第125話 高級ポーション







 二十人づつの二列横隊を門前で組んだ。

 これで列ごとの一斉射撃で二十本のボルトを射出できる。


「装填急げ!」


 早く整列できた者から順次クロスボウの装填が完了していく。

 遅い者に合わせる必要はない。


「前列構え~」


 前列の発射準備完了の少女兵らが、次々にクロスボウを持ち上げてひざ撃ちの体勢で構える。


 そして――


「撃てっ」


 クロスボウの弦が弾ける音がバシバシと聞こえる。


 そしてパニック状態のゴブリン兵に次々とボルトが刺さっていく。

 

 ゴブリン兵も石弓を持っているらしいが、全く撃ち返してこない。

 それどころかあっちこっちへと、散開して逃げ出す始末だ。


 グリフォンはすでに空に舞い上がっており、森の奥へと飛んで行ってしまっている。


「後列、構えっ」


 次は後列の二十人余りが立ち射ちの体勢でクロスボウを構える。


「てっ~!」


 再びゴブリン兵がバタバタと倒れていく。


「よし、各個自由射撃始め。それとマクロン分隊は負傷兵に当たれ!」


 どうやら落ち着きそうだ。

 グリフォンは帰ってくる様子はないし、ゴブリン部隊はひたすら逃げて行くだけ。


 そこで見張り塔にいる少女が、口に両手をえて大声で知らせてくれた。


「鉱山砦からの応援がもうすぐ到着しまあ~すっ」


 今さらだが、少女らはそれを聞いて安心したようだ。

 わっと歓声が上がった。


 俺はラムラ伍長に指揮を任せて、門の中へと戻って見ると、マクロン分隊の少女が負傷兵を治療にあたっているところだ。


 ほとんどが軽傷程度なのだが、重傷者が二人いた。

 二人ともマクロン分隊の少女だった。


 一人目はグリフォンの後ろ脚で踏まれた少女兵だが、ポーション治療でしばらく寝ていれば多分大丈夫だ。

 

 ちなみのその少女はお約束のようにアカサだ。


 しかしもう一人の少女が微妙だった。


 名はパトリシアと言って犬系獣人なのだが、犬系のくせに鼻が利かないという残念な少女だ。


 そのパトリシアがうつ伏せに横になっているのだが、その背中の傷がひどい。


 アカサと同じようにグリフォンに背中を踏まれたそうだが、その時に背中を爪で引っかかれている。

 それがエグられた様な深い傷になっていて、その部分の肉が削ぎ落されてしまっている。

 肉が削がれた様な負傷は傷がふさがりずらく、治るまでに時間が掛かるというのが一般的な考えだ。

 その過程で壊疽えそなどを起こして死んでしまう事はもよくある。


 そのパトリシアを治療しているのはマクロン伍長だ。

 

 俺はマクロン伍長に目を向けると、マクロン伍長は暗い表情で首を小さく横に振る。

 

 パトリシアは気絶しているのか目をつぶったまま動かない。

 

 傷口をふさいだ方が直りが早いのだが、傷の開口部の皮膚が無く、とてもふさぐことが出来ない。

 ポーションで出血は止まっているが、これだと治ったとしても後遺症は避けられない。


 軍医に診てもらわないと何とも言えないが、俺の経験からいって長くはもたない。

 軍医に診せるなら早めが良い。

 軍医でなくても街の治療士や薬師くすしでも良い。

 

 一番近い場所だとサンバーの街。

 残念ながらペルル男爵のペール村には、そう言った人物はまだいない。

 だがサンバーの街まで馬車に揺られて行って、その間にパトリシアの命が持つとは思えない。


 となると後はパトリシアの治癒力に任せて、鉱山砦で安静にして貰うしかない。


 そんなことを考えていたら、戦いが終わったのか少女達が俺達の周囲を囲んでいた。


 心配そうにパトリシアを見つめる少女達。


 俺の脳裏にはアリソンが思う浮かぶ。

 死なせない。 

 そんな事はさせない。


 そう思うのだが、今の俺に出来ることなどたかが知れてる。


「何をボーッとしている、パトリシアを鉱山砦へ運ぶんだ!」


 俺が苛立いらだち気味に怒鳴りつけると、慌てて少女らがパトリシアを運び始める。

 完全な八つ当たりだ。

 それは自分への苛立いらだちなのは自分でも理解している。


「ああくそ、どうしたらいいんだ……」

 

 一人頭をきむしりながらつぶやいた。


 だが良く考えたら、パトリシアはマクロン分隊の兵士だ。

 一番辛つらいのは俺じゃない、分隊長のマクロン伍長や同じ分隊の戦友の少女達だ。


 それが思い浮かんで俺は我に返る。


「マクロン伍長、分隊を率いて負傷兵と一緒に鉱山砦まで撤退しろ」


 しぼり出した言葉がこれだった。


 マクロン分隊のアカサも重傷の上、パトリシアも重傷となると、つらいのは隊長のマクロン伍長だ。


 自分の分隊の兵が二人も重傷となると、精神的にかなり追い詰められているはず。

 そうだ、今一番につらいのはマクロン伍長だった。

 俺がここで落ち込んでどうする。


 俺は移動の準備をするマクロン伍長の背中に声を掛けた。

 

「マクロン伍長、パトリシアはきっと助かる、大丈夫だ」


 俺が声を掛けた途端とたんにマクロン伍長の目から涙があふれだした。


「ボルフ隊長、お気遣い、ありがとうご……す」


 最後の方は涙で聞き取れなかった。

 

 




 俺はその後直ぐにペール村へと馬を走らせた。

 一刻を争う状況だったので、予備の馬を連れて走る。

 

 普通ならば鉱山砦からペール村までは徒歩で五日掛かる。

 馬車なら半分ほどだ。

 俺はそれを一日半で走破した。

 記録的な速さだ。


 ペール村には伝書カラスであらかじめ伝言を伝え、近隣の街での高級ポーションの購入を御願いしたおいた。


 だからペール村を行き来すれば、パトリシアの命に関わるポーションが手に入るはず。

 俺はペール村に到着すると、馬を二頭とも交代して限界を超える速さで再び走らせた。


 そのおかげか、俺は三日間でほどでロックヒルにまでたどり着いた。

 だがそれは思った以上に過酷な旅だった。


 途中、見たこともない魔物に襲われ、さらにゴブリンの長距離偵察に出くわし戦闘になり、何とか撃退して先を急いだりと、並大抵の難易度ではなかったと思う。


 そして俺がロックヒルに到着した時には、余りに酷使しすぎたのか馬が二頭とも倒れて動けなくなっていた。

 俺も不眠不休で馬を走らせ、食べ物も一切口にしてない。

 だから乗馬による股擦またすれで股間はヒリヒリするし、腹は空腹を通り越して胃が痛いし、頭がフラフラする始末。


 だが俺はロックヒルに到着して門を潜り抜けると、崩れる様に馬から降りて腰のポーチから小さな木箱を取り出した。

 中身はもちろん高級なヒールポーションが入っている。

 

 そこへ、一人の少女が俺の目の前に現れた。

 サリサ伍長だ。


 俺はその木箱を落とさない様に、真っ先に出迎えてくれたサリサ伍長に手渡した。


「これを、これをパトリシアに頼む……」


 これでパトリシアが助かると俺は胸を撫でおろし、その場に座り込んで大きく深呼吸をした。

 

 なんか無理難題をやり遂げた様な清々すがすがしい感情で、俺の胸の内には達成感が湧いてくる。


 俺がサリサ伍長に手渡したのは、一本が銀貨にして二十万枚もするポーション。

 それにもかかわらず、恐ろしいほどに落胆した様子で、そして蝶の羽音が聞こえるくらい静かに告げた。


「ボルフ小隊長、遠路ありがとうございました……でも、もう、これは、必要なくなりまし……すい、ませ……」


 そう言ってサリサ伍長は下に顔を向けたまま、肩を小刻みにふるわし始めた。


「どういうことだ! サリサ伍長、どうなってるんだ。そのポーションは一本銀貨にして二十万枚もする高級ポーションだぞ。これで助からない訳がないだろ、何言ってるんだよ。悪い冗談はよせよ……冗談キツイぜ……おい、なんで黙ってるんだよ……」


 周囲を見わたせば、少女達は俺と一切目を合わせようともせずに、やはり誰もが下を向いて肩を震わせている。


「パトリシアはどこにいる、なあ、パトリシアはどこにいるんだよ!」


 誰もが沈黙の中、俺だけが大声で怒鳴り散らす。


 するとパトリシアと同じ分隊のアカサが杖を着きながら前へ出て来た。

 アカサも今回の戦闘で重傷を負っている。

 にもかかわらず、わざわざ俺の前に杖まで着いて出て来たのだ。

 嫌な予感しかしない。


 そして俺が見つめる中、アカサがボソリと言った。


「ボルフ小隊長、パトリシアは、パトリシアは一時間ほど前に……うううう」


 そう言ってアカサはその場にしゃがみこんだ。


 俺は空に向かって絶叫した。


「なんで、なんでだ。俺は最速でポーションを持って来たんだぞっ。パトリシア、パトリシア、一時間くらいなんで耐えてくれなかった! パトリシア~~!!」


 俺が絶叫する中、兵舎の奥から少女が一人出て来た。

 マクロン伍長だ。


 そして俺の座り込んだ目の前まで来て言った。


「ボルフ小隊長、何わめいているんですか。みっともない。あ、それからパトリシアの峠は越えたみたいですよ」


 は?


「えっと、マクロン伍長、もう一度言ってもらえるかな、良く聞こえなかったみたいだ」


「はい、ちょっとわめき声がみっともないです」


「そっちじゃないっ」


「ああ、すいません。パトリシアは回復しました。今は一人でご飯が食べられますよ。本人の生命力が強かったんですね。ほんと良かったです」


 周囲の少女らを見ると口を押えて肩をふるわしている。

 笑ってやがるのか……?


 下に顔を常に向けて肩を震わしているサリサ伍長を見る。

 俺をチラチラ見ながら必死に噴き出しそうな口を押えている。

 笑っているよな……?


 座り込んで肩を震わすアカサを見る。

 目に涙を貯めてまで笑いを必死にこらえて、肩が小刻みに震えっぱなしだ。

 あ、絶対笑ってやがる――確定。


 それで俺は初めて騙されたんだと気が付いた。

 そして、どこまでも低く、地面に響き渡るような声で告げた。


「おい、アカサ、サリサ。舌で便所の床掃除と、唇を便所の壁に釘で打ち付けられるの、どっちか選べ!」


 一瞬でそこにいた少女らの肩の震えが止まった。

 

 そして全員が真っ青な顔をして俺を見た。

 その顔は裁判で獄門打ち首が確定した時の罪人の顔だ。


 特にアカサとサリサの表情はひどかった。

 

 泣き笑いの顔が一瞬で恐怖の表情に染まったのだからな。


 俺は怒声を上げる。


「整列しろっ、このボケ共がっ!」


 瞬で整列する少女達。

 恐らくマクロン伍長は関係ないようだが、何故か一緒に俺の目に整列している。


 今まで見たことが無いほど綺麗に整列している。


「ロックヒルをウサギ跳びで三十週、一番遅い奴はさらにプラス十週!」


 俺が怒鳴った途端に少女らは大慌てでウサギ跳びを始めた。

 

 サリサ伍長はウサギ系獣人だけに、特につらそうでもない。

 そこで俺はサリサ伍長に追加制裁。


「サリサ伍長は飛び跳ね禁止、ウサギ歩きっ」


「ひいい、ほんとすいません。ですから、許してくださいって。ほんの冗談じゃないですか~、そんな本気で怒るなんて大人げないですよ~」


「サリサ伍長、クロスボウを頭の上で保持を追加っ」


「ひ~、死んじゃいますって」


「はっ、何言ってやがる。俺が苦労して持って来たポーションがあるから大丈夫だ」


「うわー、拷問ですって~」


 さらにアカサまでもが泣きごとを言ってきた。


「そんなの無理ですって~。ちょ~とからかっただけじゃないですか~」


 何がちょっとだ。

 アカサにも制裁。


「アカサ、クロスボウを抱えてのウサギ飛びに変更っ」


「鬼~、地上の悪魔~」


 反省の色なしか。

 ならば……


「アカサ、クロスボウが“許す”と言うまでウサギ飛び続行っ」


「クロスボウが言う訳ないじゃないですか――あっ、今、クロスボウさんが“許す”って言いましたよ、はい、確かに聞こえました!」


 こいつ!


「クロスボウがしゃべるわけないだろうがぁぁっ。腰に水袋五個追加!」


「ひ~~~~ずるいです~~」





 俺の怒りは辺りが暗くなるまで続いた。




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