第85話 ボッタクリ酒場







「三番テーブル、ワインタワー入りマースっ!!」


 ワインタワーと聞こえたが、何だろうか。

 ワインは分かるんだが、それにタワーが付いている。

 見張りタワーなら分かるんだが、ワイン塔とは何?

 ちょっと怖い。


「三番ご主人様、ワインタワーありがとうございますっ。すっごーい!」

「え、マジ? ワインタワー入ったの?」

「マジ萌え萌えじゃないですか。誰? 三番の人?」


 ちょおっと待て、注文が入ったことにリアルにスタッフが驚いているんだが!

 

 そっとメニューを横目で見てみるが、それらしいのがメニューに載っていない。

 どういうことだ。

 

 注文していたエールを飲みながら何気なく周りのテーブルを見ても、フルーツ盛りの注文はいないし、ワインタワーらしきものも見当たらない。

 そこでふと壁に張ってある板を見た。


“ワインタワー…銀貨100枚”


 ぼったくり酒場!


 いや待て、きっと高級ワインが出てくるんだろう。

 年代物の旨いワインなら、それはそれで致し方ない。


 メイド姿のスタッフが三人がかりで運んで来たのは、大量のワインカップ。

 それをテーブルの上にこれでもかってくらい積み上げていく。


 高くワインカップが積み上がったところで、今度はワインが次から次へと運ばれてくる。


 怖い、怖い、一体何をする気だ!


 従業員のワインコールとか言うのが始まった。

 なぜか他のテーブルにいたメイドまでが俺のテーブルに集まって来る。

 そして――


「三番ご主人様~、ワインタワーありがとございまーす。それではいっちゃうよ」


「ぐいぐいぐいぐい」

「はいはいはいはい」

「もっといっちゃって、もっといっちゃって、ぐいっ」

「はいはいはいはい」

「今日の主役は、三番ご主人様、いちゃって、いっちゃって、ぐいっ」

「はいはいはいはい、は~~い!」


 ワインコールに合わせて次から次へと、頂上のワインカップにワインが注がれた。

 頂上のワインカップからワインがあふれこぼれると、二段目のカップへとこぼれたワインは注がれる。

 二段目の次は三段目。

 当然ワインが空になれば、次のワインが注がれていく。


「た、確かに、タワーだ、な。ワインタワーとはよく言ったな……」


 ワインコールもすごい盛り上げ方だ。

 店内が否が応でも盛り上がる。

 

 そうか、こうやって注文した客を盛り上げて気分良くさせるって訳だ。

 貴族相手の商売だったら儲かりそうだが、ここは平民の客の方が多いからどうなんだか。


 だけどこれ、嫌いじゃない。


 ワインが注ぎ終わるとカップを店内の客に配り始める。

 なんだ、他の客に配るのか。

 これは考えたな。

 少女らは酒は飲まないからな。


 メイケがそのワインカップをお盆に乗せて「ちょっとだけ行ってくる。待っててね」と言い残して貴族がいる個室へと向かった。


 しばらくすると個室から貴族らしい人物が顔を出す。

 トイレへ行くのかと思ったが、こっちへ向かって来る。


 思わず腰の短剣に手を伸ばす。


 そして俺のいるテーブルの横まで来て言った。


「三番テーブルはここか?」


 恐らくヘブンズランド砦に駐屯する部隊の小隊長クラスだと思う。

 この間行った時に会った可能性は高いが、俺は覚えていないな。

 もしかしたら作業員を取り仕切っている監督官の貴族かもしれない。

 私風姿なんで判断がつかないが、恰好(かっこう)からして貴族なのは間違いなさそうだ。


 だがここは俺達の砦内。

 こっちが有利。


「三番テーブルがここだが、何か?」


 俺は座ったままで見上げるようにして言った。


「いや、待て、別に喧嘩を売りに来たんではない。そうにらまんでくれ」


 なんだ、流れ的にまたいちゃもんを付けに来たのかと思ったが違う様だ。


「で、お貴族様が俺なんか平民になんの用ですかね」


 するとその貴族は驚いた様子で言ってきた。


「平民だと。平民でワインタワーにフルーツ盛り合わせの注文か――曹長の階級?」


 そう言えば俺は軍服のままだった。

 もはや私服も軍服も一緒だがな。


「だからさっきから平民と言っている」


「もしや――あっ、“魔を狩る者”か!」


 俺が誰だか知っているようで、急に声を上げて一歩後ずさるお貴族様。


「こ、これはボルフ曹長、失礼いたした。ワインの礼をしに来ただけだ。し、失礼した」


 そう言っていそいそと個室へと消えて行った。

 

 そう言えばフルーツ盛りがまだテーブルに置きっ放しなんだがな。

 まさか料金に入れたりしないだろうな……

 いや、マクロン伍長なら料金に入れる。

 あいつは絶対にそうする。


「会計頼む」


 俺がそう言うとソニャが「ええ~、もうデスカ~」と言ってくる。

 だがこのままここにいたら、有り金全部持っていかれる。

 この時点でも銀貨百五十二枚だ。

 このままいたら軽く二百枚は超えるだろう。

 一刻も早くここから撤退しないと。


 マクロン伍長が残念そう俺のテーブルまで来て、合計金額を言ってきた。


「残念ですね~。はい、お会計は“銀貨にして百八十枚”です」


 盛大にワインを噴き出した。


「待て、どうしたらそうなるんだ。おかしいだろうが?」


 するとマクロン伍長が説明を始める。


「飲食代で銀貨百五十二枚で~、それにボックス席のキープ料金と、サービス料が加わりますんでそうなるんですよ。これでも鉱山砦スタッフ割引してるんですよ?」


 割り引いてこれかよ。


「じゃあ、これで頼む」


 そう言って俺は金貨二枚を差し出す。


「え、え、え、金貨じゃないですか。どこでカッパらってきたんですか!」


「人聞きの悪い事言うな。ルッツ村の俺の家を売った金だ」


 こっちに住むことになったから、ルッツ村の家は必要ないから売っただけだ。

 結構な金になったんで、当分は金には困らない。

 だから金なら腐るほどある。

 それに一度金貨で支払いをしてみたかったんだよな。

 

 マクロン伍長はまだ信用していないみたいだな。


「おい、ひっくりかえしても同じ。折れ曲がるかよ、偽金じゃねえ!」


 しかしこの店だが、もう少し安くしないとその内貴族しか来なくなるな。

 そこんとこはロミー准尉には言っておくか。


「だから、こすっても色は落ちないって!」


 俺の意見の数日後、値段設定が大きく変化したようだ。

 平民でも楽しめる値段と特別ルーム値段とを分けたらしい。

 それに屋台飲み屋まで作り始めた。


 行動が早いな。

 ロミー准尉は軍人よりも商売人に向いているのかもな。


 そんなある日、俺の部屋に『緊急事態発生』の連絡を届けに伝令少女が来た。

 俺が「どうした?」と聞くと青ざめた伝令少女が言った。


「アーポ・アルホ子爵が来ました。間違いありません、本人が乗り込んできました!」


 攻めて来たんじゃなくて、乗り込んで来た?






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