第128話 魔剣の力






 魔剣は少し長めの片手剣で、両刃でありながら片側は変わった刃が付いている。

 ギザギザのノコギリの様な刃だ。

 こんな剣は見たことない。

 鞘もなく、抜き身のままそこに横たわっている。


 俺はその魔剣に手を掛ける。


 その瞬間、俺の指先を通して剣から感情のようなものが伝わって来た。


 にくしみ、憎悪ぞうお、悲しみ、ねたみ、あらゆる感情。

 ただ共通するのはすべて『負の感情』という事。


 普通なら恐怖のため、ここで手を放してしまう事だろう。

 だが俺にとっては取るに足らない感情。


 俺は思わず言葉がこぼれ出る。


「呪われた剣、か。確かにそうかもしれないな」


 それを聞いたロー伍長が俺を見て「どうしたのじゃ」と聞いてくる。


「なあに、大したことじゃない。この剣が血を求めているだけの事だ」


 そう言って俺は黒いオーラを放つ剣を握り、チーキン騎士に対峙した。


 思ったより軽い。


 するとこの魔剣、さらに負のオーラを放つ。


 魔剣が震える。


 魔剣から殺意の感情があふれ出す。


 その感情が俺の中へと入り込む。


「ふははは、そういうことか、はははは」


 俺が笑い出した事にチーキン騎士だけじゃなく、ペルル男爵やロー伍長、そして集まって来た少女らが奇異な目で俺を見る。


 そしてチーキン騎士が告げる。


「準備はいいようだな?」


「ああ、いつでも良いですよ、ふふふふ」


 この魔剣、俺を支配しようとしていやがる!

 だがな、お前ごときが俺を支配しようなんて百年早い。

 

 チーキン騎士が剣を抜く。


 星風流とかいう剣術とか言ってたか。

 構えは普通だな。


 チーキン騎士が「参る」と声を発したと同時に、一気に距離を詰めて来る。


 動き始めはそれほど早いとは思えない。

 しかし、急に加速。

 

 身体魔法か!


 チーキン騎士の剣がきらめく。


 そして、すれ違いざまに一閃いっせん


 あまりに早い剣速に俺の目ではすべてを追えなかった。


 気が付いた時にはチーキン騎士が俺の後方まで走り抜けている。


 ――そして


「お見事……」


 そう一言だけ告げてチーキン騎士はドサリと倒れた。


 遅れてチーキン騎士の脇腹から血が噴き出す。


「あ、すまん。あまりに早かったんで、つい本気で斬ってしまい……って、だれか治療を……」


 シーンと静まるロックヒルに俺の言葉だけが響き、それがなんだか場違いに感じる。

 

 ペルル男爵を見ると、ポカーンと口を開けたまま動かない。


 まるで時間が止まったような静けさ。


 その静寂せいじゃくをロー伍長が破った。


「その男、もう死んでおるのじゃ」


 その声で我に返ったペルル男爵が慌てて告げた。


「こ、この決闘、“魔を狩る者”ボルグの勝利とする!」


 それを聞いたロックヒルの少女らが、一段と大きな歓声を上げる。


 その時、俺はふと見た剣に恐怖した。


 剣に着いた血が吸い込まれていく。


 今、俺の持つ魔剣には返り血がべっとりと付着しているんだが、それが剣に吸い取られるように消えていく。

 あっという間の出来事だった。


「この剣、血を吸って……」


 そこまで言いかけた時には、魔剣に着いた血は一滴もなかった。

 

「どうしたのじゃ、ボルフ兵曹長?」


 不思議そうに俺を覗き込むロー伍長に、俺は「何でもない」とだけ言った。

 ロー伍長の持つ魔剣が精気を吸い取るのであれば、この魔剣が血を吸い取ってもおかしくは無いか。


 そしてこの魔剣で人を斬って分かった事。

 それは血を吸ってこの剣は成長するという事。


 どう成長するのかまでは分からないが、成長しているということは何となく感じ取れる。

 もしかしたら、この魔剣は血を吸って成長し、その結果として形状を変えたりするのか?


 俺は恐ろしい剣を持ってしまったのかもしれない。


 そこでペルル男爵が俺に声を掛けた。


「僕には剣捌けんさばきが早くで見えなかったけど、どうなったんだい?」


「いや、自分にも見えませんでした。だから後はかんで動いて斬りました」


「は?」


かんです」


「……」


 そこでロー伍長がつぶやいた。


「悪魔が魔剣を持ったら誰もかなわんのじゃ」






 それからしばらくして、ペルル男爵から伝書カラスによる手紙が届いた。

 何でも星風流剣術の代表者からペルル男爵宛に手紙が来たようで、その内容を俺に知らせるための伝書だったらしい。


 その内容というのが「星風流の剣術者が“魔を狩る者”に決闘を挑むことがあるかもしれないが、それは星風流剣術の意思とは関係のないもの。よって、星風流剣術は一切関知せず」といったことが書かれていたらしい。


 ロミー中尉にもそれを見せた所、それは星風流剣術が俺達につぶされるのを恐れての手紙だと言っていた。


 いやいや、俺達にそんな力はないでしょ。

 それに俺にとってはどうでも良い話だ。

 出来れば相手するのも面倒臭い。

 俺は軍人であって武人ではない。


 そしてこの頃になるとロックヒルもほぼ完成状態となっている。

 俺はその完成した石造りの中央監視塔に登り、夕日を見ながらその手紙は破き捨てた。


 それを後から来たロー伍長が見ていたようだ。


「誰からの手紙じゃ?」


「戦争はしたくないって奴らからの手紙だよ」


 それを聞いたロー伍長が沈みゆく夕日をながめながら言った。


「そうか、それなら私も同意見なのじゃがな」


「そうか……戦争のない世界なんて想像もできないけどな」


「なあ、ボルフよ。いつまでこの戦争は続くじゃろうか」


「魔族が居なくなるまでだろ」


「となるとじゃ、最後の戦いは人族最後の一人と、魔族最後の一人の戦いになるじゃろ」


「そうだな、このまま続いたらそうなるんじゃないか」

 

「そうなるとどっちが勝っても変わらないと思うんじゃがのう」


「そうだな、一人生き残ってもいづれ死に絶えることになるからな。結局は両種族は滅ぶんだろうな」


 ロー伍長が突然俺の方を向き、真面目な表情で言った。


「ならばじゃ。私らは何のために戦っておるのじゃ」


「何の為か?」


「そうじゃ、これは意味のある戦いとは思えんのじゃ。もう何十年も続く戦争で多くの人命が失われたのじゃ。そしてこれからも失っていくのじゃ」


「ロー伍長、俺は少なくても戦う意味がある。世界がどうのこうのとか関係ない。守りたい奴らが居るから戦うんだ。俺はその為にこれからも戦い続けると思う」


「ボルフ兵曹長よ、お主は私を口説こうというのかのう」


「お、恐ろしいことを言うなよ」


「おい、こら。乙女に向かって何という返しなのじゃ。もうちっと気を利かせい」


「ははっ、これは失礼いたしました。お嬢様? これでどうよ」


「お主、我が魔剣に精気を吸わしたるのじゃ」


「お、ならこっちの魔剣に血を吸わしてやる」


 そこでロー伍長が突然固まった。

 そして眼を見開いて言った。


「おい、お主、今言ったことは冗談じゃろ?」








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