第82話 ヒルジャイアント








 ふ~、部下のご機嫌取りも苦労するな。

 どうも少女部下は扱いに困る。

 だいぶ慣れてきたと思っていたが、そんな事も無かった。

 これは魔族との戦いよりも難易度が高いらしい。


 我々が再び行軍を続けていく。

 しばらく行軍した後、やっと建築中とみられる砦が見えてきた。


 ただ、様子がおかしい。


 土煙で良く見えないのだが、何かが暴れているように見える。

 野良魔物が襲撃して来たのかもしれない。

 あの土煙から見ると大型魔物だと思われる。


 これは加勢して貸しを作るチャンスだ。


「少し急ぐぞ、魔物が襲撃しているようだ。加勢する!」


 俺の声に新兵少女らは明らかにどんよりした表情になるが、ラムラ分隊だけは「分隊駆け足!」という勇ましい掛け声で走りだす。


 いや待て、この距離から走ったら到着する頃には疲労で戦えなくなるぞ。


 案の定、「ひーひー」言っているラムラ分隊を追い付いて、新兵少女らがその横を通り過ぎていく。


 これは先任クロスボウ部隊としての威厳いげんが無くなっちまったかな。

 ちょっと悪い事したか。


ラムラ分隊を追い抜く馬車の中からタルヤ准尉が涼しい顔で一言。


「ラムラ伍長~、頑張ってねえ~~」


 するとラムラ伍長は「まだまだ~!」と言いながら一人早足で歩きだす。


 まあ、ラムラ伍長の根性は認めるがさ、分隊が付いて来てないぞ。


 そう思いながらも戦いの現場へと早足で急ぐ。


 そして近くまで来て分かったその魔物。

 『ヒルジャイアント』と呼ばれる巨人だ。


 ここを襲ったということは、この辺りを縄張りとしているのだろう。

 となると一度撃退したところで何度も襲撃して来る。

 ここに城塞都市を築くなら、今後の為にも倒さないといけない魔物だ。


 俺は少女軍曹に声を掛けた。


「あの巨人を倒して鉱山砦の実力を見せるぞ!」


 しかし返ってきた言葉は「お、おぉ」という弱々しいものでしかなかった。


 しょうがない、少し後押しするか。


「第二ワルキューレ小隊、四列横隊。第五分隊は俺に続け!」


 十名ずつの四列横隊にして十名ずつで射撃してもらう。

 一度の斉射で十本のボルト投射と少し威力は落ちるが、四列にしたので毎分四回以上の斉射を浴びせられる。

 15秒に一回の斉射は単一目標になら十分強力だ。


 ヒルジャイアントは他の巨人に比べて比較的小さい、それに皮膚もそれほど分厚くはない。

 少女のクロスボウのボルトでも十分射貫くことは可能なはず。


 砦にいる味方はというと、ヒルジャイアント相手に槍兵が前面で牽制し、後方から弓兵が矢を射っている。

 矢は確かに命中している。

 その証拠に何本もの矢がヒルジャイアントの身体に刺さっているのが見える。

 ただ命中はしているのだが、深くまで刺さらないから致命傷になっていない。


 少女軍曹が掛け声を発する。


「第一列、構え~――放てっ」


 そして直ぐに第二列目がボルトを放つ。

 それを約15秒間隔で放ち続ける。


 新兵少女らの安全を考えて結構な距離を開けての射撃だが、的がデカいからほとんどのボルトは命中していく。

 そして突き刺さったボルトは弓矢とは違い、皮膚の奥深くまで突き刺さる。


 弓矢は時間が経てば射手の疲労が出て、弓の弦(げん)を引く力が弱まり、結果として飛んでいく矢の威力が落ちる。

 だがクロスボウはそれがない為、何度撃っても威力は変わらない。

 それがクロスボウの利点でもある。


 肩や左腕にボルトが突き刺さり、雄叫びを上げながら振り返るヒルジャイアント。

 するとあろうことか、新兵少女へと歩き始めたヒルジャイアント。


 だがな、そうはさせない。


 俺が率いて来た一個分隊の新兵少女を使って、さらに至近距離の後方から上半身を狙って一斉射撃を喰らわせた。


 砦の味方兵士が「援軍だ!」と大喜びしている。


 良し、見せ場は作ったし、そろそろ倒してしまいますか。


 俺は走りだす、そして印を組みながら詠唱を始める。

 もちろん剣に掛けるシャドウ・ソードの魔法だ。

 まだ“アメフラシ”から奪った戦利品の指輪を試して無かったからな。

 ここいらで試しておくことにする。

 

 鎧に埋め込まれた魔石は反応して輝く。


 あっという間に詠唱は終わる。


「シャドウ・ソード」


 俺は小さくつぶやき、右手に持った剣に魔法を行使する。


 剣は不気味な輝きを放ち始める。


 ここまではいつもと同じ。

 しかし指輪が反応していない気がする。


 ヒルジャイアントが俺の接近に気が付き、右腕を大きく振りかぶる。


 俺は横っ飛びに転がり上空から叩きこまれた拳を避ける。


 地面に拳が激突すると、砂と小石が周囲に弾け飛ぶ。


 よく見るとヒルジャイアント素手ではなく、その手には岩が握られている。


 だが他の巨人族と同じく動きは遅い。

 余裕で避けることが出来る。

 あとは接近してこの剣を急所へ叩き込むだけ。


 だがこいつ、身長は四メートルはある。

 頑張っても腹くらいしか届かない。


 急所は無理か。

 俺は叫ぶ。


「第二ワルキューレ小隊、足を狙え!」


 少しでもヒルジャイアントの動きを止めたい。


 少女らの斉射したボルトがヒルジャイアントの足へと集中する。

 その内の何本かが見事足に命中。


 狙い通りヒルジャイアントは足を気にして、動きが緩慢かんまんになる。


 これなら斬れる!


 俺は一気に距離をギリギリまで詰める。


 ここだ!


「はあああああっ」


 俺は剣を横一線に振り切った。


 一瞬、ヒルジャイアントが足を引く。

 それはほんの少し。

 だが、その少しが俺の剣の間合いを外す。


 くそ!


 もう少しで……


 しかしそこで驚いたことが起こった。


 指輪が光る。


 そして俺が振った剣が突如伸びた。

 いや少し違う、刃渡り数メートルの黒い巨大剣になったと言った方が良いか。


 それで一気に剣の間合いは詰まった。


 ヒルジャイアントの右足首に俺の剣が叩き込まれると、巨大化した剣がドス黒いオーラを放つ。


 俺が剣を振り切った時には、ヒルジャイアントの足首は斬り飛ばされ、剣は普通に戻っていた。


「何だ、今のは……」


 ヒルジャイアントは足を斬り飛ばされたことには直ぐに気が付かず、右足を地面に着こうとして初めて気が付いたようだ。


「アガアアアアアっ!」


 悲鳴を上げてバランスを崩すヒルジャイアント。

 

 ズッシーンと地響きを立てて横倒しになる。


 足首からは恐ろしいほどの出血だ。


 足の先を失ったヒルジャイアントは、何やら叫びながら足のない足首をバタバタと振わせる。


 足をバタバタやるもんだから、味方の槍兵は頭から血を浴びてしまい、それを避けるのでパニックだ。


 その光景を見て思う。


「お、俺がやったのか?」


 今一つ実感が湧かないが、と思いながら右手にはめた指輪を見る。

 ああ、そうだ、それよりも止めを刺さないと……


 そう思い、視線をヒルジャイアントへと持って行く。


 すると横倒し状態で苦しむヒルジャイアントの後ろに立つギャル少女が目に入る。


「ん、タルヤ准尉?」


 そこに立っていたのはギャル士官のタルヤ准尉だった。




 

 

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