第83話 酒場出店







 なんでそんなところにタルヤ准尉がいるんだ。

 それよりも、いつの間にそこまで来たんだって疑問が強い。


 そこで何をするのかと思いきや、腰の小剣を抜くや否や、その切っ先をヒルジャイアントの首の横へと突き刺した。

 刺した途端、勢いよく鮮血が噴き出しタルヤ准尉の上半身を赤く染める。


 ヒルジャイアントは何も出来ないまま息絶えた。


 建築砦の兵士らが口々に「あの女は誰だ」と言っている。


 タルヤ准尉は「うぅわっ、きったねっ。ないわー」とか言いつつ、小剣を鞘に納める。

 そして動かなくなったヒルジャイアントの胸の上に立ち、声を張ってしゃべり始めた。


「どーもー、鉱山砦から来ましたよーん。第二クロスボウ小隊隊長のタルヤ准尉だっよーん。おなしゃーす」


 最後にピースサインを目に当ててポーズをとっている。


 男共もギャル少女兵を見て口笛を吹いて茶化す者も出て、ちょっとした盛り上がりだ。


 だけどこいつはひどいな。

 ロミー准尉よりもひどいかもしれない。

 平民だったら絶対に許されない行動、速攻で縛り首レベルだ。


 だけどヒルジャイアントに剣を刺した度胸、彼女は戦闘経験があるみたいだな。

 

 それに俺達の実力を示せたし、大きな貸しも作れたはずだ。


 そこへ男兵士の中から隊長らしき人物が現れる。

 口髭くちひげを生やした中年のおっさんで、階級は大尉らしい。


「鉱山砦の部隊か、助かったぞ。私はここ“ヘブンズランド”隊長を務めているジーモン・キューン男爵だ。よろしく頼む」


 どうやらここの地名は『ヘブンズランド』になったらしい。

 タルヤ准尉はそこでポーズをやっと解き、キューン大尉の前まで来て言った。


「ハーイ、ども。エルッコ・タルヤ士爵っす。よろしくっす」


 その口調、ギリセーフなのか……いや、アウトか?


 だがキューン大尉は大人だった。


「あ、うん、ああ、そうだな。まあ帰るのは明日なんだろ。ゆっくりしていってくれ」


 セーフみたいだ。


 どうやら歓迎されるらしい。

 お約束のように少女ばかりの部隊に驚いている。

 ついでに少女らを見る男共の目も血走っている。


 だが今回はむしろそれで良い。

 そう言う目をさせるために来たんだからな。


 少し休憩を挟みつつ、お店の宣伝に回ることになった。

 

「メイケ、アカサ、仕事の時間だ。心の準備は良いか?」


 俺の言葉に息を飲んでうなずくふたり。


 ラムラ分隊の護衛を引き連れて、まずは建築労働者のところへと向かった。

 

「労働者のみなさーん、休憩中のところすみませーん。注目で~っす」


 まずはアカサが大声を上げて注目させる。


「はーい、こっちこっち、こっちで~す。集まってくださーい」


 アカサがあっちこっち移動しながら休憩中の労働者を集め出す。

 大して娯楽もないこんなところで、若い少女があちこち声を掛ければあっという間に人だかり。


 人が集まったところで宣伝開始。


 木の箱でステージみたいな台を作り、そこにアカサとメイケを上がらせる。

 その周囲にはラムラ分隊が護衛で張り付く。


 準備は万全だ。


 一呼吸置いたのち、アカサが再びしゃべり出す。


「今日は~、鉱山砦にある“ワルキューレ酒場”を宣伝しに来ました~」


 あれ?

 鉱山食堂じゃなかったのかよ、まあいいけどな。


 労働者のおっさんの一人が声を上げる。


「なんだ、酒場があるのか」


「はーい、そうで~す。私達が働いていま~す」


 そう言いながら変なポーズをとるアカサ。

 だがメイケは緊張してるのか、ガチガチな状態で棒立ちだ。


 それに気が付いたアカサがメイケの頭をペシっと叩く。


「ほらっ、金メッケもポーズ、ポーズとるのよっ」


 するとメイケ、ゴーレムのような動きで両手の人差し指を両頬りょうほほに当てる、いわゆる“スマイル”のポーズで身体を少し傾ける。


 そのポーズが悪いとは言わないがな、無表情でそのポーズは逆に怖いぞ。


 だが血に飢えた狼共からは「おお~」と感嘆かんたんの言葉が漏れる。


 そうか、美人は何やっても正義なんだな。


 その後も丈の短いチェニックから太ももをチラチラ見せながら、“ワルキューレ酒場”のメニューの説明を始めた。

 もちろんしゃべり担当はアカサだ。


「――というメニューになってまーす。おすすめはフルーツ盛り合わせですかね。それから最初の四十分は基本料銀貨四枚となってまーっす。それ以降は一時間ごとに銀貨四枚だからね~。みんなよろしくね、待ってるよ~」


 んんん?

 何か変なシステムを発表しているんだが。

 何だよ、最初の四十分が銀貨四枚って!

 普通の酒場と違うのか?


 これはロミー准尉の仕業か。

 これで客は来るのか?


 終わってみればアカサとメイケの二人のオンステージは大盛況だったと言える。


 しゃべってポーズをとるだけで男共が声援を送る。

 兵士らを集めた時には、兵士の一人がステージに近づこうとして騒ぎになったが、そこは俺が出て行くとスッと引いた。

 どうやら俺の事は知っているらしい。

 俺が移動すると俺の周りだけ人混みがサッと引く。


 そこまでされると、汚い者扱いされているようでちょっと悲しい。


 後で聞いた話によると、味方殺しの噂が再燃しているようだった。

 そう、パシ・ニッカリとの戦いで多数の味方をあやめたからだ。

 これは噂ではなく、本当になってしまったからもう言い訳出来ない。


 夜には持って来た酒とつまみで露店を開いた。


 “わるきゅーれ屋台”と書かれた看板を出している。

 いつの間に……


 これが大盛況だった。

 あり得ないくらい高い値段設定にしたんだが、酒とつまみは飛ぶように売れた。

 屋台の周囲で座り込んだ男共が、少女を見ながら酒を飲む。

 そんな光景があちこちで見られた。


 さすがにアカサとメイケだけでは回らなくなり、新兵少女らの助けを借りて売りさばいた。

 結局、持って来た酒は早々に全て完売だ。 

 後から来た兵士らが売り切れに、そこまでかってくらい落胆していた。


 それを見ると仕掛けた側からすれば、なんとまあ男とは悲しい生き物なんだなと思う。


 翌日朝の出発時には、建築砦全員からの大声援のもと出発した。


 メイケとアカサの名前を呼ぶ男達が続出。

 そして最後には「ワルキューレ」コールがずっと鳴り響いていた。


 まるで有名一座の終演日のようだった。


 鉱山砦に帰ってロミー准尉にこのことを報告すると、ロミー准尉の目がキラリと光ったのが分かった。

 あ、こいつ何か良からぬことを考えてるんじゃないのか?


 その翌日、ロミー准尉は定期馬車の運行を始めた。

 何とヘブンズランドと鉱山砦を結ぶ行路だ。

 午前と午後の一日二便だ。


 確かに馬車はあるし直ぐにでも出来るんだが、護衛も出さないといけないから人手が大変だ。


 だがこれが大成功だった。

 

 定期便を始めた途端に『ワルキューレ酒場』は大盛況。

 人の流通が一気に店の利用者を加速させたからだ。


 売り上げは急上昇で、現在ロミー准尉の懐は大きく膨らんでいた。

 さらにロミー准尉は、その利益でこの鉱山砦をさらに大きくしようと画策中だ。


 




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