第86話 アルホ子爵





 

 乗り込んで来たというから、俺は直ぐに帯剣して現場へと向かう伝令少女の後を追う。

 すると何故かワルキューレ酒場へと向かっている。


 どういうことかもわからないまま、俺は店内へと案内される。

 するとすでにロミー准尉も駆けつけてそこにいた。


 そしてある一つのテーブルを護衛のメイド兵が取り囲んでいる。

 格好はメイドなんだが、クロスボウを構えるその姿は戦闘メイドと言う言葉が良く似合う。

 それに誰もが今にも発射しそうな勢いだ。


「ロミー准尉、どうしました?」


 俺が出て行くと、サッと道が開く。

 テーブルには隣同士で五人ずつの合計十人が座っている。

 その中の一人が群を抜いて態度がでかい。


 ああ、こいつがアーポ・アルホ子爵か。

 分かり易くて助かる。


 ロミー准尉がそのアルホ子爵らしい人物を指さして言った。


「こいつが例のアホ子爵だよ。勝手に砦に入り込んだらしいね」


 アホって、挑発しすぎ。

 案の定。


「誰がアホだ!」


 ほらみろ。


「勝手に人の領地に入ってくんなよ、アホ」


 すげーなロミー准尉。

 自分よりも爵位が上の子爵相手に一歩も引かない。


 するとアルホ子爵も言い返す。


「勝手にではない。この店を利用してやろうと来ただけだろ。ちゃんと正面門から入って来たんだぞ」


 はは~ん、敵情偵察って訳か。

 たった十人で乗り込んで来るとは余裕だな。


 軍服じゃないから手出しできないと思っているのか。

 だが少女達は殺気がみなぎっているぞ。

 仲間が殺された恨みを彼女らが忘れるはずがないからな。


 ここで俺が話に割って入った。


「まあ、まあ、皆、落ち着くんだ。話は理解した。アルホ子爵様は客としてこの店に来られたということだ。ならば子爵様らしいコースでおもてなしすれば良いだけだろ。違うか?」


 俺が不敵な笑みを見せると、それの意味が分かった少女らがドス黒い笑みで返す。

 そしてロミー准尉が皆を散らせる。


「はいはい、これで話は終りねー。ボルフ隊長の言う通りでよろしくね~。は~い、みんな散って散って~。子爵様コース開始するよ~」


 急に変わった俺達の態度に面食らう子爵一行。

 だが動揺を隠そうと必死で、デカい態度を崩さないアルホ子爵。


「おい、客にメニューも持って来んのか」


 アルホ子爵が何か言っているが、メイド少女らは近くて立っているだけで聞こうとしない。

 メイドとして働いてはいるが、その前に現役の兵士達だ。

 立哨は日常茶飯事で立ったまま微動だにしない。


 そしてアルホ子爵のテーブルに運ばれたのがフルーツ盛り。

 もちろん子爵は注文していないし、テーブルが二つなのでフルーツ盛りも二つだ。

 それも特別仕様らしく、俺の時よりも大きい。


 飲み物はワインらしいが、見るからに高そうな銘柄めいがらびんだ。

 もちろん二本。

 子爵連中は旨そうに飲んでいるが、決して旨いとは言わず、もっと旨いワインを持ってこいと言う。

 そして今度は蜂蜜酒はちみつしゅを二本を提供。

 それもマズいと言い張る連中。


 そこで登場、ワインタワー。


 これにはさすがに度肝を抜かれたようで、ワインコールの最中はどいつも笑顔になっていた。

 しかし「見せるだけのワイン。味はない」と言い張る。


 そして散々飲み食いした挙句のお会計。


「はい、しめて“金貨三十枚”のお会計だよ」


 とロミー准尉が言い放つ。

 するとアルホ子爵。


「こんなに不味まずいもの食わせて金をとるのか。ワシは払わんぞ!」


 するとロミー准尉。


「食い逃げは貴族でも罪人だよ。ここは私達の領地だから、こっちのルールでさばくけど良いのかな~?」


「やれるもんならやってみろっ、ワシは子爵だぞ!」


 アルホ子爵の連れの九人が立ち上がって剣に手を掛ける。

 アルホ子爵当人は偉そうに座ったままだ。


 少女達も今や店の外まであふれるほど集まって来ている。

 これなら負けることもないが、死傷者は出したくない。

 

 だから俺が出る。


「そうか、やっても良いんだな?」


 俺が前出て行くと、俺の事は知っているようで露骨に嫌な顔をされた。

 だが、さすが子爵直属の護衛。

 子爵を守るように前に出て来る。

 そこそこの腕前はあるようだが、見た感じだとたかが知れている。

 

 この程度ならば俺の敵じゃない。


 俺は剣のつかに手を掛ける。


 するとアルホ子爵。


「分かった。ワシらの負けだ。お前ら、武器を収めろ」


 どういうことだ。

 抵抗はしないけど、金は払わない?

 捕まえてくださいって言っているのか。


 護衛隊はゆっくりと剣を鞘に収める。


 だがそこまでで、次の行動を起こさない。


「なあおい。負けと認めるのは良いけどな、さっさと金を払ったらどうなんだ」


 俺の言葉にアルホ子爵が返答した。


「抵抗はしないが、金を払う気はないぞ」


 はあ?

 こいつ頭悪いのか。


 するとロミー准尉。


「そう、ならさ、牢にでも入っちゃってね~。メイド兵、こいつらを牢にぶち込め!」


 声が掛かるとメイド兵が一気に子爵連中を制圧した。

 どさくさに紛れて、りを喰らわせている少女もいるが見ないフリ。


 全員を縛って牢へ運ぼうとしていると、ラムラ伍長が女を一人連れて来る。


「ボルフ隊長、こいつが鉱山砦の中に紛れ込んでました」


 そう言ってしばられた女が俺の前に転がされたのだが、そいつは見たことが無い顔。


 少女兵の恰好をしているが、この女は明らかに二十代中盤を越えている。

 早い話、少女の恰好には無理がある。


 俺はしゃがみこんでその女に聞いてみた。


「なあ、お前、アルホ子爵の間者かんじゃだよな。その格好じゃ無理があるだろ。ウチは全員が十代の少女なんだぞ。お前の年齢じゃ無理があると思わなかったのかよ」


 女は何も言わない。

 言わないが歯を食いしばっている。


 アルホ子爵の表情を見るに悔しそうだな。

 ってことはやはり、こいつの間者なんだろう。

 鉱山砦の内部を探ろうとしたか。


 ただ、床に転がされている女は凄く悔しそう。

 顔を真っ赤にしている。


 そこへロミー准尉が女の頭に足を乗せて言った。


「オバチャンじゃ若い私達には混ぜてあげられないの、ごめーんねっ」


 するとずっと沈黙していた女が突如叫んだ。


「オバチャン言うなや~~~」


 そう叫んで大泣きした。

 

 どうやら琴線きんせんに触れたみたいだ。







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