフォンの襲撃を体験し、空の脅威に対抗する武器がどうしてもほしかったからだ。


 結果、ロックヒル前哨基地は、規模は小さいがほぼ砦と言われてもおかしくない防備だ。

 むしろどう見ても砦だな。


 おかげで相当な金額を投資したようで、ペルル男爵は「実家にどう報告しよう」と頭を抱えていた。


 それならば第一ワルキューレ小隊は、自力で金を稼ぐ力があることを見せないといけないな。


 俺はテーブルの上に地図を広げる。


 ここロックヒルが建設中の間、何も遊んでいた訳ではない。

 あちこちに偵察を出して、この辺一帯の地形や敵勢力を調べていた。

 

 特に注意が必要なのは、歩いて二日の所になる敵の拠点でもある『黒砦』。

 そして方角は少し違うが、やはり歩いて三日の場所にあるゴブリンの城塞都市『なげきの街』。


 この二つが敵の重要拠点となる。

 

 敵の街があるということは、そこから先は敵の領地に入り込むことになる。

 そうなのだ、ここはまさしく最前線にして人族、魔族の両部族にとっての重要地点。

 つまりここロックヒルは、敵にとってはかなり邪魔な存在だと思う。

 俺だったら真っ先に潰しにかかる。


 だが俺がここにいる限り、そんな事にはならないしさせはしない。


 それと重要拠点とまではいかないが、ここから歩いて一日のところに敵の監視塔が建設中だ。

 恐らくロックヒルの牽制の為に造られているのだろう。


 それともう一つ、灰色川と言われるそこそこ大きな川が流れている。

 その川ではゴブリンがよく網で魚漁をしているの偵察部隊が確認している。

 そう、魚が豊富な川が目の前にある。


 しかし、一番漁場の良さげな場所に監視塔は建設中だ。

 だから目下のところ、その監視塔が一番の邪魔な存在だ。

 出来れば完成前に叩き潰したいが、それが出来ないでいる。

 それを潰す為の兵力が足りないのだ。


 完成前ならば二個小隊でも叩き潰せるはずだが、完成して防備が厚くなると最低でも一個中隊は必要になる。

 ペルル男爵には何度もお願いしているのだが、兵士数は急に増えるはずもないか。


 しかし不良貴族の耳にそれが入った途端とたん、瞬く間にゴーサインが出た。


「第一ワルキューレ小隊だけなら行って来て構わないよ。ロックヒルの防衛は鉱山砦から回すからさ」


 ロミー中尉の許しが出たのだ。







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