第84話 ワルキューレ酒場






 ここ最近の鉱山砦の周辺は平和そのもの。

 魔族の動きもほとんどなく、完全に人族領域となりつつあるんじゃないだろうか。

 ヘブンズランド砦も順調に建設が進んでいるらしく、ワルキューレ酒場に来る客の金払いも良い。

 

 ただ怖いのがパシ・ニッカリの上の貴族、つまりアーポ・アルホ子爵の動きだ。

 パシ・ニッカリはアーポ・アルホ子爵の名代みょうだいで来たと言っていた。

 そのアルホ子爵の部隊旗を持った兵が、時々この辺をうろついているのを見かける。

 ヘブンズランド砦との定期便からも目撃されている。


 何かたくらんでいそうでちょっと怖い。

 それにアルホ子爵は軍人ではないというから、一般貴族となり、下手に手を出すと罪人にさせられる。

 軍服の時は良いが私服の時はダメとか、何とも意味不明な貴族間の取り決めだ。

 ただ、もし鉱山砦の少女兵らにまた手を出す様ならば、俺も本気を出す腹積もりだ。


 そんな事がなければ、魔族との戦争さえ忘れてしまうような、平和な日々が続いた。


 ワルキューレ酒場なんだが、値段設定が高いせいか給料が入った時が一番込むようで、それ以外は大分落ち着いてきたようだ。

 そこで俺もどんな感じなのかと興味が湧き、ちょっと店に入ってみた。


「おかえりなさいませ~、ご主人様。お一人様ですか……って、ボルフ隊長じゃないですかっ!」


 店番をしていたのは儀礼服姿というか、見慣れた顔だった。

 見慣れた少女兵なんだが、今は執事の恰好で男装服の姿をしている。


「なんだ、マクロン伍長か。それなら話は早い。始めて来たんだがな、よろしく頼むよ」


 すると何故か動揺どうようし始めるマクロン伍長。

 

「え、え、えっと、ボルフ隊長がまさか来るとは思わなかったんで、その、準備が出来ていないというか、なんというか……」


 準備って何だ?


「でも他に何人か客も入ってんだろ、ヘブンズランド砦の客が?」


「そ、そ、そんなに怒らないでくださいよ、わかりましたから。ちょっと待っててください。女の子の準備させますから……」


 怒ってはないぞ?

 だけど女の子の準備ってなんだろ?

 簡単なつまみと酒を出すだけだろ。


 俺が質問する前にマクロン伍長は走って奥へ行ってしまった。


 店の前で待っていると、馬車の一団が乗り付けてきて、少尉の階級を付けた士官が二人とその護衛らしい兵二人が店に入って行った。


 後から来た客が入って行ったのに、俺は待ちぼうけとはな。

 何とも納得いかない。


 そしてしばらくして、やっと「準備できました」といってマクロン伍長が出て来た。


「どうぞ、ご案内いたします!」


 そう言ってやっと店内へと案内された。

 

 黒い扉を開けた途端、あちこちから掛かる少女の甘ったるい声。


「おかえりなさいませ、ご主人様~」


 おかえりなさい?

 ご主人様?

 俺は軍人だぞ、今更だが。


 そしてパタパタと恥ずかしそうに近寄って来たのが、メイド服を来たアカサだった。


「ボルフ隊長~、やっと来てくれましたね~。まあ、とりあえずお席へご案内しますね~。どうぞこちらへ、ご主人様っ」


 よく見れば、メイド服とは言っても通常のものとは明らかに違う。

 まず、スカート丈がおそろしいほど短い。

 太ももが丸見えだ。

 それになんだか胸を強調するようなデザイン。

 

「ボルフ隊長、すいませんが個室は使用中ですので、こちらのお席でお願いしま~す」


 俺は四人席へ案内され、そこに座る。

 カウンター席もあるようだが、俺は知り合い待遇らしい。

 結構な、造りの良い椅子だ。


 店内を見わたすと個室もあるようで、それはちょっと驚きだ。

 その個室はさっき入った貴族の一団が使っているのだろう。


 店内は思ったよりも混んでいるな。

 定期便の馬車の時間とはズレているんだが、それでも客は来るようだ。

 落ち着いたと言っても大盛況じゃないか。

 ロミー准尉が「ボロ儲けだよ」とか言ってた意味が分かる気がする。


 部屋の壁際にはメイド姿だが、武器をたずさえた少女が何人か立っているのを見ると、それは恐らく護衛役なんだろう。

 酔っ払いの男相手の対策もしっかりしているようだ。


 俺が席に着いてメニューを見ていると、俺の隣にポフッと誰かが座った。


「おかえりなさいマセー、ご主人様。私ソニャ言いマース。ご注文はお決まりデースカー、ご主人様」


 見たことある顔、多分第二ワルキューレ小隊の新兵少女だろう。

 メイケのような金髪でショートカットのちっこい犬系の獣人少女だ。

 なまりのある特徴的なしゃべり方だ。

 近辺の出身じゃなさそうだな。


 だけど、何故に横に座る?


 まあ、まずはメニューを見ないとだな。

 何々、エールが銀貨二枚もするのか。

 ちょっと高い気もするが、この辺境地ならこの値段も仕方ないのか。

 ん?

 時価ってのもあるな。


「なあ、このメニューにあるフルーツ盛り合わせが“時価”ってあるが、今だと幾らなんだ?」


 するとこのソニャという少女、獣耳をピコピコ、尻尾をフリフリさせながら叫んだ。


「三番テーブル、フルーツ盛り入りマース!」


 いやいや、値段聞いただけだろ!


「待て、注文なんかしてな――」


「はーい、三番ご主人様、フルーツ盛り、入りま~す」

「三番ご主人様、フルーツ盛り~よいしょっと」

「三番ご主人様、萌え萌えです~~」


 あれよあれよと掛け声で勝手に注文が通ってしまう。

 なおも止めようとすると声が掛かる。


「ああ~、ソニャちゃん、なに勝手にそこ座ってるの!」


 再び現れたのはアカサ。


「でもデスヨ。アカサは一番テーブルで指名が入ってマスヨネ?」


「いいのいいの、トイレって言って抜け出してきたから~、しばらく大丈夫~」


 指名ってなんだ?

 この店のシステムがよく分からないんだが。

 だいたいこの店、飲み屋だよな?


 文句を言いながらもソニャとは反対側の俺の隣に座るアカサ。

 しかも身体をぴったりと密着させるほど近い。

 

「ボルフ隊長~、何飲みますか~?」


 ここへきてやっと飲み物の注文が出来る。


「取りあえずエールを頼む」


 するとアカサが大きな声で叫ぶ。


「三番テーブル、エール入りまーす」


 するとまたしても店内でヤマビコのように注文を繰り返す少女達。


「はーい、エール頂きました〜」

「エールご注文、どうもでーす」

「はーい、エール萌え萌え」


 フルーツ盛りの時とは格段に声の質が落ちてるよな?


 そこでアカサが話しかけて来る。


「そう言えばさっき~、フルーツ盛りの注文したでしょ~。私のいる時にそういうのしてほしかったな~~、ご主人様~」


「あ、そうだ。俺はフルーツ盛りの値段を聞こう――」


 そこまで言いかけて、テーブルの上にドーンとフルーツ盛りが置かれた。


「はい、お待たせしました。さすがボルフ隊長です。いきなりフルーツ盛りをご注文してくれるとは!」


 持って来たのは執事姿のマクロン伍長だ。

 

「ああ、持ってきちまったのかよ。ちなみ時価って書いてあるんだけど、これ幾らなんだ?」


 するとにこやかに答えるマクロン伍長。


「えっと、銀貨五十枚ですかね」


「はあ! 銀貨五十枚って、いくらなんでも高すぎだろっ。誰がそんなボッタクリ品を注文するんだよ!」


 するとマクロン伍長。


「ボルフ隊長が注文したじゃないですか」


 一瞬切れそうになるが、必死にこらえる。

 うん、ちょっとした誤解だな、これは。


「言っておくが、俺は注文していない!」


 するとマクロン伍長はソニャをキッとにらみつける。

 そしてにらまれたソニャが言った。


「はい、ごめんさいデス。人族語はむずかしいデスネ。ご主人様」


 ソニャが尻尾を丸めて獣耳をヘタンと垂れる。

 今にも泣きそうな感じだ。

 何だか可哀そうになってきたな。


「マクロン伍長、あんまりソニャを怒らないでくれよ。今日はここで働いている皆を激励げきれいしに来たんだ――」


 俺が言い終わらないうちにソニャが再び叫ぶ。

 

「三番ご主人様、メイドにご馳走ごちそう頂きマシタ~~っ!」


 さっきまでしょげていた耳がピンと立って、尻尾も全力でブンブン振り回している。

 おい、泣きそうだったのはうそか!

 

「気が早いぞ。せめて俺の話は最後まで聞けよ。まあ、一杯くらいならいいけどな……」


 するとアカサが聞いてくる。


「え、良いんですか!」


 しょうがないから俺は「ああ」とだけ言う。

 そこでまたしてもソニャが叫ぶ。


「三番テーブル、ワインタワー入りマースっ!!」


 何か声が一段と大きいのは気のせいだろうか。






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