第77話 ロミー准尉の出した答え







 魔剣を握って初めて感じたのは、無性に魂のある者を斬りたくなる衝動だ。


 その衝動を常に耐えながら所持するのは、かなり精神力が削られるだろう。

 それを考えたらフェイ・ロー伍長の精神力は物凄い。


 マンドレイクの叫び声が止んだ後もまだ、両手を地面に突いて苦しむ敵兵に、俺はこの魔剣を刺し込む。 

 すると魔剣を通して陶酔とうすい感というか、何やら得体のしれない感情が伝わってくる。

 

 そしてこの魔剣が対象物から魂を吸い取るのが感じ取れる。


 魔剣が笑っていやがる。


 こいつはなんて恐ろしい剣だ。


 離れた場所の別の小隊の敵兵は、苦しそうだが隊列は乱れていない。

 小隊長が声を張り上げてなんとか士気を高めようと鼓舞こぶする。


 しかし、その小隊にもマンドレイクが降って来た。


「ギャアアアアアッッ!」


 もはや敵兵の叫び声なのか、マンドレイクの叫び声なのかさえ判別できない。


 ただ確実に分かるのは、それにより最後まで平静だった敵小隊が崩れたことだ。


 その大混乱の敵部隊へ、ラムラ伍長の二個分隊がなおも前進射撃する。

 かなりの至近距離なのだが、剣は使わずにクロスボウでの攻撃を徹底している。

 敵兵はマンドレイクの影響で、ラムラ部隊どころではないようだ。

 だが耳栓をしているラムラ部隊の中でも、その場にしゃがみこむ少女もいる。

 

 マンドレイク、そんなに凄いのか。

 俺は大丈夫じゃないが、耐えられなくはないんだよな。

 まあいいか……

 

 そしてマンドレイクの投射が終わり、戦場が静まったところへ登場したのが巨大カブトムシの使役魔物だ。

 二匹の使役魔物には少女がそれぞれ騎乗する。


「ぼるちゃん、踏み潰すのよっ」

「ルフちゃん、行くにゃ!」


 二匹のカブトムシ型魔物が地面に這いつくばる手兵を、容赦なくそのカギ爪で踏み潰して行った。


 少女らを見ている感じだと、人族相手でも接近戦にならなければ戦えるようだ。

 人族相手では戦いに躊躇ちゅうちょすると思ったんだが、いらぬ心配だったようだ。


 こうなったら一方的な蹂躙劇じゅうりんげきだ。


 敵兵のほとんどが逃走するが、気絶する者やその場で苦しそうに動けなくなる者も多数いる。

 そんな敵兵にも容赦はしない。

 男どもが敵兵を叩き潰して行く光景は何回も見てきたが、少女らが死体を乗り越えて次々に人族をあやめる姿は、違った意味であまりに恐ろしい。

 

 そうさせたのは彼らなのだが。


 少女らの怒りは逆に俺を冷静にさせた。


 だが冷静を取り戻した時には、すでに俺の周りは敵兵の死体の山が出来上がっていた。


 ふと持っている剣に視線を落とす。

 右手の剣は血みどろなのだが、左手の魔剣には一滴の血もついていないのはちょっと驚く。


 魔剣が笑っているのが分かる。

 そして不気味な輝きを見せて俺に訴えかける。


 まだ魂が吸い足りないと。


 もっと血と肉を巻き散らせと。


 俺はさらに歩き出す。


 まだ生きている生贄いけにえを求めて。


 たどり着いた場所には少女らの人だかりが出来ていた。

 何かを囲んでいる。


 俺の少女らを分け入って行くと、そこにはパシ・ニッカリが怯えてしゃがみこんでいた。

 袋叩きに合ったようだ、全身はあざだらけで出血もひどい。


 怯えた目で俺を見る。


 俺が誰だか直ぐに分かったパシ・ニッカリは。俺の足にすがりついて言った。


「頼む、金はいくらでも出すから、命だけは、命だけはお願い――ぶへっ」


 俺はパシ・ニッカリの顔面に足の裏を叩き込んだ。

 ぶざまに血を吐きながら地面に垂れ込むニッカリ。


 魔剣がこいつの魂を吸わせろと訴えかけてくる。


『早く、こいつの心臓に刃を刺し込め』


 さらにニッカリの顔面を踏みつけながら俺は言った。


「少女兵をなぶり殺しにした時、少女は“助けて”と言わなかったか?」


 ニッカリを踏みつける足に力を加える。


「ひぎゃああっ」


「少女は命乞いしなかったのか?」


 左手の魔剣が震える。


『グズグズするな、首を斬り飛ばせ』


 俺は踏みつけていた足を顔面から肩へと変える。


「ぐうっ」


「答えろっ!」


 バキバキッと何かが折れる音がした。


「ぐぎゃああああああああ!」


 魔剣が俺に負の感情を送ってくる。


『刺せ、剣を刺せ!』


 そこへ、いつの間に来ていたのかラムラ伍長がニッカリの横に立つ。


 そしてゆっくりと腰の小剣を引き抜く。


 ラムラ伍長の表情はない、無表情だ。

 余計にそれが恐怖心をあおる。


 抜き放たれた小剣は綺麗なままで、刃こぼれどころか血の跡も見当たらない。


 ラムラ伍長は一旦小剣をじっと見る。


 そして何かを決心したのか、その小剣を大きく頭上へ振りかぶった。


「ひいいっ」とニッカリが両手で顔を覆う。


 周囲の少女らが息を飲む。


 だが、ラムラ伍長は右手を振り上げたまま止まってしまった。

 決心が揺らいでるのかもしれない。


 誰もがそれを静観している。


 一瞬、ラムラ伍長の右手が緩む、が再び振り上げる。


「うん、そこまでだね、ラムラ伍長」


 後ろから声がした。

 見ればロミー准尉だ。


 ラムラ伍長も一度ロミー准尉へと視線を送るが、再びニッカリへと目を向けると、小剣を握った右手を振り下ろした。


「あっ」


 誰かが声を発した。

 ラムラ伍長の右手が止まったからだ。

 いや、振り下ろす途中で止められた。


 止めたのはロミー准尉。

 ラムラ伍長の手首を掴んで止めたのだ。


「平民がね、軍人でない貴族を殺したらさ、重罪になるよ。めといた方が良いと思うよ」


 それを聞いて俺も思い出した。

 平民と貴族の身分の差というものを。


 平民が貴族を傷つけたら重罪だ。

 ニッカリは軍人ではない。

 軍人同士なら戦闘での戦死、だが軍服を着てなければニッカリは単なる一般貴族扱い。

 殺せば殺人だ。


 逆に貴族が平民を殺しても大した罪にならない場合が多い。

 貴族は金で解決するからだ。

 評議会に裏金を払えば、平民相手なら大抵の罪はもみ消せる。


 この世界、貴族と平民の間には大きな格差がある。


 それでも小剣に力を込めようとするラムラ伍長に対し、ロミー准尉は言葉を続ける。


「平民が貴族を殺したらさ、その平民の家族も含めて死罪になるんだよ。それでも良いの?」


 家族も死罪という言葉はさすがに効いたようだ。

 

 ラムラ伍長は右手から小剣を手放した。

 カチャンと地面におちる小剣の音が物悲しく響く。


 周りの少女らも言葉が出ない。


 そこでロミー准尉がラムラ伍長の小剣を拾いながら言った。


「でもさ、貴族同士なら大丈夫かな――」


 そう言って小剣を何の躊躇ためらいもなく、パシ・ニッカリの胸に刺し込んだ。


 「ぐふうっ」と口から音が漏れ、その言葉を最後に絶命するニッカリ。


 驚いて目を見張る少女達。

 一番驚いているのはラムラ伍長か。


「ごめん、ごめん。剣、汚しちゃったね。ごめーんねっ」


 人を殺めた直後とは考えらえない口調のロミー准尉。

 ごく普通の日常の出来事のようにふるまう彼女の姿に、この俺でさえ驚かされる。


 左手の魔剣が残念そうに震える。


『もう終わりか?』


「さあて、戦闘は終わったねえ。戦利品の回収だね。それと負傷兵と……あっ、敵の生き残りも集めておいてね、使い道があるんだよねえ」


 あっけらかんとロミー准尉が指示を出していく。


 実はこいつ凄い奴なのかもしれないな。

 ペルル男爵なんかよりも凄いかもしれない。

 色んな意味で。






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