第79話 お久しぶり軍医殿!






 新しくこの鉱山砦に赴任してきたのはやはり少女クロスボウ小隊で、その小隊長もやはり少女だった。

 男の小隊長を期待したんだが、他の少女兵と同じくらいの歳の少女小隊長だった。

 年齢を聞くと小隊長は16歳だが他の少女は全員が15歳。


 小隊長の名は『エルッコ・タルヤ』准尉。

 そうまたしても准尉だ。


「何で貴官は准尉なのじゃ?」


 またしてもストレートに質問したのはロー伍長だった。

 こいつには気遣いというものがないようだ。


 だがタルヤ准尉もさらっと答えてくれる。


「うんうん、それはロミーと一緒に悪さしたのがバレたからかなぁ、キャハハハ」


 えっと、何と言うか、こいつ、頭、悪いっぽいな。

 泣けてくる……


 だいたいこいつの恰好が酷い、ひど過ぎる。


 髪の毛は綺麗な金髪なんだが、癖っけなのかワザとなのかクルクル巻いている。

 それに軍服はロミー准尉同様に、だらしなく着ている。

 それが格好良いと思っているのか?


 褐色の肌なんだが、ラムラ伍長のように元々の肌の色じゃないみたいで、わざわざ日焼けした肌の色らしい。

 そもそも何で眉毛まゆげをわざわざ描いているのか?

 軍人が何で口紅付ける?


 チェニックのたけが短い!

 太もも出し過ぎっ!

 

 規律と言う言葉をこいつはきっと知らない。

 意味を聞けば『何それぇ~?』とか言いそう。

 

 でも彼女は“准尉”でありお貴族様なのだ。

 俺の気苦労ばかりが増える。


 引き続きこの砦の指揮官はロミー准尉だが、指揮権は事実上ほとんど俺にまかされている。


 そして新しく来た少女小隊は、もちろん初等訓練を終えたばかりの新兵だ。

 こちらの教育と訓練も大変そうだが、そこはロー伍長を筆頭にして下士官連中に全振りした。


 これでこの鉱山砦も百人を超す兵士が駐留する規模となった訳だが、嬉しい事がひとつあった。


 この鉱山砦にロミー准尉の侍女以外に一般人が住むことになった。

 というのもお店が幾つか出来たからだ。

 雑貨屋と軽食がメインの食堂である。

 どちらも女性店員、というかおばちゃん達だ。

 少女ばかりの砦との話で、女性従業員だけにしたらしい。

 うーん、同性の話し相手が欲しい。


 雑貨屋の方なんだが、出店した途端に食料品のほとんどが完売した。

 

 食料品だけに少女らが殺到したらしい。

 日用品は軍の支給品だけでも間に合うからな。

 店員曰く次回からは「品揃えを変える」と言っていた。

 これは少女向けの商品に変えるつもりか。


 食堂の方は今のところお客さんはチラホラだ。

 少女らが時々デザート系を食べたりお茶したりするくらいだった。

 だが、この食堂は少女らを対象にした店ではなく、どちらかと言うと新しく建築中の砦の作業員や駐屯している兵士の客を目当てにしている。


 非番の日にここへ来てお金を落としてもらおうと、ロミー准尉の作戦だ。


 さらにお店の用心棒として少女兵を置くらしいが、少女の中でも選りすぐりを置く。

 もちろん容姿の選りすぐりだ。

 それで男共もお店にやって来る。


 問題が起こればここなら俺も直ぐ出て行ける。


 これで外貨を稼ごうというロミー准尉の考えだ。

 魔石がいつまで採掘できるか分からないから、採れなくなって資金繰りに困る前に先手を打ったということだ。


 何もないこんな辺境地だ。

 小規模な雑貨屋でも、酒を置けば男兵士や建設作業人には飛ぶように売れるだろうし、これは商人にとって美味しい商売かと思えば、輸送費や人件費と危険のリスクなんかも考えると、それほど楽な商売でもないらしい。


 しかし娯楽が少ないこの鉱山砦においては、少女達にとっては買い物は良い気晴らしになりそうだ。


 それに食堂では菓子類もメニューにあるから、そっちも少女らの楽しみの一つになっていくだろう。

 その内、店数も増えるかもしれない。


 どっちにしろ金は掛かるんだがな。


 徐々にだがこの鉱山砦も住みやすい環境にはなっているか。

 それは少女達にとってだが。

 俺にとっては益々過ごしにくい環境になりつつある。


 この間、人数が多くなったからという理由で、水浴び場が出来た。

 わざわざ川から水路を引いてきたのだ。

 もちろん囚人が掘ったんだがな。


 それでだ、人族の男はこの俺と囚人だけしかいない。


 どうなるかと言えば――


「ボルフ隊長はダメですよ。ここは男子禁制ですから」

「キャー、守衛さーん、このひとです~」

「変態は吊るし首にゃ」


 なあ、俺に人権はないのか?


 男用の水浴び場がない。

 水が浴びたくなったら砦の外まで行かなきゃならん。

 目の前に水浴び場があるのにだ。

 囚人男共が不憫ふぴんそうな目で俺を見ていた。


 それから人数が多くなったということで時々だが、軍医が鉱山砦まで定期往診で来てくれるようになった。


 以前俺を診てくれたあの赤毛のエロ美人な女性軍医だ。

 前に合った時には彼女は曹長で俺は軍曹だったが、今は同じ階級。

 曹長同士で対等な立場だ。


 早速だが違和感のある左腕を診てもらった。

 少女らが終わって一番最後に俺の番だ。

 凄い待った……


「ほほう、凄いな、この腕」


 俺の左腕を診るなりこの一言。


「ええっと、どいういう意味かな?」


 一応だが腕に力を入れて筋肉を強調してみる。

 筋肉アピールだな。

 やはり女性は、男の筋肉に惹かれると聞いたことがある。


「力を入れるな、診にくい!」


「あ、あ、す、すまん」


 ちょっと恥ずかしくなった……


「この左腕良く動かせるな?」


「どういうことだ?」


「うん、骨が変な形でつながっている。これは骨が折れた時にちゃんと骨接ぎをしないでポーションを使った時に現れる症状だね」


 それを聞いて何となく思い出す。

 以前、サリサ兵長に傷口から飛び出した骨の手当てをしてもらった時の事。


『あ、とれちゃった……』

『ええっと、か、重ねておけばだいじょぶ、でしょ?』


 その時の言葉が頭の中を過(よ)ぎる。


 絶対にあの時が原因だな。

 左腕の違和感はあれが原因かよ。


「それで、まさか治らないとかなのか」


「いや、治るけど、一度傷口を開かなければいけないな。覚悟は良いか?」


 平然と言ってのける軍医。

 そして俺の返事を待たずに腕を切り開く無茶ぶりな軍医。


「痛っ、いきなりかよっ」


 切り開いたかと思ったら、骨をギコギコと斬り始めるサディスティック軍医。


「結構固いな、お前の骨は……動くなっ、切りにくい」


 おいおい、動くなって無理だろ。

 骨を切られてんだぞ、椅子に座ったままで!


「うぐぐぐぐぐっ」


 俺は一時間ほど耐え抜いた。

 途中「あっ」と叫ばれて血が噴出した。

 ポーションが無ければ死んでいたな。


 治療が終わったところで聞きたいことを聞いてみた。


「あ、あのう、なんだな。歳は幾つなんだ……」


「ん、私か。二十二歳だが?」


 おうし!

 適正年齢!

 大人の女性、おっし!


「あ、明日帰るんだよな。その前に一緒に――」


 食事でもと言おうとして言葉に詰まる。

 ここは辺境の地の鉱山砦、おしゃれなレストランなんかない。

 夜景の見える兵舎での配給か、少女ばかりが客の食堂しかない。

 そこも時間が決まっている。

 もう閉店時間を過ぎている。


 そこら辺をブラブラ歩く?

 偵察任務じゃないと無理だし。

 

 鉱山の中を散歩?

 絶対に少女達がジロジロ見るし。


 一緒に買い物?

 雑貨屋しかない上に閉店してるし。


「――いや、何でもない。また次回来た時に頼むよ」


「ああ、そうね。数か月後になるけど」


 結局ここでは何もできないことが分かった。

 雑貨屋で酒でも買うか。


 最後に女軍医は言った。


「切開して骨を切ったのにケロッとしてるんだな。普通は切開の段階で気を失っている。骨を切断しながら会話したのは初めてだよ。どこまで人間離れしているんだか」


 “そんなの別に普通だろ”と思ったんだが、空気を読んで口にはしなかった。

 俺もそう言うのは読めるようになったのだ。

 

 そして女軍医は翌日には輸送部隊と一緒に帰って行った。


 あ、名前を聞くの忘れた……








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